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大渓谷

第6章:手紙を届けるだけだったんだ。

--大渓谷--


あらすじ:3人が旅楽しい。

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最初の大きな街の冒険者ギルドに寄ってマッテーナさんからの手紙を届けた。その間にカプリオにまとわりついた小さな子供たちに手を振って街を出ると、大渓谷沿いに歩く事になる。


大地の裂け目とも呼ばれ、カモノ大渓谷と名付けられている。


渓谷とは言っても山あいにあるわけではなく平たい土地がいきなり割れている。カモノ大渓谷は今から行くツルガル国から魔王の森を横断していて、底を流れる川はツルガル国の方から魔王の森へと流れている。


これから先、ツルガルの国に入るまで、ずっと渓谷の横を歩いて行く事になる。


手紙を渡したギルド長の話だと、街道とは別の道、王都よりの場所に渓谷を降りる事ができる場所があるらしいのだけど、わざわざ戻ってまで怖い目に遭いたくないので遠慮してきた。嫌でも毎日見る事になるからね。


「おっきな割れ目だねぇ。向こうまで飛び越せそうにないや。」


街道から外れて這うようにして渓谷を上からのぞき込むと足がすくむ。渓谷の底にはキラリと澄んだ川が流れていて、足元を風に乗った鳥が飛んでいるのが見えたけど、これ以上は近づきたくない。手すりも何も無いから、これ以上近づくなら命綱が欲しい所だ。


(オレにも見せてくれよ。)


ジルは旅の間、ボク達が普通に喋っていても頑なに声を出さない。いつも通りだけど。特に、今回は隣の国へ行く事になるから絶対に喋らないそうだ。魔王の城の時のように王妃様から隣の国の情報を集めるように言われているみたいだし。


ボク達だけの時くらい良いと思うのだけど、どこで声を聞かれるか解らないからと言っている。


ジルの細い体の端を持って渓谷に突き出すと、棒の先端に結ばれていた占い師の旗がバタバタと舞った。ボクが覗き込んだ時も前髪がめくれるほど強い風を受けたから、谷間から強い風が吹き上げているのだろう。


「どう?見える?」


強い風に吹かれてボクはすぐに目を閉じてしまったけど、ジルだったら瞼が無いからゆっくりと見下ろせているかも知れない。高い所が苦手じゃ無ければ。


(魔王がすっぽりと入りそうだな。5人ぐらい。)


谷の深さを魔王5人分と表現していいのか解らないけど、頭の中で魔王の顔を思い浮かべる。顔だけでボクの背丈と同じくらいあった魔王が立ち上がると見上げなければならなかった。それが5人分。ちなみに、幅は魔王が2人と半分横たわれると思う。


「ヒョーリ!ボクもみたい!!」


カプリオは幌馬車を牽いているので、大渓谷に沿って続いている街道に残っている。少し距離があるので落ちる事は無い。ボクはカプリオを幌馬車から外して、風で飛ばないように飾り布と角に付けた帽子を取ってあげた。


「わっほぉ~!ヒョーリ!ヒョーリ!!毛が飛ばされるよ!!」


変な声を出してカプリオは喜ぶけど、渓谷の端のギリギリにかけた足元から小石が落ちて崩れていく。カラカラと落ちていく小石が底に辿り着く音は聞こえない。見ているだけで心臓が締め付けられそうだ。


「危ないから戻ってきてよ!」


「大丈夫だよ!」


カプリオが器用に1本足で立ち上がると、崖の端で巨体をくるりとまわらせる。飾り布に押さえつけられていたもこもこの毛がぶわり舞って、魔獣の印である背筋の黒い毛が隠れた。お腹がキリキリと痛む。


(止めておけって!落ちたらどうするんだ!?)


魔王の城の壁を駆け上がったカプリオなら何とかしそうだけど、魔王の城の壁と比べると何倍もの高さがある。途中に足場になる屋根も無いしね。人間なら落ちたらケガでは済まない高さだけど、カプリオならケガもしないでピンピンしてたりするのかな。試そうとは思わないけど。


「ほら、こっちにおいで、毛を()いてあげるから。」


まだまだ満足していないカプリオは文句を言いたそうだけど、風に煽られた毛並みが気になるのかしぶしぶとボクの方に戻ってくれた。馬用のブラシだとカプリオのもこもこの毛は通らないので、専用の(くし)を貰ったんだ。


王妃様が気持ちよくカプリオに横になるために作られたものだけどね。カプリオに何時間も抱きついていた王妃様の跡はくっきりと残ってしまうし、もこもこの毛がつぶれて寝心地が悪くなる。王妃様は鉄の芯を入れた木の櫛を作って時折下働きの人に梳かせていたんだ。


カプリオも櫛を気に入っていて梳く時はいつもおとなしい。今もボクの前に横たわると甘えるように体を預けてきた。


だけど、この(くしけず)る作業はかなり重労働だ。もこもこの毛は絡まっていて素直に梳かせてくれない。櫛を入れれば毛はするりとほどけるけど、それでも真っすぐな髪に櫛を入れるのとは勝手が違う。何よりカプリオの大きな体のほとんどがもこもこの毛だ。


なので、偶にしか梳いてあげる事ができないんだよね。


幌馬車まで戻って大きな櫛を取り出してカプリオの毛に入れると、カプリオから甘えた声が聞こえる。


「すごかったんだよ。足の下を鳥が飛んでいて、まるで空を飛んでいる様だった!」


(大カミカだろうな。大型の鳥で羽を広げて滑るように風に乗っていただろ?)


大カミカと呼ばれる鳥はボクも見た。王宮に置いてあった剥製は羽を広げるとボクよりも大きかったので覚えている。魔王の森でボクをさらった鳥型の魔獣よりは小さいけど。その鳥が小さく見えたんだ。


「そうそう、羽ばたかないんだ。クルクル輪を描いて周っていたけど風に逆らっている時はどうやって飛んでいるんだろう?」


(そりゃ、広げた羽根を調節しているらしいぜ。ほら、横に広げた腕の手のひらを少しだけ前に向けるような感じだ。ちょっとだけ前に向けて戻すのを繰り返すんだそうだ。)


「風に(あお)られて落ちそうなんだけど。」


ボクは鳥が翼を広げた時の様に自分が腕を広げる姿を想像した。手のひらを少しでも前に向けると風を掴んでしまって落ちるんじゃないのだろうか。ジルが実演してくれれば解りやすいんだけど、ジルには手が無いので当てにはできない。


(オレだって詳しくは無いさ。昔、学者がそう言ってるのを聞いただけだからな。)


「それに小さな鳥も岩肌の近くを飛んでいたよ。」


(それは何だろう?スコブかな。酒場でちらっと聞いた覚えがある。)


「お願いだから、もう一度見に行くなんて言わないでしょ。」


カプリオの毛を梳りながらボクは言う。何度も高い所に行きたいとは思わないし、もう一度カプリオの毛を最初から梳く事になったら大変だ。


空気を含ませながら元通りもこもこの毛になった頃には汗でびしょびしょだった。水の魔法で喉を潤してから浄化の魔法を体にかけて人心地付く。


「おい!見つけたぞ!!」


「ヤロウ!待ちやがれ!!!」


「ちょ、ニイさん!助けて!!」


遠くから馬の足音と男の罵声が聞こえると、カプリオから外された幌馬車の影から背の低いだぶだぶの服に、トンガリ帽子をかぶった人が滑り込んできた。


助けてって言われても困るんだけど…。



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次回:トンガリ帽子と『山賊風の男』



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