苔生す砦
--苔生す砦--
あらすじ:魔王の森に埋もれた砦を発見した。
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タガグナル砦に木々が勢いよく茂り、魔王の森に呑まれている。
(いったい何が有ったんだ?)
ジルも驚いた声を漏らす。
(砦が森に埋まってるね。)
砦には魔獣が飛びあがっても届かないくらい高い石の壁が作られていたけど、それに届きそうなほど木は高く育っている。近づくにつれて、その異様な様がはっきりとしていく。砦の側まで行くと青い馬車は空中でゆっくりと止まった。
戦いの音は聞こえないから、きっとアンクス達も休憩を取るのだろう。今までも何度か立ち止まる事はあった。空の上を牽かれる馬車に乗っているボクと違ってアンクス達は歩いているからね。砦は良い目印になるし、硬い壁を背に休めれば背後から襲われる心配もない。
アンクス達は座って休憩するだろうけど、馬車を下ろすのは面倒なのでボクはそのまま空の上のままだろう。
空から見える石でできた砦の壁には苔が生し始めていたけれど、そこから覗く肌には風化の跡が見られない。廃墟になって人が居なくなったカプリオの村のような寂しさは無くて、人が生活していた感触が残っているんだ。何となくだけど。
ところどころに見覚えのある場所がある。兵士が訓練して居た所や、歓待を受けた食堂の窓辺。ウルセブ様が魔法を放っていた場所に、モンドラ様が魔獣を倒していた場所。ライダル様に『使えねぇ』と言われながら石を落としていた場所。
アンクスが黙々と耕していた畑は木に埋もれて見えなかったけど、間違いじゃ無いんだと思う。その砦はかつてボクが立ち寄って、夜中に魔獣に襲われたタガグナルの砦だって。
何年もかけて大きくなるはずの木が、ボクが魔王の城にいる間の短い期間で木が大きく成長している。それも1本だけじゃ無くて、森と呼べるほど見渡す限りだ。
王都の近くのボクが行く森では、木々の成長をゆっくりと観察することができた。春に枯葉の隙間から出てきた新芽が夏に緑を茂らせて、秋にやっと膝の真ん中くらいに成長する。野草が生える場所を守るために抜いた新芽の取りこぼしが、秋に大きくなって見つかってびっくりするんだ。
馬車から降りて見て周りたいけど、きっと下ろして欲しいという笛を吹いてもボクは下ろしてもらえない。質問をするためだけに魔道具のロープを出し入れする魔力がもったいないし、馬車を下ろせば馬車を守ることも考えなきゃならない。何より馬車の下りられる場所も無いんだ。
(魔王のせいだってぇ。)
ボクが呆然と砦の様子を見ているとカプリオの声が聞こえた。『小さな内緒話』を通してジルの呟きを聞いたカプリオがウルセブ様に尋ねていた。
ウルセブ様の考えによると、あの時の魔獣の襲撃、あるいはその前後に襲ってきた魔獣が森の種を蒔いたんだそうだ。魔獣の毛に絡めて魔王の力の籠った種を運ばせたのではないかと。
魔獣が死んでぐずぐずと土に消えても森の種は消えなかった。いや、それどころか種はより早く地面に根付いて育ったに違いないと。アンクス様の耕した豊かなな畑の力を吸って。
魔獣の毛に絡まって種が運ばれるのは良くあることだそうだ。それは普通の動物でも起こりうる。だけど、魔獣が運んだからってこれだけ成長が早くなる事は無い。
だから魔王が関わっているに違いないんだそうだ。
(魔王のせいだなんて…。)
信じられない。ボクが知っている魔王がそんな事をするとは思えない。けど、実際に魔王の森に呑まれた砦の様子を目の当たりにすると他の原因も思いつかない。
魔王と会ったのは数回だけど、魔王の分身ともいえる黒い魔獣、カガラシィはずっとおとなしく姫様の横で穏やかな目をしていたんだ。混乱する。
(魔獣を操って木を育てさせたのか?)
(でも、自分の魔獣以外は操れないって言っていたよ。)
(魔王の力なら何とかなるんじゃねぇか。ほら、魔王の力って強すぎる共感する力だって言ってたじゃねぇか。)
魔族は対になる魔獣と共感して連携を取れるのだそうだ。その力が強い魔王は魔族同士でも共感して、ジルの『小さな内緒話』の様に情報を伝えあっていたみたいだ。そしてその力を使って襲ってきた刺客に対して幻覚を見せていたりした。
(でも、もし仮に魔王が広げているとしたって、魔王は森を広げてどうするんだろう?)
魔王が森を広げているかも知れない事が信じられなくて、否定する理由を探して視線がさまよう。
(さぁ、森が広がれば魔獣が増えるんじゃねぇか?)
魔獣が増えれば、武器の材料が増える。魔族の持つ武器は魔獣の骨を加工して作った物だったし、ボクの鍋も同じだ。生活に使える雑貨にも使えるなら、魔獣が多く育てば無限に取れる鉱山と同じだけの価値があるんじゃないかとジルは推測した。
(じゃあ、姫様が嘘を吐いていたって言うの?)
たしかにボクは姫様に聞いたはずだ。『お父様には、魔獣を操る力は無いわ。もちろん森もね。』そう言っていたんだ。
(姫様が言ったんだし本当かも知れない。でも、どちらにしろ、これだけ育つのは人間にとって脅威だぜ。)
アンクス達がいきなり魔王を倒しに来たのはこの森の急速な広がりが原因だったんじゃないだろうか。今まで砦で守っていた場所がいきなり魔王の森に呑まれたんだ。人間の住む場所が減っていると王様が報告を受ければ、アンクス達を討伐に向かわせてもおかしくは無い。
少なくとも昔、勇者グルコマ様が魔王を討伐した時には森が広がるのが止まったんだから、今回の魔王の森の急速な広がりを止められると考えるだろう。
そして、ちょうどいいタイミングで勇者の剣が手に入った。グルコマ様が魔王を倒した剣が。
ジルが自分の推測をカプリオに伝える。ウルセブ様から話を聞いたカプリオから想像が間違っていないと返事が来た。
魔王の森が急速に広がったから、王様から早急に魔王討伐せよとの依頼が来たと。
魔王の森を王様の軍勢を率いて超えるのは難しい。魔獣が闊歩する森を徒歩で超えるのが大変だし、何より、軍勢を食べさせる食料を確保するのが難しいのだそうだ。空飛ぶ青い馬車は高価でウルセブ様にしか作れなくて、数台しかなく、魔力をたくさん使う。
食料を持って行く道を森に切り開いている間に森が増えてしまう。急いで魔王を倒すために勇者が選ばれた。かつて魔王を倒したグルコマ様と同じ勇者を。
でも、いくらなんでも、たった4人で魔族の街を滅ぼせるとは思っていなかったから、魔王だけに焦点を絞って忍び込んだ。
魔王を倒すことに成功すれば、偶然見つけた、次の魔王を生む可能性の高い姫様を見逃すわけにはいかなかった。何度も魔王城へ侵入できるとは限らないし、何度も魔王の森を往復したくはない。
新しい魔王が産まれて森が広がれば、また自分たちが魔王を倒しに行く事になってしまう。
カプリオがボク達に教えてくれる間に休憩を終えたのか、馬車がゆっくりと動き出した。少しずつ離れていく砦から目を離して先を見ると、魔王の森の終わりが見えた。あと一息歩けば魔王の森が終わる。けど、あと一息歩く分だけの魔王の森が人間の世界を侵食していたんだ。
魔王の森は広がっている。それだけは事実だ。
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次回:大きな川と『木こり』




