山賊風の男
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--山賊風の男--
あらすじ:トンガリ帽子に助けを求められた。
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「ちょ、ニイさん!助けて!!」
幌馬車の影から滑り込んできた人影の背は低く、声は男にしては高かった。青いトンガリ帽子に隠れていた鳶色の瞳がボクを見て見開かれる。うん。ボクの後ろでくつろいでいるカプリオを見たんだね。今の彼は飾り布を着けていないから魔獣の証となる背筋の黒い毛がはっきりと見える。
「うわっ!なんだ!?魔獣!」
ボクに抱きついてきた人影は、飛びのいてもと来た馬車の方へ戻る。
「おいおいおいおい、逃げるんじゃねぇぞ!ヒッ!」
トンガリ帽子が戻った先には追いかけてきた声の主が居るわけで…。まぁ、追いかけてきた男たちもカプリオを見て息を呑んでいたけれど。
男たちの姿はホンマアさんの『不自由な大鷲亭』に居たゴロツキ、バーツさんの姿をもっと身なりを良くした感じだ。自分から迷子になったコロアンちゃんに、ご飯を食べさせて幼い言葉を使って甘やかしていた、スキンヘッドのバーツさんだ。
傷はあるものの磨き込まれて光る革の鎧に使い込まれた長い剣、馬の上からでも相手を狙えるような長い剣を持って馬に乗っている。2人。この2人は山賊と言われた方がしっくりと来る顔をしている。バーツさんの方がボロボロの服装をしていた。
「どぉしたのぉ?」
のんびりとした声がカプリオから出た物だと解ると、三角帽子も山賊風の男達も落ち着きを取り戻したようだ。いきなり現れた魔獣には驚いた様子だったけど、櫛を入れるためにデロンと寝転んで間延びした声に迫力はまったく無い。
「いや、彼等にいきなり襲われたッスゥ。助けてくれないッスか?」
男2人に阻まれたトンガリ帽子が、ボクの影からカプリオに言った。ボクの肩にかけられた指は細く長い。カプリオを見て驚いていたけど、すぐに言葉を返せる辺り、なかなか胆が据わっている人だと思う。普通は魔獣を見たら逃げるよね。
「何か悪い事をしたんじゃないの?」
助けてくれと言われたって理由も解らず助けられない。トンガリ帽子の方が悪い事もある。山賊風の男達の方が圧倒的に悪そうだけど。
「いやいや、あの街では一晩しか歌ってないッスよ。大きな街だから期待したンスけど、縄張り意識が強くて追い出されたんッスよ。」
だぶだぶの服と、トンガリ帽子で隠されていた背中から、ブルベリと呼ばれる楽器を取り出した。涙滴型の胴体からグネグネと張り出したネックが伸びて輪になっていて、そこに12本の弦が張られている。勇者一行が勇者の剣を探しに行く時のパーティで同じ楽器が鳴らされていたのを覚えている。
「嘘を吐けぇ!オレ達の村の事を根掘り葉掘り聞いていたって噂だぜ。」
山賊風の男が睨みを効かせる。怖い顔をしていたけどバーツさんは優しい人だった。魔王や魔族のアンベワリィに比べるとまったく怖くない。アンベワリィの顔は慣れたのか愛嬌さえ感じるようになったのだけど。あ、いや、やっぱり怖いかも。
「違うッス!自分はただ、村があるなら新しいお客さんになってくれないかなぁと思っただけで…。」
「それで、村の人数や畑の広さまで聞いていただと?」
「そうッス!お客さんの懐具合は知っておきたいモノでしょう?単に営業をしてただけッスゥ。自分は流れの吟遊詩人なんで。」
ボクも占い師の営業であちこち歩いた事があるから、吟遊詩人だと言うトンガリ帽子の気持ちの方が解りそうだ。酒場で『占いします』と看板を置いているだけで酔っ払いに絡まれたりするからね。お客さんなら大歓迎なんだけど。
「悪気が有ったワケじゃ無さそうだし、見逃してあげられないかな?」
面倒事は嫌だけど、幌馬車をカプリオから外してあるのですぐに逃げる事はできない。それに、がっちりボクの肩をつかむ細い指からは「絶対に逃がさない」という強い意志を感じる。『見逃して欲しい』とは言ったモノの、本当はボクが見逃して欲しいんだ。巻き込まれたくないんだ。
占い師として営業をしていたのでお客さんの懐具合を知りたいと言う気持ちも解る。お客さんの懐を見て占いをするワケじゃ無いけれど、おヒネリをたくさんくれそうなお客さんにはサービスしたくなるんだよね。上手い具合にエールでも奢ってくれればラッキーだ。
「ダメだな。あまり大っぴらに言うワケにはいかないが、オレ達の村にはちょっとしたゴタゴタが有ってな。腹を探られても痛くはないが、相手の出方を知るチャンスを逃すわけにはいかないんだ。何、ちょっと詳しく話を聞くだけだ。おとなしくソイツを渡してもらおうか。」
山賊風の男が馬に乗ったまま歩み寄る。元々大柄な男が馬の上に乗って見下ろしているんだから迫力は満点だ。腰が引けて右足が後ろへ下がるための地面を探す。どれくらい後ろに大渓谷の端が有ったっけ?
「こっちには魔獣が居るんッスよ!」
トンガリ帽子がボクの影に隠れながら言う。いや、カプリオはトンガリ帽子の味方でも無いと思うんだけど。
「ボクは戦えないよ。ほら、手も足も出ないしぃ~。」
ボクと同じで、関わりたくないと思ったのかカプリオがコロンとお腹を見せて短い手足をバタバタさせる。
背の低い草の上で転がるから、後で浄化の魔法をかけてあげないと汚れが残ってしまうだろうと考えていると、外していた飾り布が飛ばないようにしていた重石をカプリオが蹴り飛ばしてしまった。
大渓谷から流れ出た強い風でバタバタと飾り布が飛びそうになる。めいっぱい手を伸ばして飾り布を捕まえると、ボクまで飛ばされそうになってしまってゴロンと転がった。
「オマエも王国の狗か!?」
長い剣に手をかけて山賊風の男が叫ぶ。
バタバタと風に煽られた飾り布。カプリオの背中の魔獣の証を隠すその布には王国の紋章が描かれている。王国の紋章を偽造するのは重罪だ。だからこそカプリオが王国に認められていると証明できるんだからね。
「手紙を隣の国まで行くんだけど、それって犬の役割なのかな?」
ボクは王妃様の手紙を預かっている。その姿が犬の様だと言われればボクは犬かも知れない。投げられた棒を拾ってくる王妃様に忠実な犬。飾り布にじゃれついて転がっているようにも見える今の格好は犬のように見えても仕方ないかも。
(おいおい、狗って密偵とかそう言うのを言っているんだと思うぞ。コイツ等は本当の山賊で、住んでいる村を調べられるとマズイって話じゃ無いのか?)
ジルの解説に「なるほどと」心の中で頷いてから、やっと現実を理解する。要するに、この人たちは本物の山賊で、ボクが街で衛兵にこの人たちの人相を報告すれば、この人たちは捕まることになる。彼らの村とは山賊の村に違いない。
そう言えば、行商人さんが『最近は盗賊が出る』と言っていた。山賊と盗賊って違うのかな?
今考えるべきことじゃない疑問がよぎるけど、ボクができる事は多くない。ボクは飾り布に引かれて転がったままだし、木の体を持つジルが手も足も出せるわけが無い。立ち上がるそぶりも見せないカプリオもデロンと寝転がったままで、幌馬車を動かす事もできない。
「そっちの魔獣は役に立たねぇみたいだしなぁ。へっ、コケ脅しかよ!」
抜き放った長い剣を片手に、山賊は馬の手綱を鳴らした。
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次回:『山賊』と暴れ馬




