吟遊詩人
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--吟遊詩人--
あらすじ:自己紹介と思ったら歌い出した。
------------------------------
「勇者は~囚われた占い師を救い出し、占い師の~導きで~魔王に挑む~、家より~高く~見上げる魔王を、勇者は~千の刃で切りつける~♪」
閑散とした冒険者ギルドの食堂に、青いトンガリ帽子の吟遊詩人の歌は続き、勇者と魔王の戦いが始まると12弦を掻き上げて曲は早くなり力の籠った高い声で歌い上げる。迫力のある戦いの情景がありありと浮かび上がった。
暴れる巨大な腕を避けながら、再び勇者が『破邪の千刃』を放った。巻き上げられた土煙を『破邪の一閃』で割って魔王を打つ。巨大な魔王の上半身が地響きを立てて地に落ちると、静かな調べに戻った。そのまま魔王の森を飛ばして勇者は人々が歓声を上げる中、凱旋する。
ボクが見たよりカッコいい。
「勇者は~数々のお宝をもたらした~、王女に~贈られた~魔王の~指輪は~大きすぎて冠になった~♪」
ジャランポロンと奏でられる12弦の調べに合わせて歌われる勇者を称える詞。歌詞にボクが出てきた個所は少なかったし所々、見聞きした事とは違っていたけれど、間違いなくアンクスを謳っていた。
吟遊詩人と言うのは何度か見たことがある。街の片隅、酒場や村のお祭りで、楽器を奏でて物語を歌う。歌詞は昔から伝わる冒険譚から最新の恋話と多岐に渡り、子供たちを魅了するだけではなく、お酒の席を盛り上げる。
でも、ちょっとでも自分が歌に出てくるとなると恥ずかしいね。千里を見通す占い師だって…。しかも、伝説の剣を守ってウルセブ様を逃がすために自分を犠牲にして魔族に捕まり、身を挺して仲間を助けたボクを助けるためにもアンクスが魔王と戦った事になっているよ。
「どうッスか?このまえ知り合った同業者に教えて貰った新作ッス。ホントに冠になるくらい大きかったんスか?」
アンクスが魔王を倒す壮大な調べの後に、魔王の指輪が頭に乗るほど大きかったという急激な落ちが付いて曲は唐突に終わった。まるでボクがアンクスを殴った事実を掻き消したかのように。
「ん、ああ、まあね。王女様の頭を飾るのにちょうど良かったよ。」
パチパチパチと拍手を送りながらも真実を知っているボクは曖昧に頷く。
アンクスが王女様に贈った冠は、本当はお転婆な白い魔族の姫様を大人しくさせるために魔王が作った冠なんだよね。頭の上に冠が有れば落とさないように気を付けるから大人しくなるだろうと、魔王も姫様を育てるのに苦労していたという逸話をカプリオから聞いていた。
「ああ!やっぱりこの歌に出てくる占い師様だったんスね!」
ボケっと生返事を返すボクは誘導されていた。いや、隠している事じゃ無いけど、占い師様と言われるとこそばゆい。
「どうして気が付いたの?」
歌にはカプリオは出てこなかった。いくらボクが王宮の紋章と占い師の旗を立てていても、王宮には他にも占い師が居る。少なくとも、ボクとジルを出合わせてくれた占い師がね。
「ご謙遜を!あれだけ大きな魔道具の魔獣を連れていれば解るッスよ。」
歌詞には出てこなかったけど、ヴァロアと名乗る吟遊詩人はカプリオの話や伝説の剣が勇者の剣だという事を知っていた。いろいろな所から噂話を搔き集めて歌を作る。それも吟遊詩人の活動のひとつなのだそうだ。カプリオは凱旋式典で目立ってたしね。仕方ない。
「いやぁ~聞き出すのに苦労したッスよ。大食いな男だったから、自分の財布はすっからかんになったッス。」
ニシジオリ王国では吟遊詩人から吟遊詩人に歌を教え合う事は良くあるらしく、その時はご飯を奢る事と、作者を変更しない事だけが条件になるらしい。自分は少食だから不公平だとチロルの煮込み定食をつつきながらヴァロアは大げさに嘆いた。いや、聞いて無いんだけど。
「それで、ずっと吟遊詩人をしているの?」
名前よりも愚痴よりも、なぜ山賊に追われていたのかを聞こうと思ったのに、結局はボクの事を探られてしまった。彼のことは吟遊詩人という他はヴァロアという名前しか解っていない。歌が上手いのも分かったけど。
「えっへっへ。このあいだ始めたばかりの新人で、まだまだッス。」
「ほんと?すごい上手だったよ。」
ボクは楽器を扱った事は無いけれど、12本物弦を持つブルベリを奏でるのは難しそうだ。弦を押さえる左手の指は5本しか無くて、右手はいつも弦を弾いていなければいけないよね。右手と左手を別々に動かすだけでも大変そうだ。
「へっへ~。ブルベリを小さい頃からやっているのもあったんスけど、やっぱり『帆舟の水先守』がでかいッスね。風や波なんかの流れを知ることができる『ギフト』なんッスよ。」
元々は小さな帆を張った船を海で座礁させないように風や潮を読んで舵を取るための『ギフト』だったらしい。だけど、風や波を聞き分け流れを理解するのと同じように、音を聞き分け流れを正しく理解することができたのだそうで、先祖代々、ブルベリを弾く事を趣味にしてきたそうだ。
「海のある国の人なんだ?」
ニシジオリ王国には海が無い。川には小舟はあるけれど、手こぎ船か馬にひかせるのが主流で風に乗る船なんて聞いた事も無い。ウチナ王女様が疎開する予定だった国に海が有ったはずだから、その国から来たのかな。
「ソッス。勇者の物語の歌を仕入れたら、楽して儲けられるかと思ったんスけど。最近、評判が落ちてきてるじゃねぇッスか。」
今まで立ち寄った村で聞いてきた話ではアンクスの評価はそんなに下がっていないように聞こえたけど、彼によれば歌をリクエストされる回数は減っているそうだ。
そこまで言うと、ヴァロアは真面目な顔になって食べかけていたチロルの煮込み定食を乗せたトレイを横にずらし両手を机に付くと、ゴチンと音が鳴る勢いで頭を下げた。
「ででですね。自分も旦那に付いて行っちゃダメッスか?いや、なんでもお手伝いさせていただくッス!お願いッス!!」
頭を下げたままパチンと手を合わせて早口でまくしたてられた事によると、実家の家業に馴染めなくて趣味で弾いていたブルベリを片手に飛び出してきたそうで、一旗上げようと頑張ってみたもののブルベリの腕を披露する場所も得られずに、ほそぼそと酒場を周っては歌う場所を探しているようだ。
最近は歌に物語を乗せた曲も扱っていて、実入りが少し増えている。つまり吟遊詩人だ。そして、吟遊詩人は自分の家の仕事よりも面白かった。どうせなら吟遊詩人として一旗揚げたい。
せっかく詩人が歌った曲に出てきた登場人物に出会えたのだから、自分も新しい歌を作れるかもしれない。いや、きっと素晴らしい歌が作れるはずだ。後世に残る歌を残せば、自分も歴史の目撃者として名を遺す事ができる!
ケンカして出てきた家を見返す事ができる!
熱く、熱く握られた拳から、ボクは目を背けた。
ボクも家出したクチだからね。
------------------------------
次回:素早い『手のひら返し』




