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手のひら返し

第6章:手紙を届けるだけだったんだ。

--手のひら返し--


あらすじ:トンガリ帽子の吟遊詩人の名前はヴァロア。

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同じ境遇、ではないかも知れない。


家業を継ぎたくなかった彼と、家業を継げなかったボク。でも、同じ家を飛び出した仲間として同情はする。『ギフト』がもたらす恩恵は大きいから、家業を継がずに新しい仕事に就くのは大変だ。仕事ごとに作られているギルドには親の紹介で入る事が多いんだ。


少し立派なギルドなら、どこの誰とも解らない人を入れる事はほとんど無い。


青いトンガリ帽子を脱いで頭を下げる彼も苦労をしたに違いない。この国でブルベリを披露する場所を得られなかったと言っていたし、この街で吟遊詩人として活動するのも難しかったと言っていた。ボクだって師匠に拾われるまではものすごく大変だった。


よどんだ空から冷たく降る雨を思い出す。


だけど、それとこれとは別だよね。ボクは王妃様の依頼で隣の国、ツルガルまで行かなきゃならない。戦争を仕掛けるかも知れない隣の国では何が起こるか解らない。


「悪いけど、ボク達は大事な仕事を受けているんだ。」


手紙を届けるだけだけど、王妃様から任された仕事だから大事には違い無い。無くすワケにもいかないし、もちろん、盗まれるワケにもいかない。ヴァロアと自己紹介された彼の素性が本当に海のある国かも解らない。泥棒では無いと断言できないよね。


いや、自分で思いついたワケじゃ無いんだ。彼との会話の間に、ジルはボクに警告してくれている。山賊ではないかもしれないけど、行商人の言っていたように盗賊も増えているハズだと。ヴァロアと話している途中だから、山賊と盗賊の違いを聞くことはできなかった。


それに、もうひとつジルは気になる事を言っていた。


吟遊詩人は王様の息がかかっている可能性がある。吟遊詩人のギルドには王様から多額の援助が行われている。それもこれも、勇者のため。勇者の力を強くするためには街の人たちから称えてもらわなきゃならない。それには勇者を歌にして広める吟遊詩人は打って付けだ。


外国から来たというヴァロアにも息がかかっている可能性は低いとかも知れないけど、王妃様から託された手紙を届かないように邪魔する可能性がある。戦争をしたい王様と戦争を回避したい王妃様。その争いに巻き込まれるかもしれないと。


山賊に追われていたヴァロアの事を思うと考えすぎだと思うけど。


いや、山賊もグルだったとか言われると何が本当か分からなくなるよ。


疑り深いジルがヴァロアを信用しなければ、彼に存在を知らせる事は無いだろう。ジルが会話に加われなくなっちゃう。3人旅が楽しいんだから、今のままで良いよね。


「いや、邪魔はしないッス。お願いするッス!一人旅だと見張りもままならないっすよね。自分、耳は良いッスよ。」


「見張りには不便していないよ。」


なおも食いつく彼の話をどうにか断ろうと知恵を絞って冷たい態度をとった。


カプリオに加えてジルも見張りには適している。ジルは遠くで喋る声も『小さな内緒話』で聞くし、2人とも寝る事が無いので夜も安心して任せられる。寝ずの番をしてくれると言うヴァロアには悪いけど、必要が無い。


ボクは最後のパンの欠片に、チロルのエキスがたっぷり含まれた煮汁を浸み込ませると口に入れる。冒険者ギルドの安い定食だけど美味しい。時間をかけて味わって飲み込んでヴァロアの鳶色の瞳をまっすぐに見る。


「え?一人旅っすよね?」


「ちがうよ。だから、少し相談させて。」


真剣に見返されると恥ずかしくなる。断り切れなかった言い訳なのだから。


山賊の話を聞こうと思ったら、思いがけずに深い話を聞かされてしまった。名前くらいと思ったのがいけなかったのだろうか?いや、初対面なんだから挨拶と自己紹介は大事だよね。


「ああ、魔獣とッスか?」


「カプリオって名前なんだ。」


エールの残りを一息に飲み干す。カプリオを魔獣と呼ばれると、少し気分が悪い。多分、カプリオは気にしないで、のほほんと笑うだろうけど。ボクの気がね。


実のところ食堂のテーブルにいてもカプリオと話はできる。


最後のパンを味わっている間にジルの『小さな内緒話』を使って、ボク達はカプリオを含めて相談を終えていた。ヴァロアの歌で謳われるボクをジルが茶化している時から『小さな内緒話』は使われていたんだ。


断り切れないボクを見かねたカプリオが、自分が断ると言い出したのだ。情けないとは思うけど、2対1なら負けないよね。


食堂のお姉さんに食事のお礼と歌で迷惑をかけたお詫びを伝えて裏手の馬車を停める駐車場にまわる。相変わらずカプリオは子供たちに囲まれているけど、逃げるように離れていく人も見られる。


山賊との一件で外したままだった飾り布を戻し忘れていて、カプリオの背中の黒い毛が見えていた。街中では飾り布を外さないようにしよう。王家の紋章が入ってない飾り布も用意した方が良いかな。


王家の紋章が有れば街の人たちには安心されやすいけど、旅では山賊たちの様に襲い掛かって来る人もいるかも知れない。大きな飾り布を変えるタイミングがあるか不安だけど、用意しておいた方が良いかもしれない。ツルガルの国ではどういう風に思われるか解らないよね。


子供たちの垣根を切り崩し、ヴァロアにカプリオを紹介する。『小さな内緒話』で話していた事は秘密だから同行したいと言う彼の意志も、もう一度口に出して説明しなきゃならない。


「ボク達は君を連れて行けない場所に行くかもしれないんだ。」


同じ繰り返しの言葉をひねり出す。オイナイ様に手紙を渡すだけだけど、貴族で外交官であるオイナイ様の居る場所に関係ない人が入れないよね。外交官には秘密にしなきゃならない事もあるよね。


「うん。ボクもヒョーリの意見に賛成だよぉ。来ちゃダメ!」


のっぺりとしたカプリオの顔が凛々しく見える。


「入れない所では外で待っているッス。連れて行ってくださいよ。あ、毛の手入れなんてどうッスか?それだけの素晴らしい毛並みなら毎日手入れをすればもっとステキになれると思うッス。」


「ヒョ~リィ~。」


凛々しく見えたカプリオが情けない声でボクを見つめる。さっきまで鼻息荒く断れって言ってたのに。


でも、毎日ブラシを入れてあげる事はボクにはできそうにない。浄化の魔法だけならともかく、大きな体にもこもこの毛に櫛は通りにくくて、かなり時間と体力を使うんだ。


「あ、新しい飾り布を買ってあげるから。ほら、そうすればオシャレでしょ?」


頼りにならない援軍を諦めて、ボクは子供たちに布を扱っている店を聞いて逃げ込んだ。どうせ布は買うつもりだったんだ。ヴァロアも「逃げないで下さいッス!」と言いながら着いて来る。


大渓谷の風で飛ばされないように少し重たい布と留める紐、幌馬車で腰を痛めないようにクッションの追加、もうひとつのハンモック。それらを手に入れてボクは店を出た。飾り布は敷布になる丈夫な生地を選んだので、他にも役に立つだろう。


店から出ると、だいぶ日が落ちてきている。わいわい言いながら選んだ飾り布に細工してもらったり、ヴァロアが根気よく値切ってくれていたから時間がかかってしまった。山賊がいなくなるまで待たなければならないから、時間は余っている。


「さて、今夜の宿はどうしようかな。昨日と同じトコが空いていれば良いんだけど。」


「ひとっ走りして確認してくるッス。ドコに泊ったんッスか?」


よっぽど役に立つところを見せたいのだろう。宿の名前と場所を聞くなりバタバタと駆け出すヴァロアを見送って、ボク達は反対方向へ、街の外に出る門へと幌馬車を進めた。


日が暮れると門が閉まっちゃう。



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次回:月明かりの中の『足音』



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