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山賊

第6章:手紙を届けるだけだったんだ。

--山賊--


あらすじ:山賊風の男達と思ったら山賊だった。

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ああ、こわい。


このまま見なかった事にして、ぽかぽかの陽だまりの中で昼寝をしていたい。風はちょっと強いけど見上げる空は真っ青で、大渓谷の谷間から長閑な鳥の声がぴょろ~ひょろ~と聞こえてくる。


山賊の手綱に操られた馬はいななき、前脚を大きく上げる。お尻に根が生えたかのように動けにずに見上げるボクの顔に、馬のひづめの影がのしかかり、お日様が見えなくなる。目の前で汚れた蹄鉄が砂埃を蹴り上げる。


山賊は右手に長い剣を構えていた。そして、左側にはもう一人の山賊が居た。馬の脚を逃れて右や左に逃げれば、待ち構えた長い剣の餌食になるだろう。でも、姿勢を崩してたまま後ろに下がれば馬の前脚の2歩目に蹴られる。それに、大渓谷の端が近い。


(何やってんだ!相棒!!)


飾り布を持って転がったまま、すくむボクに相棒の叱咤(しった)が聞こえる。「いや、ちゃんと考えているよ。」と返事を返す事す間もなく、空へと高く上がった馬の脚は、馬と山賊の男の体重を乗せて落とされて、ボクは前へと転がる。振り下ろされた前脚と、きれいに揃えられた後ろ脚の間に。


(わ!馬鹿!)


ドスンと高い所から振り下ろされた前脚も揃えられた後ろ脚もすぐに動けない。でも、ボクも前にも後ろにも行けないんだ。地面が揺れて腰が抜けている。それに、右に出ても左に出ても長い剣が待ち構えているかも知れない。安息の地は一瞬で終わって、ボクは馬の後ろ脚に頭を蹴られた。


ゴチンと蹴られて目に火花が飛ぶ。ぐにゃりと視界が歪むと吹き飛ばされて手足がちぎれそうだ。それでもジルを離さない。治癒の魔法を全身にかけながらゴロゴロと転がって、まだ手足を空に上げたままのカプリオの影に滑り込んだ。良かった。長い剣に切られるかとヒヤヒヤしてたんだ。


「ヒョ~リ~ィ?」


恨みがましそうにカプリオが睨む。今度はカプリオも巻き込まれるから仕方ないね。非難は甘んじて受けよう。態勢を立て直すのにも次の行動に移るのにも、ここが一番に都合が良いんだ。


「ちっ!チョロチョロと動き回って!!」


「ちょ!自分もいっしょに隠れさせて欲しいッス!」


「動くんじゃねぇ!切れないだろうが!!」


もうひとりの山賊に切りかかられていたトンガリ帽子もボクの横に滑り込んできた。できればドサクサに紛れて、どこかに行って欲しかったんだけど、山賊が2人も居たら逃げられないか。見渡す限り隠れられそうな場所は無いものね。


「もう、逃げられねぇぜぇ!」


手足を上げたままのカプリオを当てにできるはずもなく、ボク達には戦う手段が無い。ボクは薪割りの剣も幌馬車の御者席に置いたままの占い師で、隣にいるトンガリ帽子はブルベリを持つ吟遊詩人だと言う。どうあがいたって山賊には勝てない。


でも、ボクの心は落ち着いていた。


いや、山賊の顔は怖いけどね。


カプリオの影に隠で、そっと白い腕輪を撫でて魔力を流す。魔王の腕輪。


左手に嵌められた魔王の腕輪から黒いモヤモヤが出てくるとボク達を包んだ。いっしょに出てきた白い球がいつものようにボクの肩にふよふよと漂った。


黒いモヤモヤが溢れると途端に馬が怯えていななきだす。魔王の森の魔獣でさえ逃げ出すモヤモヤだ。いくら飼いならされていても動物である馬が怯えないハズがない。この腕輪には何度も助けられたんだから。


「おい!いきなりどうしたんだ!?」


強い意思のある人間には効果が薄い事も実験済みだ。あの黒いモヤモヤは殺気の塊のようなもので、近づく動物や魔獣を怯えさせる効果があるらしい。魔王がくれたのだから魔王の殺気の塊なのかもしれない。今も山賊は暴れる馬に気をとられて殺気どころじゃないみたいだ。


『人間にも確定効果があるなら私が欲しかったのに。』と実験をした王妃様は言っていた。王宮に居る王妃様が魔獣や動物に襲われる事は滅多になくて、人間に狙われる可能性の方がよっぽど高いそうだ。白い姫様に貰ったものだから絶対にあげたくないけど。


暴れる馬を大渓谷に落ちないように必死に操る山賊を尻目に、ボクはカプリオを立ち上がらせる。黒いモヤモヤが腕輪の効果だと知られると盗まれる心配が出てくるので、できればカプリオの殺気があふれたとでも思ってくれれば良いのだけど。のっぺりとした顔のカプリオに期待できればね。


「今の内に逃げるよ!」


黒いモヤモヤを見て、ぽかんとするトンガリ帽子を放って置いて、ボクは幌馬車に繋ぐためにカプリオを引っ張った。馬よりも賢いカプリオ、いや、ボクよりも賢いカプリオだから声だけかければ自分でちょうどいい位置に動いてくれる。


「いや、あれ。あれッス。逃げなくても良いんじゃ無いんスか?」


トンガリ帽子が指さす方向には、暴れ馬に乗ったまま制御しようとしながらも遠ざかっていく山賊たち。跳ねて動き回る馬たちから振り落とされないように、悲鳴を上げながらも踏ん張っている。この広い場所で馬を手放してしまったら探すだけでも一苦労だもんね。


「馬もすぐに落ち着くよ。そうすれば山賊たちが戻って来ちゃうんだ。」


魔獣や野生の動物ならば、そのまま逃げてくれるのだけど、必死な顔の山賊はきっと戻って来ちゃうに違いない。人間にも魔王の殺気は感じられるのだけど、我慢もできる。


「そうしたら、また黒いモヤモヤを出してもらえば良いんじゃないッスか?」


戻ってきた時に馬から降りてしまわれたら、魔王の腕輪の効果が小さくなる。人間相手でも怯ませる事はできるけど、強い意志を持たれると効果は薄くなる。戦い慣れて、殺気に慣れた人たちなら猶更だ。


「山賊が馬から降りたら、馬だけ逃げて山賊だけ残っちゃうよ?」


馬だけ逃げたら山賊は怒り狂うに違いない。馬自体が高価な事もあるけれど、自分の手足になるように育てるには時間がかかると聞く。動物に愛着を持つ人なら必ず怒るよね。今だって馬をなだめようと必死に見える。


(どっちに逃げるんだ?)


ジルの質問の意味を考える事になってしまった。前に進む事ばかり考えていたからツルガルの国の方へと逃げる事だけを考えていた。後ろに引き返して大きな街に逃げ戻ることもできる事を忘れていたんだ。


「街に戻ろうか。」


王妃様の手紙もマッテーナさんの手紙も急ぎのモノでは無いし、夜も歩くカプリオのおかげで旅程はかなり進んでいる。


山賊がいつ戻って来るか、カプリオに飾り布を掛けるのももどかしく簡単に幌馬車に繋げて街道を引き返えす事にした。山賊が出るなら街の衛兵さんに知らせた方が良いだろうし、衛兵さんが居る街の中で襲ってくる事も無いだろう。先に進むより安全だ。


カプリオに幌馬車を牽いてもらって、ボク達は回れ右をする。


「ちょ、ちょ、まってくれッス~!!」


急ぎ足でその場を去ろうとするボク達の後を、街道の先へと続く道と元来た街とをきょろきょろと見比べたトンガリ帽子が追いかけてきた。だぶだぶの青い服に青いマント、揃いの色のトンガリ帽子。目立つ服装はお客さんを集めるためだろう。


山賊も集める効果が有ったみたいだけど。


もうボクは巻き込まれたくないから、さっさと逃げる事にした。



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次回:チロルのトロトロエール煮込み『定食』



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