凱旋
--凱旋--
あらすじ:騎士アジナイ様の羞恥プレイ。
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びくびくと、ボクは震えている。
魔王の前に立った時とは違う震えが込み上げてくる。
ここは王宮の前にある広場。勇者の剣を探しに行く時のパレードの出発地点、王様が演説したバルコニーの下に舞台が作られていて、そこに立たされている。
王様と王妃様はそして王族の人たちはだいたいバルコニーにいるのだけど、ウチナ第一王女様は舞台に立っている。ボクの隣に。
いや、もちろんボク達だけじゃないよ、ウチナ王女の護衛や侍女、カナンナさんや、式典を執り行うための十分な人達も舞台に立っている。
アンクス達勇者一行が魔王に勝利して帰還する。それを迎え入れる凱旋式典を見ようと王都や近隣の村々からも見物人が集まってきた。アンクスが魔王を打ち取った報告は、ボクが王宮に連れ込まれるよりも前に着いていたんだ。村々で祝勝会をしながら戻って来ている事はみんなが知っている。
普通ならボクが舞台の上に立っても目立ちはしないだろう。目に止まったとしても貧相な下働きが混じっていると思う程度で、一瞬で忘れ去られるような存在だろう。王妃様のドレスや飾りの方がよっぽどみんなの関心を引くハズだ。
ただ、今のボクの後ろにはカプリオが居る。
王様やお妃様もめったに見る事ができないとは言え、パレードの時やお祭りの時なんかにバルコニーに出て演説をなされる。王子様達や王女様達もその時に見る事ができる。だけど、カプリオは初めて見る人が多い。王都の入り口の門で悶着はあったけど、目の前の広場にはそれ以上の人がいる。
沢山の人の目の前に、魔獣が居るんだ。
恐ろしいと噂される魔獣。それが舞台の上で、それも兵士たちも表向きは警戒してない、いや、カプリオには王家の紋章の入った帽子や飾り布までかけられているから、無害だと思われてもおかしくない。
(ヒョーリはカチカチだねぇ。)
(仕方ねぇさ。ヒョーリだもの。)
(魔王と謁見したなんて誰も信じないよね。)
カプリオの言う通り、確かに魔王に謁見した。でも、ボクはほとんど何もしゃべらなかったし、頭の中は死ぬかもしれないという恐怖に染まっていた。今みたいに注目されて、コソコソと噂話をされるような感じじゃ無かった。恥ずかしい。
「王家の紋章が入った布を着せて、魔獣を飼いならしたって言うのか?」
「となると、あの前にいる奴が魔獣使いって事か。」
「うっそだろ。最新の鎧を着ているとはいえ、ひょろひょろだぜ。」
悪意は無いんだろうけど、噂話はボクの耳にまで届いてしまっている。隣に立つウチナ王女の眦が吊り上がって、カナンナさんにつねられている。
「姫様、笑顔を絶やさないように。」
サボり癖のあるカナンナさんが王女様をたしなめるとは思わなかった。
なぜ、ボクがココに立つことになったかというと、そのほとんどがカプリオに原因があると思う。名目上は、勇者アンクスに勇者の剣をもたらした占い師に褒美を与えるため。ボクの占いで勇者の剣を手に入れて魔王を倒したのは事実だから、そこまでは良い。
いや、それだったら図書館でコッソリくれれば良いのに。王宮の占い師だっていくら占っても表の舞台に立ったことが無いんだから。
本当の目的はジルによって聞かされた。推測も混じっていたけれど、可能性は高いと言った。
王様が、国が、カプリオを仲間に迎え入れたと思わせる。今日、式典にいるのは王都の住人だけじゃない。村々を練り歩く行商人に、国を超えて商いをする大商人。それに、ボク達の住む国を調べている国の内外の密偵達。
賢者が作った魔道具の魔獣。その力は解らなくても、その異質さは誰にでも伝わる。モコモコでのっぺりとした顔のカプリオを脅威と思うかどうかは解らないけど。でも、現にアジナイ様は脅威になりえると王妃様の前で力説していた。
王都の住人達に味方になる、古の賢者の作った力強い魔道具を保有したと知らしめて、密偵を派遣した外国に対しても牽制を行うというものだ。
王宮の貴族たちの間でも、ボクはウチナ王女様に気に入られている事が知られていて、王女様のいう事であればボクが聞くと考えられているらしい。王女様の命令でボクを通してカプリオが動く。だから、ボクは王女様の隣に立たされた。すごく目立つ。
もっと、はじっこが良かった。
勇者アンクスも王女様に求愛しているという事だから、王女様に力が集まることになるだろう。王妃様としてはアンクスの求婚を拒否した後の王女様の価値が下がらないようにする狙いもあるみたいだけど。
ボクとしてもカプリオが王様も認める魔獣だと解ってもらえるんだからメリットが無いわけじゃない。カプリオを連れて王都を歩けるかもしれないんだ。街の人たちに囲まれそうだけど。
でも、王宮だけでも、カプリオがのんびり暮らせるなら良いかな。
「オジちゃん!迷子探しのオジちゃん!!」
黒だかりの人たちの足元を抜けて、コロアンちゃんが手を振った。
ボクは苦笑いをして舞台から小さく手を振った。
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ドキドキしながら待っていると、次第に大通りの歓声が大きくなってきた。
ジルとカプリオは気にせず『小さな内緒話』で会話を続けているし、コロアンちゃんは街の人たちが舞台にあがらないように警備をする衛兵の足元でニコニコと笑っていた。
魔法使いのウルセブ様が繰る、魔道具の魔獣アラスカを牽く青い馬車では勇者アンクス様、戦士ライダル様、僧侶モンドラ様が手を振り、集まる人たちの歓声に応えている。
彼らが到着すれば、いよいよ凱旋式典が始まるんだ。
青い馬車が広場に入れば、ラッパの音が響き渡り歓声が一段と大きくなった。馬車を降りた勇者一行は戸惑うことなく舞台に上がる。勇者一行が凱旋パレードを行うのは初めてじゃないし、打ち合わせは使者を通してなんども行われているらしい。場違いなボクだけが緊張している。
「よくぞ戻った我が勇者たちよ!」
勇者一行が舞台の中央で王様と王妃様のいるバルコニーに向かって跪き、王様の演説が始まった。
「我が国に隣接する魔王の森が急速に広がり侵食し、住人を、国土を脅かした。皆も知っているだろう古の勇者グルコマに習い、魔王の森の広がりを止めるため勇者アンクスが立ち上がってくれた。」
ワー!
王様の言葉が途切れると歓声がひときわ大きく聞こえた。
「今、アンクスは魔王を打ち倒した!」
ワー!
「勇者よ。アンクスよ!歓声を以って其方を称える民に、応えよ!」
勇者一行が立ち上がり街の人たちの方へ振り返り、勇者の剣を、それぞれの武器を手に高々と天にかざせば更に大きな歓声が上がった。
ワー!
街の人たちは大喜びで、特等席に居るコロアンちゃんも大はしゃぎだ。足元に纏わりついてズボンを引っ張られる衛兵が困っている。
(もう少しガマンしろよ。)
ジルの言葉にはっとして、作り笑顔を貼り付け直す。ボクにとって魔王の討伐は嬉しい話じゃない。その事は、王妃様にも王女様にも言ったのだけど、ボクは舞台に上がることになった。これからもカプリオと一緒に居るために。
今日だけ我慢すれば良いんだ。
もうちょっとだけ。
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次回:魔王討伐の凱旋『式典』




