剣の名
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--剣の名--
あらすじ:愚者の剣じゃ無かった。
------------------------------
(ヒョーリ、あのね…。)
カプリオは言葉を詰まらせると幌馬車に押されてゆっくりと立ち止まった。山の稜線にあった陽が落ちて暗くなった街道で幌馬車が立ち止まる。懐かしそうに語られていた物語はグルコマ様がオンツアザケス、魔王に出会った所で止まったんだ。
(どうしたんだ?)
ボクより早く、ジルがカプリオの様子を窺う。ボクは御者席にかけてあったランタンに魔法の火を入れるとジルを持って馬車を降りた。ランタンに照らされたカプリオののっぺりとした顔が少し泣きそうだ。
「大丈夫?」
カプリオの前にうずくまって目の高さを合わせる。
「…オンツァザケスは生きているんだ。」
逸らしかけた顔を戻してカプリオは真面目な顔をして告白した。でも、オンツァザケス、魔王が生きている。その意味は解らなかったので首をかしげる。魔王はボクの目の前で二つに別れて音を立てて倒れたんだ。アンクスの『破邪の一閃』によって。
「魔王が生きていると何か問題があるの?」
魔王が生きていれば魔王の森が広がると人間は考えている。魔王の森が広がるのを止めるためのアンクスの冒険は無意味だったのだから問題はあるのだけど、今言われる事でも無いと思った。
「姫様も生きているんだよ。」
言われてハッとする。大きな音を立てて死んだと思われていた魔王が生きていたなら、姫様が生きていてもおかしくない。どんな手段を使って生き延びたのか分からないけど、自分の死を誤魔化せた魔王なら何とかできるのかもしれない。
「生きていたんだ…。」
ホッとすると同時に熱いものが込み上げてくる。生きていて良かったと心から思えた。
「ごめんね。ボクは知っていたのに教えなかった。もっと早く教えていればこんな事にはならなかったのに。」
ボクの顔を覗き込むカプリオの顔がにじんで見える。震える手でランタンを地面に置くとカプリオの頭を撫でて片手で抱きしめた。
「よかった…。」
本当に良かった。
「おいおい、オレにまで黙っていたのかよ。」
「だって、ジルに言うと全部、王妃様に喋っちゃうでしょ。魔王の城の事だってほとんど喋っていたじゃない。」
「仕方ねぇだろ。オレは元々、王妃側の人間だし、アテラに頑張ってもらわねぇとヒョーリが困ることになったんだ。」
聞けばジルは魔族の食堂や城の中でされる噂話を『小さな内緒話』で集めていて魔王の城の内情を探っていたらしい。それをすべて王妃様に報告した。元々王妃様の下でそんな仕事をしていたというし、その代わりボクに便宜を図ってくれるように王妃様と交渉していたようだ。
今まで知られていなかった魔王の城の情報を王妃様は高く買ってくれたようだった。
「今なら良いのかよ?」
「ボクがアンクスの剣を愚者の剣と断定したからアンクスの力が弱まっているでしょ。その上で魔王を倒せていなかったと広まったなら、もっとアンクスの力が弱まるよ。だからしばらくは公表されない。」
「アテラなら上手くやってくれると思うが…。公表されればアンクスをもう一度けしかけるかもな。」
ジルが拗ねたように言う。
「何か月も経って、反対の国から帰ってきたジルが報告しても信用は薄くなるよね。ボクとしてはオンツァザケスに人間を気にせず暮らして欲しいのさ。魔族の国も問題が起きてるみたいだし。」
内乱が起きてセナが軍を連れて出ていたっけ。
「まぁ、本当に魔王の森が魔王に操られていないなら、人間が勝手にいちゃもんを付けているだけだもんなぁ。」
「黙ってて、ごめんね。」
ジルとの言い合いに一息つけるとカプリオが呆けているボクの頬を流れる物をぺろりと長い舌で舐めとった。
「うん。良かった。本当に良かった。…今度、アンクスに謝らなきゃいけないね。」
アンクスを殴ったことは無駄だった。姫様が生きていたなら無意味にアンクスを殴ってしまった事になる。いや、殴ったことに後悔はしてないけど、凱旋の晴れの舞台で殴ることもなかったかも知れない。
「謝んなくて良いんじゃないか?オレはスッとしたし、アテラもやり易くなったと言ってたぜ。」
アンクスの勇者の力が強いままだと、あのまま戦争になりそうだったらしい。戦争に反対している王妃様にとってはちょうど良くアンクスの力を削げたようだ。
「アンクスは乱暴だからねぇ。喜んで戦争に行きそうだよね。」
どうだろうか。ボクには戦っているアンクスよりも、畑を耕しているアンクスの方が本当の姿に思えるけど。乱暴を働いているのは自分の思い通りにならなくて、拗ねているだけのようにも感じる。
「ところで、どうやって魔王はボク達の目をごまかしたの?」
魔王はボク達の目の前で倒された。目の前で、『破邪の一閃』でまっぷたつにされたんだ。
「魔王の力、強すぎる共感する力を使ったのさ。」
魔族は共感する力でパートナー魔獣の心を読み取ることができる。その力を使って魔族は魔獣の世話をして、自在に操る。
魔王はその共感する力が強いので、魔獣だけじゃなく魔族の心も読み取れる。人間の心も。もっとも、人間の心は読み取りにくいのだそうだけど。
そして、共感という事は自分の心も相手に知らせる事ができる。魔王は魔族、そして人間に自分の心に浮かぶイメージを強制的に見せる事ができる。そうして、相手に幻を見せる事ができるそうだ。
塩湖で魔族の暗殺者に襲われた時なんかにも使われていたらしい。そう言えばあの時、黒い魔獣の姿が掻き消えたように見えていたけど、幻を見せられていたんだね。
「アンクスが剣を振り回している時に、ボクとオンツァザケスはお茶をしてたんだ。あそこの食べ物はしょっぱいんだよね。オンツァザケスのくれた飲み物もしょっぱくて飲めなかったんだ。」
さすがにアンクスに姫様を狙われた時は焦ったそうだけど、姫様の死の幻を上手くかぶせる事で解決した。最後に看取った姫様は本物だったみたいだから、ボクはまんまと姫様に騙されたようだ。いたずらに成功して自慢げに笑う姫様の顔が浮かぶ。
魔王と姫様の姿を残すわけにいかなくて、早めに遺体を片付けたからバレるんじゃないかとヒヤヒヤしていたそうだけど、大きめの魔晶石を転がしておく事で目をくらませたのだそうだ。目先の欲に目がくらんで死体の確認を疎かにしてくれて助かったとカプリオは言った。
魔王はアンクスに帰ってもらえばそれで良くて、ボク達が魔王の森を逃げる時も追撃をさせなかった。ただでさえセナ達が出払っていて人手が足りなかったようだしね。魔族に追いかけられていると思って逃げていたけど、そんな心配はしなくて良かったみたいだ。
「結局、あの剣の名前はお父さんの剣って事なのかな?」
御者席に置きっぱなしにしてきた剣をちらりと見る。グルコマ様が勇者になった剣として記念に残されていただけで、愚者の剣でも勇者の剣でもなくなった剣だ。
「それはヒョーリが決めれば良いよ。別にヒョーリのお父さんの剣じゃ無いからね。ねぇねぇ、ヒョーリならどんな名前を付ける?」
ずっと我慢していた事のように、期待を込めた眼でカプリオが聞いてくる。きっと、初めて会った時から聞きたくてうずうずしていたに違いない。だから、『どっちが勇者の剣だと思う?』なんて意地悪な質問をしてきたんだ。
「そうだね。…『薪割りの剣』かな。」
この剣でボクが切ったのは薪だけだ。他には何も切って無いし、切る予定も無い。
「あはは。ヒョーリらしいや。」
ボクは星明りの夜の街道をランタンの灯りといっしょに、カプリオの隣に立って歩き始めた。
------------------------------
次回」のんびりと『行商』




