非日常
--非日常--
あらすじ:日常は始まらなかった。
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(ねぇねぇ、ヒョーリあれなに~!?)
(バッカ!ヒョーリは仕事中だぞ、邪魔すんじゃねぇよ!)
(だってボク、動けないんだもん。)
カプリオとジルの楽しそうなやり取りをよそにボクはきらきらと目を輝かせている女の子達に向き直った。王女様とそのお友達だ。魔王の城での話は彼女たちの好きな恋物語でも無いのに楽しそうに聞いてくれている。
ジル達の会話は『小さな内緒話』で繰り広げられているから、他の人には聞こえない。使い走りの役人が来る以外は静かだった図書館にいる、居るはずの無い人たちには。
カプリオがアジナイ様ひきいる騎士たちから逃げだして戻ってきたと思ったら、あれよあれよという間に人が増えた。
話によると、まず騎士たちの部屋に連れて行かれそうになったそうだ。でも、騎士たちの部屋のドアは体の大きな魔族達が魔獣を連れて歩く魔王城と違って、小さかった。人間用だもの。
アジナイ様は自分たちの部屋のドアを壊すワケにもいかず、馬小屋へとカプリオを案内した。
「オレ達の部屋に入れないんだから我慢してくれ。」
「え~!ワラの上で寝るの?湿ってない?」
ボク達が魔王城で使っていた薪割り小屋でもワラの中で寝たけれど、それは中二階にあって乾いていたし、毛皮も敷いていた。馬小屋は剥き出しの地面にワラを敷いただけだったからシジットリと湿っていたそうだ。
「ワガママ言うなよ。部屋に入れないお前が悪いんだ。」
「ヤダヤダ!ここじゃ風も吹くし雨も入って来るでしょ。王妃様に賓客としてもてなせって言われてたじゃん!」
「我々は王妃の言葉を了承していない。ワラを変えてやるから我慢しろ。部屋の用意ができるまでだ。」
アジナイ様はそれができる精いっぱいだと言いきって、馬小屋の管理をしている馬方の下男を呼び出し、ふかふかの新しいワラを変えさせた。見張りはしなければいけないけれど、ワラの交換は下男に任せてヒマを持て余した騎士の人たちが悪態を吐き始めたのはその時だ。
「ケッ、魔獣ぶぜいが調子に乗りやがって。」
聞こえる声で言われた言葉を他の騎士が嗜められてからも、小さな声でひそひそと話が続く。
「馬と同じ扱いをしてやってるんだ。ありがたいと思えって。なぁ。」
「今だけだって、すぐに魔法使いどものオモチャになって、分解されるさ。」
「バラして小さくなれば部屋に入れるって事か。はっはっは。」
人間なら聞こえないほど小さな声だったらしい。でも、カプリオは魔獣の魔道具だ。町を治めるご主人様のサポートをするために耳も良く聞こえる。
「だから、『分解されるのなんてヤダよ!』って言って、逃げ出して屋根に駆けあがったんだ。」
いきなり居なくなったカプリオを探してうろたえる騎士たちを、駆け上がった図書館のテラスから見下ろしたのだそうだ。魔王の城の壁を登って魔獣を振り切って走り回ったって、ボクもちゃんと報告していたのに上は見ないものなんだね。
「ふふふ。それは良いわ。」
やけに上手い騎士たちのモノマネを交えて説明してくれるカプリオを、王妃様は上機嫌でモコモコの毛に目を細めながら撫でまわした。
そう、王妃様が。
翌日、カプリオがどこにいるか確信を持った足取りで、王妃様はいち早く図書館に来た。
「カプリオの寝心地はとても良いのでしょう。騎士を出し抜いた速さを背に乗って体感することは止められましたけど、寝心地くらいは試させてくれるわよね。」
本当は背中に乗って走り回りたいのだけど、王妃様も護衛の侍女たちもスカートを履いているし、はしたないからと止められたのだそうだ。
その代わり、寝心地は試した。賢者が孫のために技術の粋を使って寝心地を良くしたとジルが報告したらしい。ジルはカプリオと真夜中の暇つぶしに聞いたと言っていた。ボクは聞いた事が無かったけど寝心地は抜群に良い事は知っている。安心して眠れるんだ。
「ああ、ウチのヒトなんて追い出して、寝室に置いておきたい…。」
王妃様はカプリオにもたれかかりながら、モコモコの毛を撫でまわす。寝心地の良さはボクも十分に知っているから気持ちは解る。でも、王妃様の言うウチのヒトって、王様なんじゃないのかな。
王妃様が図書館に居るからと執務の仕事道具が図書館に移された。偉い人達が重要な書類を持って決済を申し込みに来るようになる。つまり、人が増えた。
偉い人達だけじゃ無かった。王妃様を取り巻く貴族の奥様達。いつの間にか集まってきて、図書館はお茶会の場になってしまった。本しかない殺風景な図書館に花が飾られて、敷布が敷かれテーブルを増やし、お茶とお菓子の香り音楽が増えた。王宮には立派な庭園もあるのに。
「あらやだ。あれはヨーカンの鳴き声じゃ無くて?良い声ね。」
「こんなに景色が良いとは思いませんでしたわ。」
「ちょっと、貴女、食べすぎじゃない?」
遠くから聞こえる鳥の鳴き声を聞く、ほんわかとした雰囲気に見えるけど、実は殺伐とした奥様方の地位争いが時々混じる。それは、決済を求めてきた偉い人達の間でも。ピリピリとした雰囲気に、以前から図書館に訪れていた使い走りの貴族たちがびくびくしている。
「最近、お隣の国が備蓄を増やして兵の雇い入れが増えているらしいわよ。コワイわねぇ。」
「ホタエールさんのお宅の三男坊が隣の国と連絡を取り合っているそうよ。」
「いっそ、潰しちゃわない?」
国の機密っぽいのをボクなんかが聞いて良いんだろうか。いや、偉い人達の話にはもっと聞いたらマズそうなものがあるんだけど。
ドキドキしていると、そこへ武器を持った人たちがぞろぞろと入ってきた。カプリオに逃げられた騎士たちだ。
「王妃よ、その魔獣は我々でも手こずるくらい危険であります。早急にお引き渡し下さい。」
王妃様の下敷きになっているカプリオを見ながら苦しそうな顔をしてアジナイ様が言う。危ないと言っている魔獣を、お妃様が下敷きにして横たわっているんだ。ぜんぜん危なく見えないよね。
「危ないとはどういう事かしら?とても人懐こくておとなしいわよ。」
「お化粧が崩れますから止めてください!」
王妃様がモコモコの毛に頬ずりをしそうになって侍女たちに止められていた。
「それは、魔獣なのですよ!」
「賢者の作ったお人形ですよ。ウルセブの作った物よりも質が良いですね。良い夢が見られそうです。」
「今は大人しくとも、ソレが身をよじっただけでも、その重さで押しつぶされてしまいましょう。」
「あら、朝からこうしてますけど、そんな事は無くてよ。動物と違って動かなくても鳴かなくても平気だなんて、ベットとして考えると素敵よね。」
うっとりと目を細める王妃様に、カプリオをベッドにするなんてもったいないと言いたかった。
「ですが、王妃…。」
「こうして、私が見てるから安心でしょう。お下がりなさい。それとも、このままそこに居て、わたくしの寝顔が見たいと言うのかしら?古の賢者が作った魔獣は触り心地が良くて、わたくし今にも寝てしまいそうなの。」
王妃様はわざとらしく欠伸をすると、間髪おかずに奥様方のひそひそとした声がアジナイ様にワザと聞こえるように囁かれた。
「あらやだ、不潔ね。」
「所詮、騎士と言っても男の子なのかしら。」
「団長様に告げ口しましょうかしら。王様の方がよろしいでしょうか。」
それは、アジナイ様が王妃様と道ならぬ恋をしたいと言ったかのように、悪意を持って解釈されて聞こえてくる。
『このままでは昼寝のはしたない寝顔を見せてしまう』という王妃様の言葉の意味が、いつの間にかアジナイ様が『寝顔を見たい』と言った、つまり閨を共にしたいと言ったと噂話にすり替えられていく。
本人たちの隣で。
「道具にすら遊ばれた騎士アジナイ様が、王妃様をもてあそぼうとなされるなんて。」
「横恋慕どころか、寝取りたいだなんて…。」
「こんな面白い…いえ、不埒な事。…口に羽が生えそうですわ。」
口元を隠して瞳を輝かせた奥様方のヒソヒソ声がだんだんと大きくなると、アジナイ様は顔を真っ赤にさせて帰って行った。自分の意見を主張すれば、奥様方の口から今と同じ言葉が広められるだろう脅しであることは明らかだ。
ガッツポーズをとる奥様方の活躍でカプリオが自由になって安心したけど、男としてはちょっぴり同情もした。
図書館には多くの人が集まって来ていた。だから、数日後に勇者一行が帰ってきたとの報告も、王妃様の居る図書館にも、いち早くもたらされた。
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次回:勇者の『凱旋』




