ティーカップ
--ティーカップ--
あらすじ:王女様も王妃様もヒマそうだった。
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コトリとも音が鳴らないようにソーサーの上に置かれた白磁のティーカップには、濃い青の模様が入っていた。色とりどりの庭にあって青と白のシンプルな色合いが際立って見えるけど、ボクの話が長かったせいか湯気は消えていた。
「それで、アンクス達を置いてきたのですね。」
紅茶が喉を潤すのに十分な沈黙を経て王妃様は静かに言った。
「ええ、イカダでは川を遡る事が言われたので…仕方なく。」
王妃様に挨拶をした後、今までの事をかいつまんで話したつもりだったけど、出発のパレードから話すように言われたのでだいぶ時間がかかった。
最初は王妃様に王女様、いかめしい顔をした騎士たちと沢山の人たちに囲まれて、つかえながら話していたけれど、今では少しだけ滑らかに舌が回るようになった。
パレードして街を出て、砦で魔獣の襲撃に遭い、魔王の森で空飛ぶ魔獣に攫われてカプリオの村へ行き、魔族に連行されて魔王の城まで行った。魔王の城では魔王にも会ったし、アンベワリィに助けられながら生活してたら、姫様にも会った。
よく、生きていたな…、ボク。
思い返せば色々な事があったけれど、情けない思い出ばかりで王妃様に言えなかった事も沢山ある。姫様と出会った女湯での事とか。出会った理由が言えなくて、姫様の事はまったく言えなくなってしまった。いきなり、魔王の娘と知り合いになったなんて誰も信じないよね。
王妃様に王女様、騎士の人だけじゃない。ボクが話している間に紅茶を淹れていた侍女の人や陰ながら護衛している侍女姿の人。思ったより女の人が多いんだな。
たくさんの人に囲まれて情けない話なんてできる訳ないじゃない。女の子も沢山いるのに。それでも話の都合上、言わなきゃならないことが有ったけれど。空飛ぶ魔獣に攫われた事とか。情けないけど、どうせアンクス達からも報告されていると思うんだ。
今も、イカダを降りてアンクス達のいる村へと道を引き返せば良かったのに、魔王を倒したお祝いの宴会に出たくないから逃げてきたと伝えられないから、ドキドキと王妃様を見ている。
「ふぅ。だいたい分かったわ。それで、その魔獣はそのまま着いてきたのね。」
ボクの情けない話は隠したけれど、その分、カプリオの活躍は大げさなくらいに話した。
カプリオの村でも助けてもらったし、魔王の城での逃走にも大活躍してくれたからね。カプリオにはこの街でもゆっくりと暮らしてもらいたい。魔獣の見た目をしているから怖いだけで、最初さえクリアできればカプリオならきっと皆に受け入れてもらえると思うんだよね。
「はい。でも、ウルセブ様のアラスカのように賢者様が作った魔獣型の魔道具でして、とっても人懐こくて頼りになります。」
「その魔道具をどうするの?」
「どう、とは?」
王妃様の尋ねる意味が本当に分からなくて思わず聞き返してしまった。ずっと一緒に居たからこれからもいっしょに居ると思っていたんだ。カプリオだってボクに着いて来るって言ってたんだし。
「ボクはヒョーリといっしょに居たいよ。」
短い前足を一生懸命上げるカプリオが喋った事に驚いて、その場にいたみんなの視線が一斉に集まった。
ボクには当たり前になっていたし魔王の城でも大して驚かれなかったけど、魔獣は喋らないし魔道具だって喋らない。ウルセブ様の魔道具の魔獣、アラスカが喋った所を見た事は無いけど、パレードで馬車を引いている姿は受け入れられていた。カプリオだってきっと大丈夫だ。
慌ててボクも付け加える。
「カプリオのおかげで助かりました。できれば彼といっしょに居たいです。」
「そうね、ヒョーリが居れば手綱を握れるでしょう。帰って良いわよ、アジナイ。」
王妃様がひらひらと、マントを留める立派なブローチを付けた騎士に手を振った。よくは解らないけど、騎士の中でも偉い人なんだろう。
「ですがウルセブ様の魔獣とは違い、この魔獣には意思があります。確実に安全とは言えないので、我々としてはその魔道具を預かりたいと考えます。」
「ヒョーリといっしょに居られないの?」
カプリオが悲しそうな声で首を傾ける。
カプリオは『ご主人様に愚者の剣を持つ人を見守るように言われた。』と言っていたけれど、今までずっと一緒に生活をしていて、言いつけとは関係なく傍にいてくれている気がする。
何より、ボクが離れたくない。
今までずっと一緒にいて楽しかったから。
「カプリオを危険だと思うのでしたら、ボク達が王宮の外に行きます。」
そうすれば、お城の中で被害が出る事は無い。元々、ボクなんかが王宮で働くのが大それたことなんだ。王宮を出ても冒険者ギルドでだって働かせてもらえる、と思う。前みたいに裏路地で代筆をしたって良いさ。
「王宮の中でも外でも同じだ。外に出て街に被害が出ても困るし、悪意がある者に騙されるとも限らんから、安全が確保できると確信するまで野放しにできん。我々が保護するのが妥当なのだ。」
覚悟を決めて言ったつもりだったけどアジナイ様に睨みつけられてボクは小さくなる。王都の街で暮らす事はおろか、王都の外に連れ出すのも禁止されてしまった。そんなに危なくないのに。
「でも…」
ボクの言葉を遮るように、カチャリとカップとソーサーが当たる音が高く鳴った。
かすかに湯気の上がる紅茶の香りを楽しんで、王妃様はゆっくりと青い模様のティーカップに口をつけコクリと喉を鳴らした。ボク達が話している長い間に冷めてしまっていただろうに、いつの間に取り換えられたのだろうか。
「カプリオを貴賓として待遇するのなら、しばらく様子を見ても構わないわ。人格に問題がないなら返してくれるわよね。」
王妃様はニッコリとほほ笑むと、アジナイ様の顔は曇った。
「魔道具ごときを貴賓として遇するのですか?」
「では、どうするおつもり?」
「我々の保有する魔法使いに、見てもらうのが適当でしょう。魔族を振り切り自立して動くほどの力、どのように動きどの程度の力が出るのか調べなければなりません。」
「そう。なら、私も止めないわ。では、カプリオ。そう言う事だから、しばらく付き合ってあげて。」
「ヒョーリ。ちょっとだけ行ってくる。」
なぜかカプリオもやる気になっていて、鼻息を鳴らして騎士といっしょに庭を出て行った。
「ふぅ。面倒くさいわね、男って。大義名分ばかりじゃない。本音を出しなさいってね。ヒョーリ、フランソワーズちゃんを借りてくわよ。」
王妃様は機嫌悪そうに言うと、ジルを侍女に持たせて立ち上がる。いつの間にかティーカップは片付けられていて、フランソワーズと言うのが、ジルが王宮で使っていた偽名だって気づくのに時間がかかったボクは何もできなかったし、棒の体のジルは手も足も出ない。
(悪い。ちょっと行ってくる。)
ジルの声が最後に聞こえてバタバタとたくさんの人たちが居なくなって、所せましと花が咲いている庭が急に広くなった気がした。小鳥のさえずりが再開される。
「やっと私が話を聞ける番になったわね。ねぇねぇ、さっきの話なんだけど…」
目を輝かせるウチナ王女にカナンナさんもいるけれど、今までずっと一緒だったジルとカプリオが居なくなって取り残された気分になった。
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次回:幻の『日常』




