拳
--拳--
あらすじ:姫様の魔晶石を見て頭に血が上った。
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ボクは駆けだす。
「え!ヒョーリ?」
カナンナさんの横をするりと抜けて。
ボクは駆けだす。
「なんだ!?」
王女様の護衛の横を姿勢を低く躱して。
ボクは駆けだす。
(相棒!どうしたんだ!?)
頭の中が真っ白になったまま。
気が付いたら、ボクはアンクスを殴っていた。
姫様の赫い魔晶石が宙を舞う。
たった数歩の勢いを乗せてアンクスの右の頬を勢いに任せて思いっきり殴った。
非力なボクの拳ではアンクスの顔をわずかに逸らすだけで精いっぱいだった。ボクの方を向いたアンクスは呆然としていて、ボクの拳の方が痛かったかも知れない。
コンコンと姫様の赫い魔石が舞台に落ちる。
殴られた頬に手を当てて呆然としていたアンクスの茶色い瞳に意志が宿る。
「魔王の城で毒されたか!?ヒョーリ!」
アンクスが剣を抜く。勇者の剣を。
「長い間、魔族の城で自由に動けていたのがその証!勇者の剣をオレの手にもたらした占い師と言え、魔王に染められた者ならば容赦はしない!」
「おい!王の御前だぞ!やめろ!」
「うるさいっ!魔王の手先だぞ!?」
止めようとするライダルをアンクスは軽々と片手で弾く。今まで強さを比較する事は無かったけど、みんなの力を勇者の力として集めているアンクスはライダルなんて目じゃないくらいに強いのかもしれない。ライダルは簡単に吹き飛ばされた。
やっぱりアンクスは勇者なんだ。
ぼんやりと頭の中で呟く。人々に認められ強くなる勇者は、ずっと鍛錬を続けてきた戦士より力強い。パレードをしたり宴会をしたりと強さを誇示して認められたワケじゃ無いけれど、でも、何か有ったから彼は勇者になった。
「てめぇ、覚悟はできているんだろうな?」
そう言うアンクスは片手に抜き身の勇者の剣を下げているだけだ。きちんと構えているワケじゃ無い。だけど、次の瞬間にはボクの首が吹っ飛んでいてもおかしくないくらいに思える。
真っ白になっていた頭の中が凍り付くように真っ青に染まっていく。アンクスを殴ったことで、ボクの頭が冷静さを取り戻していた。
姫様はもういないんだ。
たかだか赫い石に激高して、見境を無くして走り出して、人を殴る。
あまりにも無意味だ。
無意味だけど、無謀だけど、ボクはまっすぐにアンクスを見返す。
「姫様は無関係だった。魔王を倒しても魔王の森は広がるし、『ギフト』を貰わない魔族では、父親と同じ力を受ける事は無いんだ。姫様は魔王の力を持っていなかったんだ!」
ゆっくりと力を込めて言い返す。多分、意味は無いだろう。いくら言っても姫様は戻って来ないし、いくら言ってもボクの言葉を確かめる方法もない。危険を冒して魔族の街にまで行く人間なんて居ないんだから。
それでも、もう姫様のような存在は作りたくない。
魔王の子供だったから殺されるなんて無意味だ。人が死んだのに祝うなんておかしいよ。魔王だからって倒されていいものか。
ボクは腰に吊るした愚者の剣を鞘から抜かずにベルトから外してドスンと舞台に落とした。どんなに頑張ってもボクはアンクスに勝てない。たくさんの人の力を集めた勇者の前では、立った独りの貧弱な占い師の抵抗は無意味だ。
抵抗はしない。ただまっすぐにアンクスを見つめる。
そこには今まであった非難の情も、後悔の念も込めない。それだけがボクの意地。
「遺言はそれだけか?魔王の手先よ、散れ!!」
アンクスの剣が振りかぶられた時、ボクの前に大きな影が走り込んでいた。
「愚者の剣を持つ者よ。愚かなる剣を振るう者よ。剣を納めろ!」
ボクとアンクスの間に割り込んで、のっぺりとした顔のままカプリオが命令する。その視線はまっすぐにアンクスに向けられていて、誰に語った言葉なのか間違えようがなかった。
振りかぶられたアンクスの持つ豪華な剣。それをカプリオは愚者の剣だと言い切った。
先ほどまでライダルが語った話の中で、カプリオが賢者の作った魔道具だと街の人にまで知られている。勇者の剣を作ったのが賢者だと知られている。その賢者の魔道具が勇者の剣を否定したんだ。
舞台で起こった事態を注目していた人たち、王様から街の人までどよめいた。アンクスの剣が愚者の剣だという事実に騒ぎは治まらずにどよどよと広がっていく。
「うるさい!オレは魔王を倒した勇者だ!勇者の持つ剣が愚者の剣なんてモノの訳が無いだろう!その魔獣だって偽物さ!」
アンクスが持つ豪華な剣をかざせば、剣が風をまとって力を魅せる。少なくとも、その剣には力がある。振る速度が速くなる魔法陣と、切れ味が良くなるようにする魔法陣。それに振った刃が衝撃となって飛んでいく魔法陣が組み込まれていると、ウルセブ様は言っていた。
「んべぇ!」
カプリオはのっぺりとした顔から赤く長い舌を出した。
挑発されて顔を真っ赤にさせたアンクスが剣を振るえば、カプリオはゆったりとした余裕のある動作で剣を躱す。アンクスは剣の力で振る速さが早くなっているにも関わらず、カプリオは器用に避ける。避けながらもボクを護ることを忘れない。
「当たれ!当たれ!当たれ!」
頭に血が上ったアンクスが大きく振り回す剣はカプリオを捉えきれずに空回りする。王女様と護衛達はもちろん、ウルセブ様にモンドラ様までアンクスの剣に当たらないように舞台から逃げ出していた。
しびれを切らせたアンクスが剣を放った。衝撃波となった刃は街の人たちの頭上を走って空へと消えて行く。
「あぶないなぁ~。だから愚者の剣だって言ったじゃん。バカじゃないの?」
狙われた本人なのにカプリオは他人事のようにあきれ返って、飛んで行った刃を眺めてため息を吐く。ため息を吐きながらも、風を剣に纏わりつかせて振り続けるアンクスの剣は器用に避けている。荒れ狂う風の刃は剣を長くしたかのように伸びて、だんだんとカプリオを追い詰めた。
よろり、とカプリオの体が傾いた。
「破邪の…。」
アンクスの周りに数えきれないほどの剣が浮いた。
何度も見たアンクスの『ギフト』、『耕す一振り』を使った攻撃。『破邪の千刃』。その刃の及ぶ範囲は畑ひとつを一振りで耕す事ができるほど広くて、舞台の上どころか集まっている街の人たち、もしかしたら高い位置に居る王様にまで及ぶかもしれない。
数多くの刃の力が一本に集まって、魔王を倒した『破邪の一閃』に変わるとしたら、建物どころか王宮まで切れるかもしれない。『破邪の千刃』ですら教会が壊れたんだ。
「え~いっ!」
剣戟を避けて態勢を崩しているカプリオの横をすり抜けて、アンクスに体当たりをする。とにかく、アンクスが『耕す一振り』を解き放つ前に止めなければ、みんなが巻き込まれると思って必死だった。
アンクスはカプリオに気をとられていて、剣を振りあげた脇はガラ空きで、ボクがカプリオに次いで一番近くに居たんだ。ボクが止めなきゃ。止めなきゃみんな死んでしまう。
アンクスに体当たりをしてしがみつくと、ボク達はゴロゴロと舞台の上を転がった。
そして、剣を抜いた騎士団に囲まれて、冷たい剣がボクとアンクスの首筋に当てられた。
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次回:暗くなる『牢屋』




