定食
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--定食--
あらすじ:山賊から逃げた。
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街の周りを覆う壁。その門のひとつを守る門番さんに山賊が出た事を話すとボクの無事を喜んでくれた。ボク、というかカプリオが大勢の子供たちに見送られていたから覚えてくれていて、話は簡単に通す事ができた。
もちろん、冒険者ギルドでも。受付のお姉さんが王都の冒険者ギルドの長、マッテーナさんからの手紙を受け取った人で、ボクを覚えてくれて真面目に話を聞いてくれた。
「いえ、ありがたい情報ですけど、しばらくは放置されると思いますよ。」
山賊が出たのだからすぐに退治してくれると思ったのだけど、門番と同じように受付のお姉さんも申し訳なさそうに告げるだけだった。街道に山賊が出ると伝われば商人の往来が減るし、街として大変な事になると考えたのだけど、ボクの思い違いらしい。
「放置?なぜですか?」
門番の人には当然と言う風に言われて聞けなかったけど、さすがに2回目ともなると気になったので受付のお姉さんには尋ねる事にした。笑顔が素敵で愛想がよかったしね。
「いえね、しばらくすれば山賊が霧散する可能性が高いんですよ。」
山賊とは言っても魔王の森が拡大して追い出された村の人達らしい。その人たちの中でも素行が悪く新しい村に馴染めなかった、あるいは何かの理由で新しい畑を得られなかった人たちが徒党を組んで集まっているのだそうだ。
徒党を組んでみたものの、山賊となった集団が十分な利益を獲る事は難しい。集まって来たばかりで安定した収穫のある畑を持っているワケでも無いし、襲える商人や旅人も限られている。大きな商人なら護衛をたくさん連れているし、小さな商人では分配できる戦利品が少ない。
街道に山賊が出たと噂になれば小さな商人はその道を避けるようになって、その内、十分な食料を獲る事ができずに瓦解する。領主様はそう予測しているそうだ。
「それじゃあ、しばらくは退治されないって事ですか?」
ボクとしては早くツルガルに行きたいから退治してくれるとありがたいんだけど。どうやら可能性は低そうだ。
「そうですね。山賊の村の位置も解りませんし、街に直接的な被害も出ていません。領主様も山賊のアジトを探し回るより、周辺の村々の守備の強化に留めるでしょう。」
「へぇ。ありがとう。」
ボクは納得できないながらも、お礼を言って受付を離れて冒険者ギルドの食堂へ行った。すぐに街を出たらさっきの山賊が待ち構えているかも知れない。門番の人たちの話もそうだったけど、冒険者ギルドから人手が出て退治してくれることは無さそうだ。
山賊は自滅する。
中には成功する山賊もいるみたいだけど、ほとんどの場合はならず者の集団だ。村々や重要な商人だけを守っていれば自滅するなら、わざわざこちらから討伐しに行って人死にや怪我人を出さなくて済む。食料が少なくなれば仲間割れを起こしたり、逃げ出したりする人が多くいるだろう。
ボクみたいに、どうしても進まなきゃいけない人は少ないんだ。
(困ったね。)
食堂の机に座り注文をしてからボクは脇に立てかけたジルと密談する。大渓谷までしか行けずに逃げ帰ってきたので、まだまだ早い時間だ。他の冒険者は戻っていなくて、食堂の中は閑散としている。
(せっかくの人手だから自滅する前に王は戦争がしたいんだそうだ。)
魔王の森に畑を、仕事を奪われて行き場のない怒りにあふれている山賊たち。戦争は山賊の村の乱暴者たちの発散の場になる。そう捉える事もできるとジルは教えてくれた。
家から出奔したり追い出された山賊と言えども家族はいた。身を立てて家族を見返したり迎え入れたりしたいと思っている。
山賊に身を落としていても戦争で活躍して十分な土地が与えられると知れば、力が有り余っている彼らは力強い戦力になる。与えられた土地も自分たちの手で勝ち取った物になるから、発展させ守るために一生懸命働くようになり国は豊かになるそうだ。
(でも、戦争は嫌だよね。)
ジルの言葉に突っ伏しながら答えると、ふと机に影ができた。注文した料理が届いたのかと顔を上げるとそこには青いトンガリ帽子が立っていた。
「いや~、探したッス!」
山賊たちに巻き込まれた原因がそこには居た。山賊たちから逃げ出す時、ボクは急いでいた事もあって幌馬車に乗せ損ねた彼を置いて来てしまった。いや、彼のせいで山賊に巻き込まれたからね。逃げる事が出来ただけでも感謝して欲しいくらいだ。
「良かった無事だったんだね。」
巻き込んだ張本人だから文句のひとつも言いたかったけど、ケガ人が出なくて良かったと喜んでみせる。いや、さっさと幌馬車に乗って来たなら置いてきたりしなかったよ。ホントだよ。
「や、おかげさまで無事に逃げ出せたッス。あ、お姉さん、自分にもエールを。あと、チロルのトロトロエール煮込み定食ね。」
トンガリ帽子をさらりと脱いでぴょこんと手を上げて軽い挨拶をすると、ボクの向かいの席に腰を掛けて注文する。まだ仕事終わりの時間ではなく食堂も空いているとはいえ、あまりの早業にボクが口をはさむ間もなかった。
「良く場所が分かったね。」
「あ、白い毛の魔獣?あの魔獣に子供たちが群がっていたからすぐに分かったっすよ。」
ボクの手掛かりは飾り布の王国の紋章しか無いと思っていたけれど、カプリオを見つけて冒険者ギルドに入ってきたらしい。ボクと冒険者ギルドを結び付ける物は無いと思っていたけど、子供が群がって騒ぎになっているなら見つけやすいね。
「これからどうするッスか?」
古くからの馴染みの友達の様に気軽に声を掛けてくる。これから先の事を話すのは良いけれど、ものすごく馴れ馴れしい。
「いや、その前に名前くらい教えてよ。」
いっしょに山賊から逃げ出した誼があるとはいえ、まだ名前すら知らない。吟遊詩人だという事しか知らないんだ。青いトンガリ帽子の下から鳶色の瞳と同じ長い髪をひとつに縛り、すらりと整った顔がうかがえる。ハンサムと言うよりは幼さの残った人懐っこい顔だと思う。
「ああ、すまないッス。自分はヴァロア。あ、お姉さんちょっと弾いても良い?いや、お金は取らないからさ。」
「混雑する前に終わらせてよ!」
「ありがとうッス!」
大きな声には感じなかったけど、彼の声は良く通って食堂の端でテーブルを磨いているお姉さんまで届いた。お姉さんの方が怒鳴るように返事をする。不思議な声だ。
彼はお礼を言うと12弦の楽器、ブルベリを膝に抱えてとつとつと爪弾いた。
「千里を見通す~占い師に導かれ~勇者は伝説の剣を~探しに出た~♪」
ブルベリが曲を奏でだすと調べに合わせて詩を歌う。男としては高めの声は透き通っていて聞いているボクを魅了しかける。けど、この占い師ってボクだよね。彼の自己紹介を歌うのだと思っていたら、自分の事を歌にされていたので赤面するしかなかった。
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次回:青いトンガリ帽子の『吟遊詩人』




