呼び声
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--呼び声--
あらすじ:逃げきれなかったよ。
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「そのまま待ってくださいッス!ねぇ!すぐ行くッスからぁ!!」
幌馬車の御者台。イザという時のためにボクの脇に立てかけられていた薪割りの剣から手を離して、緊張を解いた。鳥の飛ばない時間の風が耳にうるさく聞こえる中、繰り返しボクを呼ぶ声は高く月夜に響く。吟遊詩人というから大きな声を出す訓練もしているのかもしれない。
(ヒョーリ。逃げようか?)
(逃げても、大声を出しながら着いて来るよね。ずっと。)
せっかく街ではぐれる事ができたけど、今はそんなワケにはいかない。大声を出して呼び寄せられるのはボクだけじゃない。近くに居るかも知れない山賊だって呼び寄せるんだ。
今のところ山賊が野営して良そうな灯は見えない。獲物も通らない街道での食事の時間に、焚火も無しに過ごしているとは思えないから、安心材料ではある。焚火の灯りが漏れないように工夫しているかもしれないけど。
(とりあえず、大声を出すのを止めさせねぇとな。)
(そうだね。)
青いトンガリ帽子が叫び声で何かが動く気配は無いけれど、一介の占い師のボクの勘は当てにならない。戦士ライダル様なら山賊とかの気配に敏感かもしれないけどね。岩肌にぶつかる音や、夜に啼く鳥の声。この中から人の動く音を聞き分けるなんてボクにはできない。
ボクは幌馬車を降りて、姿が見えるようにカプリオの頭の方へと移動した。だって、カプリオの頭の脇にしか明かりが無いんだもの。3つもランタンを点ける必要は無いよね。
「はぁ、はぁ、はぁ、やっと追いついたッス。」
姿を見せたボクの前でトンガリ帽子を脱いだヴァロアが腰を折って肩で息をする。
「シー!静かにして欲しいんだけど。」
風の魔法陣を浮かべて頭を地面に向けているヴァロアに見えないとは思うけど、ボクは唇に人差し指を当てた。人の気配は無いけど、遠くからランタンの灯りを見つけた誰かが寄ってくるかもしれない。どこかのトンガリ帽子のように。
(やっぱ、灯りを消した方が良いんじゃねぇか?)
(灯りが無いと怖いよぉ。)
月明かりの街道を歩くだけならできるけど、何かが出てきた時に対処できない。そうカプリオに反論されて灯りを点けていた。何かが飛び出して来ても、それが山賊なのか旅人なのか判断できないってね。それに、隣にはカモノ大渓谷が横たわっている。間違えて落ちたら魔王3人分の高さから真っ逆さまだ。
「ん、どうしたッスか?」
水の魔法で喉を鳴らして、息を整えた顔には汗が残っていない。こちらに来る前に浄化の魔法を使ったのだろう。浄化の魔法で汚れた汗も飛ばしてしまうと体の内側に熱が籠っちゃうんだよね。だから、風の魔法陣を浮かべて涼をとっていたんだと思う。
父さんの仕事場、鍛冶場では部屋の温度が変わっちゃうから、ボクは風の魔法で涼をとることが無くなっちゃったけど、匂いを気にする人、お客さんを相手にする商人や女の人なんかが好む魔法の使い方だね。外に出て水の魔法を頭からかぶった方が気持ち良いと思うんだけど。
「山賊がいるかも知れないでしょ?ここよりちょっと前だよ。キミが襲われていたのって。」
山賊が残って場所で待ち構えていなければ、襲われた場所より先に進んでいるハズだ。ボク達が街に戻っていた時間を考えれば、ここより半日以上先に進んでいるとは思うけど、暴れた馬をなだめたり休めたりしていれば、もっと近くに居るかも知れない。
「あ~あ~あ~。だから聴き覚えがあるッスね。あ~ホントだすぐソコが大渓谷じゃないッスか。」
水の魔法で喉を潤したら、また風の魔法陣を浮かべている。ひとつにくくった鳶色の長い髪が揺らす彼は辺りをキョロキョロと見回した。走ることに一生懸命で、辺りをまったく見ていなかったようだ。
「こんなに暗いのに見えるの?」
「いやッスね~。自分の『帆船の水先守』は水の中をも見通せるんッスよ。」
「少し声を落としてくれないかな。」
「誰も居ないッスよ?」
自慢気に語る彼によれば、実際には見えているワケではなく、『ギフト』の力で水の音や風の音から地形を把握することができるそうだ。見通しの効かない川の底よりも、もっと深い海の底が解らないと船を座礁させてしまう事があるらしい。そんなに深くても座礁するのかな?
そして風が返してくれる音には人間の特徴を持つ音が混ざっていないと言う。
「山賊って言ったって、しょせんシロウトさんでしょ?魔王の森が広がって逃げてきた村人って言う。その程度の人が隠れると心臓の音が大きくなるんッスよ。」
(シロウトって何のだよ?コイツが盗賊か?結局、その程度とやらに追いかけられてんだから、大したことねぇんだろうけど。)
言葉端を捉えたジルが推測するのを聞くと、闇の中でも歩き回れる『ギフト』って盗賊向きだね。
「ヴァロアは山賊に詳しいの?」
「いや、ぜんぜんッス。どうしたんスか?」
「シロウトって言うからてっきり、山賊の玄人を知っているのかと思ったんだけど。」
「言葉の綺ッスよ。山賊に玄人っているんスかね?」
「ボクは知らないけど。どうなんだろうね。」
物語で語られる山賊は恐ろしい描写がされているけど、行商人が通らなくなったら消えてなくなる存在が怖いと思えなくなっていた。いや、実際に会ったら怖いと思うけどね。会いたくないし。
「ヒョ~リィ。そろそろ行かない?」
中身の無い話に飽きたカプリオに催促される。幌馬車に繋がれているカプリオは身動きが取れないから退屈だよね。立ち止まってても進まないし、ここで山賊の玄人を考えていても、ヴァロアを詮索していても答えは出ない。
「それじゃぁ、ボク達は行くから。」
「いやいやいや、待ってくださいッスよ。自分も連れて行ってくださいよ。せっかく追いついたんッスから!」
「いっしょには行けないよ。」
夜を忍べる『ギフト』を持った盗賊かもしれないと聞かされたら、ボクだって警戒はするさ。
「そんなぁ、がんばってココまで来たのに。」
「次の村までだよ?」
トンガリ帽子とブルベリ以外に荷物を持たない彼を、このまま置いていくのも忍びない。鍋も持っていないんだよ。ボク達に追いつくために、街からずっと走って来たんだよね。少しだけ同情してしまう。
悪意があるかもとジルには止められたけど。多分、置いて行っても幌馬車の後ろを付いてくるんじゃないかな。どうせ今夜は寝ないつもりだし、ジルが見張っていてくれるだろう。
「いやいやいや、ずっとお供させてくださいッス~。」
いそいそと幌馬車に乗り込んできたヴァロアはひとしきり騒ぐと糸が切れたようにぐったりと静かになった。ボクと別れてから街を探し回って、カプリオの姿を覚えていた人づてに街を出たんだそうだ。その間、ずっと走り回っていたんだよね。お疲れ様。
やっと静かになった頃合いに星空を黒く塗りつぶしたような山裾に赤い点が揺れた。
星にしては低すぎる。
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次回:山裾の『赤い点』




