日常
--日常--
あらすじ:ジルもカプリオも居なくなって寂しい。
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「このまま寝てしまいたいわね。」
ボクは冒険に行く前の日常に戻った。いや、戻りたかった。
ジルもカプリオも居なくなって独り取り残されたボクは、ウチナ王女の質問に答えつつも空虚を感じていた。だって、ずっと一緒に居たのにいきなり二人とも居なくなったんだ。きっと彼らが一緒ならボクが王女様に語っている事について、後ろで『小さな内緒話』を使ってチャチャを入れていたハズだ。
(あの時のヒョーリの足って震えてたよね。)
(王女の前だから格好つけているのさ。)
(カッコつけすぎだよねぇ。)
そう、のんびりと王女様達が話を聞く色とりどりの美しい花の咲き誇る庭に、楽しそうに話す彼らの声が聞こえてくるようだった。でも、心細い時にいつも右手で握りしめているジルも、後ろで光を遮るカプリオもいない。
ボクの右手は所在なさげに空を彷徨い、背中に風を感じてピクリとする。
日も傾いて王女様の質問が落ち着いた頃、王妃様の侍女に連れられてジルは帰ってきた。
(つっかれた~。)
(王妃様と何を話してたの?)
安堵のため息を飲み込んで唇を尖らせる。ジルが疲れるなんて珍しい。だってジルには動かせる体が無いんだから。この場合は精神的に疲れたんだという事だ。王妃様の相手だからね。疲れても当たり前かもしれない。
(いや、相棒と同じで、オレから見た旅の話をさせられていただけさ。)
(王妃様も同じ話を聞いて飽きないのかな。)
ボクから話を聞いたばかりで、もう一度同じ話を聞きたがるなんて。同じ物語を続けて読んでも面白くないだろうに。
(ああ、アイツもヒョーリが嘘を吐いてるとか思っているワケじゃ無いさ。オレは侍女たちとスパイみたいなこともやっていた事もあるからな。魔王城の情勢なんて今まで手に入らない話だから根掘り葉掘り煩かったぜ。)
同じ話を何度も聞くのは疑う時の基本らしい。同じ話を繰り返し聞くことで話にほころびが出てくる事があるという。ボクはそんな事ぜんぜん気にしていなかったけど。
恐ろしい魔族が済んでいると噂される魔王城に人間が行くなんて事は無い。もし仮に魔王城へ行きたいと思っても、魔王の森にはばまれて到達するのも困難だろう。もちろん戻ることも、城の中で生活するなんて有りえないとさえ思われていたそうだ
だから、魔族の情勢どころか、魔族の生活すら今までは謎に包まれていた。ボクも魔族が恐ろしい存在だとしか知らなかったからね。魔族が魔獣とペアになって生きている事すら誰も知らなかったんだ。人間が乗る馬を変えるように、魔族も魔獣を変えていると思われても仕方ない。
(あいつらの整理が付いたら、また呼び出されると思うぜ。オレも相棒もさ。)
(え、ヤダな。)
王妃様、王女様、それにいかつい顔の騎士たちに囲まれて緊張しながら話していたんだ。何をどう話したかなんて覚えていない。恥ずかしい話は隠したけれど、どこかでボロが出てしまいそうだ。王妃様なら話のほころびを広げて女湯の話に辿り着くかもしれない。
(それに、カプリオの件もあるしな。)
(カプリオもあっさり騎士様に付いていったよね。どうしてだろう?)
(ああ、オレが頼んだんだ。すぐに脱走して良いからって。)
どうやら、ボクが緊張してつかえながら旅の話をしている間に、ジルは王妃様と取引をしていたそうだ。王妃様は白磁のティーカップをいじって考えるフリをしながらジルと密談をしていた。『小さな内緒話』で。
(脱走したら怒られるんじゃないの?)
騎士様にだって面子はあるだろう。カプリオが逃げ出したらボクの所に怒鳴り込んできそうな気がする。でも、怖いけど、そうなってもカプリオを守ってあげたい。
(騎士の連中はカプリオを欲しがっている。)
騎士様が魔道具の魔獣を馬の代わりに乗ることができたなら、動物と違って、恐れを知らず疲れを知らず、従順な脚となるだろう。話ができるだけでも扱いやすくなるんだ。
単純に戦力となる。
でも、魔道具の魔獣の数は少ない。というか、カプリオとウルセブ様のアラスカしか知らない。ウルセブ様はアラスカを騎士に渡さなかった。それに、もしもアラスカと同じ魔道具を作って騎士に譲ったとしても、足の速さも普通の馬には勝てない。
魔王の城の壁を走って登れるほどのカプリオを従える事ができれば、それだけで戦力になる。魔族との戦いで互角になるだけじゃ無くて、人間の城に攻め入る時に相手の防壁を飛び越えられるようになるんだ。カプリオを複製できれば圧倒的に強くなれる。
それに王妃様は気が付いていた。アジナイ様がカプリオを分解してでも複製を作りたいと思っている事を。いや、例え思っていなくてもいずれ誰かがそう思うようになると。
『私も止めないわ』
王妃様は最後にそう言っていた。止めないというのは、騎士様を止めないという意味ではなく、カプリオを止めないという意味なのだそうだ。『小さな内緒話』を通して、カプリオに逃げる許可を与えてくれていた。
(いつの間にそんな話になっていたの?教えてくれれば良かったのに。)
(あ、ああ。それな。悪いな。相棒はその時一生懸命話していただろ?足だって震えていたんだぜ。とてもオレの話まで付き合わせられないと思ってだな。)
(ホント?)
ジルの歯切れが悪い。
(いや、オレって、アイツに女の子だと思われているんだぜ。オレに女のような言葉遣いをさせて、言葉が乱れると怒るんだぜ。恥ずかしいじゃねぇか。)
意地悪をしたらジルはゆっくりと重い口を開いた。ジルは王妃様にフランソワーズなんて呼ばれている。侍女たちとスパイ活動をする時に便利だったからと彼女たちには女性だと偽っていると言っていた。
(女の子みたいな声をしているから、今さら気にしないよ。)
といってボクは膨れて見せた。女言葉を聞かせたくかったなんて恥ずかしがっているジルが可愛かったから。もっと意地悪したくなったんだ。ぶっきらぼうに言うジルも良いけど、お嬢様みたいな言葉遣いも聞いてみたいよね。
ジルを連れて来てくれた侍女の人は「明日からまた図書館で働くように、との王妃様のお達しです。」と告げて、ボク達が以前使っていた使用人の部屋を使う許可をくれた。
慣れた部屋に戻れるとも、仕事に戻れるとは思っていなかったので、とても嬉しかった。これで王女様や他の女の子達に囲まれる朗読係の話や、王女様について他の国に行くなんて事も無くなれば良いのに。
とりあえず、今は日常に戻れたことを感謝した。路地裏でお金に困っていた日常じゃない。魔王の森で怯えていた日常じゃない。魔王の城で魔族の顔色を窺っていた日常じゃない。のんびりと暮らせてた頃の日常だ。
平穏。
ただ、言われるままに資料を探し、言われるままに詩を読む。
日常が始まったハズだった。
次の日、カプリオは帰ってきた。
非日常と共に。
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次回:現実の非日常




