鳥笛
--鳥笛--
あらすじ:魔王の腕輪で魔獣を追い払えなかった。
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2つの食料の入ったリュックを無事にカプリオに乗せて、さらに魔族の追手から逃げるようにジグサグに魔王の森を進んでいる。その間にも野営をしてカプリオにくっついて寝た。夜中に魔獣が襲ってきても、カプリオとジルが気付いてくれて無事に逃げる事ができた。
カプリオの体にロープで括り付けて寝るのは少し辛かったし、起きたら森の中を走っていてびっくりしたけど。魔王の腕輪も使って事なきを得た。
ああ、姫様にもらった白い腕輪だけど魔王の腕輪と呼ぶことにした。魔王と姫様の魔力が籠っていると言っていたし、黒い魔晶石の方が少し大きい。何より、姫様の腕輪と呼ぶのは少し恥ずかしかったから。
ここまでの道程は順調で食料も回収できたし魔族にも会わなかった。魔獣が現れればライダル様達が対処してくれるし、例えこの間のようにライダル様の隙を見て通り過ぎてきたとしてもウルセブ様の魔法で片が付いた。騎士の真似事をしなければ、ウルセブ様は強くて魔獣に氷の槍をバンバン飛ばしてくれる。
魔王の城に行く前のボクなら、ただ素直にスゴイって目を輝かせていただろうけど、魔獣でも死ぬのを見たくなくなったボクは複雑な気分になっていた。
(ねぇ、魔王の腕輪を使えば戦わなくて済むんじゃないかな。)
そうすればアンクス達も危険な思いをしなくても済むし、ボクも魔獣の死骸を見なくて済む。一日中歩いて疲れてジルに相談した。
(済まねぇんじゃねーか?)
あっさりとジルは答えた。
(どうして?)
(アンクスは魔獣の被害が多い村に生まれたって聞くぜ。)
アンクスの生まれた村も魔王の森のすぐ近くで、グリコマ様の村のように壊滅したわけでは無いみたいだけど、度々魔獣の被害に遭っていたらしい。畑を荒らしていた魔獣を、持っていたクワを使って『耕す一振り』で薙ぎ払って、それが噂になって勇者の称号を得るまでになった
勇者の称号は彼を更に強くして魔獣を殺した。
アンクスは魔獣を憎んでいるそうだ。特に畑を荒らす魔獣を。
カプリオの村に行く時に通って魔獣に襲われたタガグナル砦の時もそうだったけど、魔獣は時々魔王の森から出てきて人間の村を荒らしている。人間の畑を荒らしている。砦の時も畑が魔獣に荒らされているのを見て、アンクスはライダル様の静止を振り切って魔獣の群れに突撃したんだ。
そして、戦って殺して勝って、踏み荒らされた畑を再び耕した。
ただ、黙々と。
(アイツからすれば魔獣は害虫と同じく難い存在なのさ。)
見つけたら殺しておきたい。今は可哀そうだと逃がしても、いつかまた襲ってくるかもしれないし、仔を生んで増えるかもしれないからね。魔獣が増えればそれだけ被害も大きくなる。ただ黙々と畑の手入れで作物についた害虫を潰すように魔獣を駆除する。
(でも、魔族とはあまり戦ってないよね。)
現に今も魔族の追手から逃げている。魔王を倒したんだから、魔族と戦っても勝てるんじゃないんだろうか。
(人間と同じ形をした敵と戦いたくないんじゃねぇか?人間同士の戦争だってしばらく起きていないんだし。気分が悪いとか。)
魔獣は殺しても良いけれど、魔族は殺せない。魔王は殺したけれど、魔族からは逃げる。なんだかちぐはぐな気がする。魔獣と同じように魔王が森を広めているからなのだろうか。
以前のボクも同じだったかもしれない。姫様の隣でくつろぐ黒と白の魔獣を知っていなければ。彼らが意志を持って動いている事を知らなければ魔獣を殺しても何も感じなかったのかもしれない。
(魔獣だったら殺しても良いのかな。)
(良いんじゃねぇか。オレだっていつヒョーリが襲われる事を考えるんだった魔獣なんて居ない方が嬉しいしさ。)
ボクが襲われて動けなくなったら、そのままジルも動けないことになってしまう。森の中で独り取り残されてしまう。
(その時はウルセブ様に声をかければ連れて行ってくれるよ。)
(それで、アイツに嘗め回されるように撫でつけられるのか?嫌だよ、ゾッとする。)
確かにウルセブ様がジルの事を知ったら、ジルの事を撫でまわして調べそうだ。嫌がって逃げ回るカプリオと違って動けないし、ただの棒との違いなんて全くない喋る棒だから、余計にウルセブ様の好奇心を刺激するだろう。
自分で言ったことだけど簡単に想像できてしまって、げんなりとしたから話題を戻すことにした。
(魔王の腕輪があるんだよ。ボクが襲われても魔獣が逃げてくれるよ。)
1日に何度使えるか解らないけど、魔獣と出会うたびに魔王の腕輪で威嚇していけば、殺さなくて済む。わざわざ殺し合わなくても、互いに逃げ出せればそれでいい。
(相棒が必ずしも魔王の腕輪を使えるとも限らないんだぜ。ほら!足元!!)
足元がガサリと音が鳴った気がしてギョッとする。
でも、足元の倒木の下を覗き込んでも何もいない。
でも、ジルの言いたいことは分った。深い森は隠れる場所も多いから、隠れていた魔獣が飛び出してくるかもしれない。色の変わるマントの素材になった魔獣のように、姿を隠すのが得意な魔獣が隠れていて、突然飛び出して来たら魔王の腕輪に魔力を通す暇もなくボクは噛み殺されてしまう。
ずっと腕輪を使い続けているだけの魔力があれば問題なかったんだろうけどね。
(脅かさないでよ。)
(悪りぃな。でも、オレの場合と同じで魔王の腕輪なんてウルセブに知られてみろ。『研究のためー!』って言って取り上げられるぞ。)
この間、腕輪を使った時はウルセブ様に見られていなかったみたいだ。たぶん、雷鳴の剣を片付けて自分の杖を出すために周りを見ていなかったんだろう。距離も離れていたし魔獣に向けて魔法を撃つこととしか考えていなかったみたいだし。
ジルも魔王の腕輪もウルセブ様に知られたら、カプリオのお尻を触っている時のようにしつこく、しつこく付きまとわれて自分の思うままに調べ尽くさなきゃ気が済まなかったんじゃないかな。
それが無かったって事は気が付かなかったんだと思う。腕輪から出た黒いモヤにはとても強い威圧感があったんだけど。
(取り上げられるのは困るよね。)
取り上げられちゃったら魔王の腕輪で身を守る事はできなくなる。ウルセブ様が守ってくれるかもしれないけど、それだって足元から魔獣が出てくれば、ウルセブ様の魔法が間に合わないかもしれない。
魔王の森を歩いているのに腕輪しか見えなくなりそうだし、騎士の真似事をした時のように、いや、今度は魔王の腕輪の実験だとか言ってボクの身を守る事より魔王の腕輪の力を見る事だけに夢中になりそうだ。
どうにか出来ないものかとモヤモヤした気分になっていると、アンクスの方から笛の音が聞こえた。
ぴょ~ぴ!
鳥の声を模したそれは、次の目的地に到着した合図だ。
カプリオの居た村に着いたんだ。
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次回:チロルにあふれた『カプリオの村』




