鉄の剣
諸事情により、寝坊しました。ごめんなさい。
第6章:手紙を届けるだけだったんだ。
--鉄の剣--
あらすじ:やっと王都を出た。
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(へぇ~そんな事があったんだ。)
(たいへんだったんだよぉ。次から次へと子供たちが背中によじ登って来てさ。)
(今度会ったらコロアンのヤツにキツく言わなきゃな。)
山の稜線に近づいた赤い太陽が大きく見える。空にはうっすらと一番星が瞬きはじめ、ガタゴトと幌馬車は街道を進む。他愛もない事を繰り返し笑う声が透き通った空消えて行く。
街から十分に離れて会話が途切れた所で、ボクはやっと疑問を口にすることができたんだ。と言っても、幌馬車を牽いているカプリオのお尻に話しかけている状態なので、ジルの『小さな内緒話』を使って話をしているから、ほんとうに口にしたワケじゃ無いけど。
(結局、この剣は何だったのかな?)
御者台のボクの隣に立てかけられた剣、愚者の剣。魔王が愚者の剣と言った剣。永遠に変わらない魔法がかけられた傷ついた鉄の剣だ。
幌馬車の荷台には剣を立てかけられる場所がある。腰に挿したままじゃ座りにくいから便利だ。
(お父さんの剣だよ。)
勇者グルコマ様のお父さんが使っていた剣だとカプリオは言った。それが本当なら、勇者の物語でグルコマ様が初めて振るった剣だという事になる。魔族に襲われた村を救うために初めて手に取った剣。彼はこの剣を振るって勇者の称号を得ている。
(勇者の剣じゃないの?)
この剣が勇者の剣かも知れないと思っていたから王宮では口にできなかった疑問。王宮ではジルの『小さな内緒話』を知っている人たちがいるから、いつ、誰が『小さな内緒話』に混じっているか分からない。
ジルには誰が会話に参加しているか解っているだろうけど不用意な事は言えなかったんだ。
これが勇者の剣なら王宮に返さなきゃならない。勇者と呼ばれる人が持つべき剣だと思うから。でも、アンクスに渡すのは嫌だったし、この剣を見守と言ったカプリオと別れるのも嫌だった。
ワガママだと思うけど。
雷鳴の剣やアンクスの持っている剣みたいに特別な力があるわけじゃ無いから良いよね。
(最初はそう呼ばれてたよ。ヒョーリはどっちだと思う?)
カプリオは尻尾を楽しそうにプルンと振った。
イタズラが成功したかのように声が弾んでいる。カプリオは廃村の村で聞いてきた『どっちが勇者の剣だと思う?』。
(魔王は愚者の剣と呼んだよね。)
(魔王のオンツァザケスから見ればどっちも愚者の剣だね。魔族や魔王を倒した剣だもの。)
(じゃあ、勇者の剣は無かったの?)
(どっちも勇者の剣だったんだ。)
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グルコマ様が勇者として戦い始めた時、今、ボクの隣にある鉄の剣は勇者の剣と呼ばれた。ただの村の子供だったグルコマ様が村の仇の魔族を倒した父親の剣は美談として扱われて、勇者を示すシンボルとして使われた。
ただの鉄の剣は目立つように装飾されて、剣を掲げて戦いの先頭に立つことで人々の関心を誘ったのだそうだ。人々は勇者に期待をして、勇者の力は強くなる。
あちこちに現れる魔獣と転戦していく中で勇者の剣はグルコマ様の『ギフト』、『嵐の奏者』に耐えられなかった。元々は村人が使うただの鉄の剣で、まだ永遠の力は付与されていなかったんだ。
美談で人々の興味を十分に引いた剣は役目を終えて、魔王と戦うための力のある新しい勇者の剣が必要になった。
勇者が魔王を倒せると信じられるシンボルとして、人々の期待を多く集められる新しい剣が。
そうして賢者様に新しく作ってもらったのがアンクスの持つ剣。魔王を倒した剣だった。新しく作られた剣には魔道具として強い力が加わって、勇者に期待する声は強くなり、勇者グルコマ様の力は更に強くなった。
(じゃあ、やっぱりアンクスが持つ剣が勇者の剣じゃない。なんで愚者の剣だなんて言ったの?)
アンクスが持つ剣が勇者の剣なら、カプリオがその剣を愚者の剣だと呼ぶのはおかしい。魔王が前の魔王を倒した剣を愚者の剣と呼ぶのは解るけど、カプリオまで愚者の剣だと言わなくても良いじゃないかな。
(愚か者が振るう剣なんて、愚者の剣で十分だよ。)
カプリオは怒るように言い放つと、鉄の剣の話をとめどなく語り始めた。
村を滅ぼした魔族が住む魔王の森が、魔王の城を中心に円形に広がっている事から魔王が森を支配していると人間は考えた。グルコマ様も期待する人々に言われるままに魔王が魔族の森の元凶だと思った。
だから、魔王を倒した。
魔王を倒した後に、魔獣に襲われていた幼い魔族の子を見捨てられずに助けてしまった。その子供の名前をコニャックと言うらしい。
(懐くまで時間がかかったけどね。)
コニャックを助けたのは良いけれど、人間の街では子供と言っても魔族は受け入れられなかった。人間には手が付けられない力を持つに違いない。大きくなったらきっと暴れ出す。
勇者であるグルコマ様の目の前ではコニャックも酷くは扱われないけれど、グルコマ様でさえ陰口を耳にするようになった。それは、自分の振るう剣の威力が落ちている事からも明らかだった。人々が魔族の子供を庇うグリコマに猜疑の目を向けたから、勇者の力は弱くなった。
どうにかコニャックと街の人たちとを仲良くさせたいとグルコマ様は手を尽くしたのだけど、上手くいかない。それどころかグルコマ様と人々の間の溝が広がった。勇者の力はどんどん弱くなる。
王様は勇者の力が残っている内に魔王の森に浸食された領地を補填することにした。隣の国と戦争をして侵略する事にしたんだ。魔王の森の広がりは納まっていたのだけど、森が広がった分、畑も減って食べ物が足りなくなっていた。
畑を失った人たちの食べ物が足りなくて、魔王の森から溢れる魔獣を倒しながらゆっくりと森を拓いて畑を作り直している時間が無かったんだ。貯めていた食料の底はすでに見えている。
グルコマ様の力が強いままなら、素早く森の木々をなぎ倒す事も出来たのかもしれない。グルコマ様が自分たちを必ず守ってくれると信じて魔王の森を切り拓く事ができたかもしれない。
魔族を恐れた人たちは、人間にその剣を向けた。
強い力を持つ魔族は怖いけど、同じ人間なら自分達にも勝つことができる。魔族をも倒す勇者の力は弱まったけれど、どこから襲われるか分からない森の中よりもよっぽど有利に戦う事ができる。遊牧をする国の土地は余っているようにも見えた。
人々も王様の考えに賛同して、人間を相手に戦端を開く事を望んだ。
グリコマ様は戦いたくなかった。村を守るために授かった力を、他国とは言え村を滅ぼすために使うなんて考えられなかった。それでも人々はグリコマ様に先陣に立つように願った。グリコマが連れてきた魔族の子供を受け入れる事はできなかったのに、自分が矢面に立って傷つくのを嫌がったんだ。
グルコマ様は人々が称えるのが勇者の自分なのか、便利に使える道具なのか分からなくなってしまった。人々がグルコマ様を信じられなくなったように、グルコマ様も人々を信じられないようになった。
魔王を倒した勇者の剣は、戦争を呼ぶ愚者の剣に変わった。
幼いコニャックを連れて、グルコマ様は魔王の森の奥へと入った。自分は人間と戦うために魔王を倒したんじゃない。その気持ちが彼の迷いを加速させた。
そんな時に出会ったのがオンツァザケス、アンクスが倒した魔王だった。
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