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木こり

--木こり--


あらすじ:魔王の森が広がっていた。

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魔王の森の切れ目、大きな川が流れている方へと空飛ぶ青い馬車は()かれ、広かった森の終わりを呆気なく抜けると、魔法のロープを引くウルセブ様の魔道具の魔獣アラスカとアンクス達が並んで歩くのが見えた。


魔王の森を抜けて見通しが良くなったからか、アンクス達も警戒を緩めて軽口を叩き合い、足取りも軽くなっているようだ。緩やかに流れる川は魔王の森から流れ出ていて王都の方へと向かっている。その水が畑に引かれる事になるから村や町があるんだろう。


「倒れるぞ~!」


どっすーん。


人の怒鳴り声が聞こえるとめきめきと音を立てて魔王の森の大きな木が倒れた。


数人の兵士が見守る中、倒れた木に手早く人が取り付くとみる見る間に枝葉が取り除かれて1本の丸太になる。その先には何本かまとめて数頭の馬で牽いて川の方へ歩んでいく姿が見える。


(やっと、魔王の森を抜けたな。)


ジルがしみじみと呟く。


(長かったね…。)


空の上にいたとはいえ魔王の森を通る間ずっと警戒をしなきゃならなかった。夜には森で寝ていたしね。


(人が居るって事は、近くに村でもあるのか。)


(この辺りには村は無かったと思うよ。)


森に埋もれたタガグナル砦の位置から考えると、この辺りには村は無かったはずだ。でも、知らない人の声だとしても生活している人間の声だと思うとちょっと安心する。魔王の森の木の葉のざわめきや、小鳥の羽ばたきにいちいち怯えなくて済む。


「勇者様!ご無事でしたか!!」


警戒を緩めて歩くアンクスを見つけた兵士が駆け寄ってくると、何事か喋っている。身振りからすると挨拶をしているんだろう。とても嬉しそうにしている。空からじゃ遠くて見えにくいけど、兵士の顔には見覚えが無いから砦に居た兵士じゃないと思う。砦の兵士の顔なんて少ししか覚えていないけど。


(やっぱり、近くに村があるみてぇだな。)


空の上からだと声が小さくて聞こえないけど、ジルが『小さな内緒話』で聞き耳を立てていた。もう少し先の川の方で新しい砦を作っているんだそうだ。ここで倒された木は砦の材料に使われたり、王都へ送られて木材や薪としになるらしい。


しばらくして挨拶に来た兵士に別れを告げたのか、青い馬車は丸太を牽いた馬の後ろを進んでいく。魔王の森から流れる川から少し離れた場所に丸太の壁に囲まれた小屋と畑が見えてきた。その後ろで新しい砦を作っているのか、切り出された石の山と作りかけの土台が見えて、あくせくと働く人たちが見えた。


丸太の壁の前まで近づいてやっと青い馬車が空から降ろされた。地面に足をついてホッとする。空の上は眺めが良いけど、やっぱり足元に地面があると安心するね。青い馬車から落ちるんじゃないかとヒヤヒヤすることが無くなるんだから。


到着してガチガチに固まった背筋を伸ばすと、ボキボキと骨が鳴る。勇者様ご一行は丁寧に迎えられていてボクもその恩恵があって、兵士の一人に連れられて部屋に案内された。今日はここに泊まるらしい。


勇者一行を迎える人たちも嬉しそうにしていた。


「おめでとうございます!」


「これで、この辺りも平和になります!!」


それぞれに魔王を倒した勇者を称える言葉を口にする。


嬉しそうな声に案内されて小さな小屋が立ち並ぶ一角の部屋に入るとボクはベッドに倒れ込む。


魔王の森の中ではいくらカプリオがいても安心しきる事はできなかったし、体を伸ばして眠ることもできなかった。カプリオのモコモコの毛は柔らかくて気持ち良かったけど、丸くなって寝ていたんだ。


久しぶりにベッドで寝むれる事がものすごく嬉しくて、硬いベッドに頬をあてるとひんやりと冷たい。


(まだ日は高いぜ。)


ジルの呆れ声なんて気にしない。魔王の森を緊張して抜けてきて、やっと落ち着ける場所に来たんだ。やっと警戒しないで眠れる場所に来たんだ。


「勇者様が魔王を倒したんだってよ!」


「ホントか!?無駄なモン作ってんじゃねぇかと思っていたが、」


日差しを避ける影になった部屋に、眩しい光といっしょに窓の外からはしゃぐ声が差し込んでくる。


「今夜は宴会だろ!」


「飲み放題だぜ!」


勇者の力を増やすために泊まる先々で宴会をするけど、今回はアンクスが魔王を倒したんだからいつもより盛大になるらしい。魔王の森に飲み込まれた砦の代わりを作っていた人たちは、このまま森に近い場所に砦を建てても、また森に飲み込まれるんじゃないかと心配していたみたいだ。


魔王が倒されたから、魔王の森が広がらないと思っている。ホントか嘘かも分からないのに。


ボクは堪らず耳を塞いで目を瞑る。


ざわざわと雑音が聞こえてくる。


(相棒…。)


はしゃぐ声が遠くに行って、ジルの声に仰向けになってまぶたを開ければ差し込む光はまだ残っていて、痛い。


翳る部屋に居ると気が滅入ってしまいそうになったから、のろのろと部屋を出る。青い馬車から落ちないようにずっと座ったままだったから体を動かしたかった。体を動かしていれば嫌な気分も抜けていくと信じて。


扉を開けて通りを歩けば、さっきの人たちと同じような声が聞こえる。


勇者を称える声が聞こえる。


魔王を倒した宴と聞いて憂鬱な気分になる。


本当に魔王を倒して良かったんだろうか。


姫様まで巻き込んで。


塞ぎこむ気持ちを抱えて俯いて歩くと、活気ある声が聞こえてくる。川の流れる豊かな土壌を切り拓き、働く人たちの足に踏み倒された草の間から新しい芽が生えてきている。


丸太が牽かれて踏み固められてできたばかりの道を辿っていくと、村の端で水しぶきを上げて光る川にでた。


魔王の森で切られた木を集めてイカダにして、王都まで運ぶらしい。太陽の光を浴びてきらきらと流れる川一面にロープで括られた丸太が浮かんでいて職人が器用にイカダを作っている。小さな鎌のようなものをつけた長い木の棒で丸太を引き寄せて、ロープで繋いでいく。


川辺に腰を下ろしてぼんやりと眺めていると、ゆらゆらと揺れる川面に自分の姿が映って見えた。


ボクはどんな顔をしているのだろうか。泣きそうな顔になっていないだろうか。少なくともここには、魔王の死を悼む人は誰もいない。


喜ぶ人の中で、ボクだけが悲しい顔をしていないだろうか。宴会になんて出れるんだろうか。


水面に映るボクの顔はゆらゆらと揺れて良く見えない。


もっと良く見えるようにと水面へと顔を近づけるけど、流れる川にボクの顔はやっぱり見えない。


「ねぇ~!ヒョーリィどこ~?荷物を下ろしてってばよぉ~!」


アンクス達と回収した食料を入れた2つのリュックは青い馬車に移し替えていたけれど、アンベワリィにもらったカバンは、アンクス達に万が一何かあった時のためにとカプリオに背負わせたままだった。


もう森も抜けたし今夜の宴会には必要ないから、下ろしてあげようと思って立ち上がる。


「おい!人が居るんだ!もっとそっちに寄せろ!」


「こっちはいっぱいだ!戻せ!」


活気のある職人たちの声が忙しく忙しなく声を掛け合う。新しく丸太を牽いた馬が到着したんだろう。邪魔にならないようにカプリオを部屋の方へ連れていって早く荷物を下ろしてあげなきゃ。


魔王の森の荷物を。


「あぶない!」


カプリオを探そうと立ち上がる背中に何か硬い物が勢いよくぶつかると、じゃっぱーんと水に落ちる音がする。水しぶきを撒き散らしながら体に冷たい水がまとわりついて沈んでいくのを感じると空気の泡が明るい空へと上がっていく。


ボクは川の中へと落ちていった。



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次回:オジサンと丸太の『イカダ』



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