足音
--足音--
あらすじ:吟遊詩人を街に置いてきた。
------------------------------
ふんふん♪と上機嫌なボクの鼻歌が茜色の空に溶けていく。遠ざかっていく街に一番星が輝く。
『夜に歩くのは危険だ。』と門番の人たちが止めるのも聞かずに街の外へと出たんだ。まるで物語の主人公の様に。『大丈夫。ボク達ならね。』と言い残して。
山賊から逃げ帰って来たボクを門番の人が心配してくれた。普通なら月明かりが出ていても街道を歩かない。ランタンの灯りは足元しか照らせなくて、長く歩くには向いていない。どんな危険が潜んでいるか分からないし、疲れちゃうんだ。
夜は休む時間だよ。
昼の間に元気に進んで夜は十分に休めばいい。
山賊に会った直後ならなおさらだ。他の人を襲わなくてもボクは山賊に顔を見られている。カプリオを見間違える事はできないよね。だから、門番たちはボクを止めた。山賊と戦わずに逃げてきたんだから、見つかれば襲ってくると。
ボク達に山賊を退治する気はない。
なぜ、それでも進む気になったのかと言えば、カプリオがいたからだ。カプリオにランタンを渡せば夜通し歩いてくれる。山賊だって夜中に起きていないよね。誰も通らない夜中の街道で獲物を待っていても意味はないんだから。
きっとボク達を襲った山賊たちもどこかで寝ているだろう。彼らの村がどこにあるのか知らないけど、寝ている間に追い越してしまえばボク達と争わなくて済むよね。
今夜は何が起こるのか分からないのでボクも起きているつもりだ。夜中に起きて見通しの良い昼に寝れば良い。今夜のうちに山賊を追い越す事ができるだろう。できれば、街道から外れてくれてれば良いのだけど。
山賊が乗る馬も夜目が利いて月明りの中を走れる。と言っても、その上の人間は怖い思いをする。よっぽど馬を信頼していないと走れないだろう。ボク達とカプリオのような信頼が無ければ。
(ご機嫌だな。うっとおしいのを上手く撒けたからか?)
鼻歌が一区切りついたところでジルが話しかけてきた。冒険者ギルドの食堂でヴァロアに聞かせてもらった曲を真似ていたらだいぶ街から離れたようだ。ボク達の冒険はこんなにも長かったんだ。
(山賊の事を考えていたんだよ。)
吟遊詩人の彼には悪い事をしたと思う。ボク達のために宿を探しに行ってくれたのに、置いて来てしまった。まぁ、宿で別の部屋に分かれた時に消えるつもりだったんだけどね。宿に入る前に立ち去ってくれたので早めに街を出る事ができた。
(ところで、山賊と盗賊の違いってなに?)
何度か疑問に思って聞けなかった事。山賊に襲われていたり、ヴァロアと話している最中だったりした。カナンナさんに『盗賊の棒』と言われたこともあるジルだから詳しいと思うんだ
(ん、明確に区別されているワケじゃねぇけど、山賊は山に出る盗賊の一種で、山かその近くを根城に活動している。山道なら道が狭い場所や、馬車の負担になる場所が多くて襲いやすいんだよ。)
山道だと崖を切り崩せない狭い道や、上り坂で馬の歩みが遅くなる場所がある。そんな場所なら馬車を反転して逃げる事が難しかったり、挟み撃ちにして襲えたりするそうだ。下り坂だって荷馬車を牽いていれば馬の負担は大きくなる。
(それじゃ、盗賊は?)
山で活動した方が襲いやすいなら、みんなが山賊になるよね。
(同じ場所で悪さを続けていれば誰も通らなくなるだろ?盗賊は山以外でも盗みを働くものだ。)
そう言えば冒険者ギルドでも聞いていた。山賊はそのうち自滅すると。街道を通る人が少なり獲物がいなくなれば、食料の少ない場所で山賊を続ける事はできない。
でも、その中には街中で盗みを働くようになる人も出てくる。最初から山賊にならずに街で盗みを始める人がいる。大抵は失敗してすぐに捕まってしまうけど、何度も繰り返して盗みが上手くなっていく人達がたまに現れる。それが盗賊になるそうだ。
(ヒョ~リ~。陽が沈んじゃったよぉ。)
ゴトゴトと幌馬車を引っ張っていたカプリオが足を止めた。陽が沈めばすぐに暗くなるから、その前にランタンを点けなければカプリオに取り付けるのが困難になる。
短い棒とランタン取り出して幌馬車を飛び降りると、カプリオの頭の上に短い棒を通して2本の紐で角に結ぶ。棒の両端にランタンを掛けて魔法の火を入れと、カプリオの顔の両側に明々としたランタンが揺れた。
(ギリギリセーフだねぇ。)
とっぷりと暗くなった街道をランプの灯が心もとなく照らす。どれだけか先を見通す事はできるけど、その先は月明かりだけが頼りになる。ランタンの燃料も高いからもったいない気もするけど、宿を取るよりは安い。山賊がいなくなるまで街で留まることを考えたらずっと良いとボク達は考えた。
(さっさと山賊の出た場所を抜けようぜ。)
もうしばらく行けば山賊たちと出会った場所、ボク達がカモノ大渓谷を覗き込んだ場所に出る。吟遊詩人を追いかけていた山賊が長く留まっているとは思えないけど、警戒するに越した事は無い。
暗い月明かりの下で目を皿にして遠くを見張る。小さな物音を聞きもらなさいように声をひそめて。山賊だって明かりが無ければ歩きにくいよね。遠くからでも明かりが見えないだろうか。山賊だって明かりを点けるよね。
ゴトリ、ゴトリ、ゴトリ。
轍の残る街道を、幌馬車の車輪の音だけが響いている。普段は気にしない音が小さい音を探すのに邪魔で鬱陶しくなる。大峡谷を吹き抜ける風の音が聞こえてくると緊張がさらに強まった。
(ふぅ、やっぱり出なかったな。)
山賊だってずっと同じ所に留まってないよね。何も無いんだもの。ボク達を追いかけるか、村に帰るか。山賊も街の方から来たみたいだったから、先に進んでいる可能性が高そうだ。
(一安心だね。)
山賊と出会った場所を越えて緊張がほどけた時、ぐ~とお腹が鳴った。いつもなら食堂に行く時間だ。ジルも警戒を緩めて口調が軽くなっている。しっかりと食事を摂るのはもう少し先の予定だ。山賊がどれだけ移動しているか分からない。
ガサゴソと屋台で買った削いだ肉と菜葉を挟んだパンを取り出して頬張る。冷たくなっているけど、今はこれでガマンだ。体が冷えてきたら一度休んで、温かいスープを作ろう。
(何か。聞こえたか?)
もごもごと聞こえる咀嚼の音が邪魔で口をつぐむ。耳を澄ますとひたひたと足音がする。靴が砂利を蹴とばす乾いた音が聞こえてくる。
(誰か走っている?)
人間の足音に聞こえるけど、山賊が出る街道を暗くなった時間に普通の人が走るとは思えない。それも、近くにある街から離れる方向へだ。足音は灯りを持っていなくて影も判らない。足元も見えないのに走るなんて危ないよね。
山賊は2人いた。それに馬に乗っていた。だけど、今聞こえる足音はひとつだけだ。山賊だとしたら違う方向からも来るかもしれない。
(走る?)
緊張の中、カプリオが聞いてくる。
幌馬車を牽いているとはいえ、カプリオが走れば人間の足では追いつけない。走って来る人がいくら早くても、暗闇の中でスピードを上げる事は難しいだろう。
「お~い!待ってくださいッス~!!」
カプリオに走るようにお願いする寸前、聞こえてきたのは男の声にしては高い声。聞き覚えのある声だった。
------------------------------
次回:トンガリ帽子の『呼び声』




