行商
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--行商--
あらすじ:薪割りの剣と名付けた。
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剣に薪割りの剣と名付けてから夜通し歩いた。星空とランタンの明かりだけで歩いた夜道は暗くって、笑い合う事に夢中になっていたボク達は森の狩り小屋へと続く道を曲がり損ねた。
ジルとカプリオは眠りを必要としない。道を戻るのも面倒で、かと言ってその辺の草むらで眠るのは不用心だ。魔王の森で寝た頃よりは安全だしジルもカプリオも起きているから何か有ったら起こしてくれると思うんだけどね。ランタンをかけたジルとカプリオと並んで夜通し街道を歩いた。
空が白んできた頃にようやく眠気を感じた。消えて行く星空に忘れていた眠気を思い起こされたようだった。ボクはジルに促されて幌馬車の屋根と御者席の間にハンモックを張ってそこで眠りについた。
ボクが寝た後もカプリオは歩き続けた。ジルと笑い会っているのを空ろに聞きながらボクも眠りたくないと思ったけど、睡魔に負けた。
街道の向こうからやって来る行商人が大きなカプリオの姿を見てギョッとする。幌馬車を牽いているのを見て街道に留まるのだけど、今度は御者台に誰も乗っていないのを見つけて更に驚く。
ボク達はその姿を見てくすくすと笑う。
「こんにちはぁ~いい天気だね。」
「や、やあ、ひとりかい?」
帽子を着けたカプリオがのんびり挨拶すると行商人は困った顔でも返事をくれる。ボクは幌馬車にかけられたハンモックの中から顔を覗かせる。昨日も夜遅くまで歩いていたんだ。
「驚かせてごめんね。次の村まではまだ遠いの?」
顔を覗かせたボクに、行商人が強張らせた頬を緩める。魔獣に声をかけられてびっくりしていたのだろう。
「いやいやいや、変わった馬だね。村はすぐそこだけど、どこまで行くんだい?」
行商人の顔は引きつりながらも逃げる事は無い。凄いよね。ボクはカプリオが羽織っている布に描かれた紋章を指して答える。行商人さんには悪いけど、ボク達はまだ『小さな内緒話』でクスクスと笑いあってる。ヒマだから考えたイタズラだったんだ。
「隣の国まで。」
魔王の森から帰る丸太のイカダの時もそうだったけど、カプリオの姿は王女様にもらった紋章を見せれば何とかなる。きっと、魔法使いのウルセブ様の魔道具の魔獣、アラスカを見慣れているからだろう。
「こ、これは失礼しました。貴族の方でしたか。」
「違うよぉ、お使いに行くだけ。」
「とおっしゃると、勇者様を殴ったという…。」
行商さんはカプリオとボクを見比べる。アラスカとカプリオ以外に魔獣の魔道具は無いよね。
「う、うん。そうだけど、その噂ってそんなに遠くまで広がっているの?」
コソコソと笑いあっていた後ろめたさもあってボクはしどろもどろに答える。貴族では無いと否定するのはカプリオの方が早かったくらいだ。でも、遠くの村から帰ってくる行商人でさえ知っているという事は、かなり遠くまで噂が広がっているみたいだね。ちょっと恥ずかしい。
「ええ、勇者が愚者の剣を掴まされたと遠くまで聞こえていますよ。私も勇者様に勇者の剣の実物を見せてもらいましたが、ものすごく立派な剣で遠くにある木でもスパスパ切ってしまう剣でしたよね。本当に勇者の剣ではないのですか?」
「それは…。」
「腹を立てたからって、むやみに人に向けて振るう剣を勇者の剣と呼ぶことができると思う?」
ボクが返事に詰まると、すかさずカプリオが口をはさんできた。
「はぁはぁ、なるほど。では、本当は勇者の剣だったわけですね。いやぁ、勇者様には頑張ってもらわないと私共も安心して旅を続けることができませんからね。最近は盗賊まで出てくるって噂ですから。」
解ったような、解らないような顔で行商人が言う。
「アンクスは魔王の森の方へ行ったらしいよぉ。魔王の森から迷い出てくる魔獣はきっとどうにかしてくれるよ。」
いつの間にか行商人はしどろもどろのボクの方を向いていなくて、怖がっていたカプリオと鼻を合わせている。ちょっと悲しいけど、カプリオの人懐こさはボクも安心できるんだよね。ボクなんて占い師をしていたのに未だに初めての人と話すのが苦手かもしれない。
のんびりと別れの挨拶をして別々の方向へと進んでいく。ボク達は次の街へ、行商人はボク達の来た方へ。
村に着くと少しだけ商いをした。村長さんに挨拶をして買い取ってくれそうなものを聞くだけだけど。香辛料や乾燥させた果物の中から少しだけ分けると、村の名産品を少しだけ買う。王家の紋章が入った飾り布をカプリオに羽織ってもらっているから、義理で買ってくれているのかもしれない。
ボクに商才なんて無いからね。証拠に村長さんの笑顔が少しぎこちない。
「特使様は占いもされるのですか?」
ジルに占い師の旗を付けている。ボクが牢屋に居る時、騎士たちの倉庫に侵入する為に外していた飾り布はチョッカさんによって綺麗に付け直されていた。占い師の旗もつけて。
「探し物ができるだけですよ。何か失くした物があれば探しましょうか?」
小さな村の暮らしに必要な物は少ない。料理に使うお鍋や食器、農具や弓矢などの仕事に使うもの。着る物だって浄化の魔法があるから数着しか持っていないだろう。冒険者ギルドの資料室や王宮の図書室みたいに物が溢れているワケではないのだ。
それでも時折、アンベワリィのように旦那さんにもらった大事な指輪を無くしたとか、子供にイタズラで隠されたとか、少しだけ探し物を依頼されることがある。魔王の森に行く時にも思ったけど、初めてくる村だとそれなりに有ったりする。
「セガレの嫁を探しているんですが、占えないでしょうか?」
「申し訳ありませんが、ボクは探し物はできても探し人はできないんですよ。」
特に恋占いなんて全くできない。
恋占いができるんなら、ボクはここに居ないだろう。ジルやカプリオと会う事も無かったかもしれない。師匠だったら適当を言って口先三寸で言いくるめているかも知れないけど。
「ははぁ、占い師様にも得手不得手が有るのですな。魔獣を連れた占い師様は勇者の剣を探せるほどの力を持ったお人だと噂ですが。」
「たまたま見つけただけですよ。」
たまたま。たまたま、ボクの『ギフト』が『失せ物問い』だっただけだ。
隣の国まで通る道について少しだけ世間話をする。最近、たちの悪い盗賊の動きが活発になっているのと注意された。見送る村長さんに丁寧にお礼を言うとカプリオが子供たちに埋もれていた。
「ヒョーリィ~。」
魔獣と同じように背骨に沿って黒い模様があるにも関わらず、カプリオは子供に好かれやすい。飾り布で隠しているからだち思ったけど、魔獣の森から出て王都に戻るまでがそうだったように隠す前から懐かれている気もする。
「懐かれているね。」
カプリオの頭を撫でて、途中の森で『失せ物問い』を使って見つけた木の実を干したものを子供たちに配ると、子供たちは歓声をあげて三々五々に散らばっていく。あまり珍しい木の実でも無いんだけどね。孤児院の子に配ったように商品を使いすぎるワケにもいかないので、幌馬車の屋根に吊るしておいたヤツだ。
いくつかの村々で同じような事を繰り返した。
角と角の間に渡した棒の両端にランプを灯したカプリオが昼も夜も歩いてくれたおかげで、ボク達は予定よりもだいぶ早く次の街へ行く事が出来た。
夜も歩く理由はヒマだからだってさ。
ゴトゴトと揺れる幌馬車のハンモックはちょっと寝心地が悪かった。
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次回:大きな『大渓谷』




