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腕輪

--腕輪--


あらすじ:魔獣に襲われ中。

------------------------------



ウルセブ様の攻撃をすり抜けて走る魔獣がボクに向かってくる。


大木と同じ色に変化したカナンナさんのくれたマントで身を包んで隠れているボクに。


魔獣はまだボクに気付いていないみたいだけど、このままだと鋭い爪に踏みつけられてしまうから、戦うにしろ逃げるにしろボクは動かなきゃならない。


どうしていいのか判らなくて、とりあえず腰に下げた愚者の剣に手をかけた時、モンドラ様の言葉を思い出してしまった。


『そいつはアンクスに剣を向けたんだぞ。戦いを止めに入っただけなら剣を抜かなければ良かった。剣を抜いて、あまつさえアンクスと剣を交えたんだから人間の敵じゃ無くてもボク達の敵だ。』


魔獣に向けて剣を抜くだけだけど、それはボクと魔獣と敵対することを意味していた。魔獣と戦う事なんて考えずに逃げれば良いだけじゃないのかな。


ボクなんかが戦っても、どうせ勝ち目なんて無いんだし…。


(おい!ヒョーリ!!)


ジルの叱責が飛ぶ。


途惑ったのはほんの一瞬だったけど、その一瞬で魔獣はボクの目の前まで来ていた。剣に手をかけてマントがはだけたボクの事に驚きつつも、魔獣はボクを見据えて飛び跳ねる。


鋭い牙を剥きだしにして、鋭い爪でボクを押し倒そうとする。


きっと倒されたらボクの喉元に食いついて千切られるんだ。


鋭い爪がボクの胸元に迫った時、ボクは革の鎧に魔力を注いだ。後から思い起こせば良くそんな判断ができたと感心するけれど、王妃様にもらった試作品の鎧にはあまり思い出したくない魔獣の皮が使われていて、魔力を通すとぬるりと滑りやすくなる。


魔獣はボクの胸元に爪を立てられずに、つるりと滑って地面を転がった。ボクも爪で引き裂かれる事は無かったけど、衝撃を殺しきれずに気に叩きつけられる。


(おい、大丈夫か?)


(…何とか。)


濃い緑色の鎧に触れるとヌメっとしているけど穴は開いてない。


(ヒヤヒヤさせんじゃねぇーぜ!)


(ごめん。)


木を支えにしているから何とか倒れずに済んだけど、魔獣はまだ生きている。魔獣は苔の生えた土の上をゴロゴロと転がって倒木に爪を立ててすぐに態勢を整える。


愚者の剣は抜けない。


魔獣に殺されたくは無いけれど、魔獣に勝てる気もしない。ちらりと、ウルセブ様を見ると、雷鳴の剣を掲げている。魔獣は地面を転がってボクから離れているから、今の内に雷を落としてやっつけてくれればボクは助かる。


「早く!早く!ヒョーリが!!」


「ああ、これじゃダメだ。」


カプリオが急かすけど、背中に乗ったウルセブ様は困った顔をして雷鳴の剣を鞘に納めた。


「どうして雷を落とさないのさ!」


「とはいっても、雷を空から落としたら魔族に居場所がバレてしまうじゃろ。」


確かに雷鳴の剣で空から、魔王の森の木々の上からまっすぐに雷を落としたら、遠くからでも知ることができてしまうだろう。今まで追いつかれていないから、どれほど離れているのかもわからないけど、もしも近くにいたら空を切り裂く轟音のする雷鳴の剣が新たな脅威を引き寄せてしまう。


でも、今はボクの命が危ない。そんな事を言っている暇なんて無いのに。ボクは自分が愚者の剣を抜けなかった事を棚に上げる。


(頼りにならねぇな。どこか隠れる場所はねぇか!?)


ウルセブ様が頼りにならないなら逃げなきゃならない。右を見ると木が生えている、左を見ても木が生えている。どこへ逃げれば良いんだ。見通しの悪い深い森は足元が悪い。不慣れなボクじゃ無くてもすぐに魔獣に追いつかれてしまう。


隠れる場所なんてどこにもない。大木はまばらに生えていて、魔獣も易々と入り込んでくる。倒木は朽ちていて、魔獣の足で易々と崩されてしまう。


大きく育った木も登っている間に起き上がった魔獣に追いつかれてしまう。背中を守るマントには鎧のようにはなっていないから、魔獣の爪も易々とボクの背中を突き破るだろう。


いや、今度こそ愚者の剣を抜いて魔獣と戦わなければ。魔獣を倒さなければ。殺さなければ。


魔獣を殺す?


何のために?


ボクが生き残るために?


魔族だって魔獣を従えていた。それは生まれながらのパートナーだからだけど、もしかしたら目の前の魔獣にもパートナーの魔族が居るかもしれない。目の前に居ないだけで。魔王の黒い魔獣や姫様の白い魔獣のように、魔族を失った魔獣かも知れない。


ボクは再び、剣を抜く事ができなくなってしまった。


(おい、ヒョーリ!来るぞ!)


魔獣は魔王の森を走り出していた。ボクの鎧からのぞいている柔らかい喉元にギラギラ光る目が固定されている。


魔獣を殺しても肉が食べれる訳でもない。魔獣を殺しても毛皮が使える訳でもない。ボクが殺されないためだけ、ただそれだけのためだけに、魔獣を殺すんだ。殺さなくても魔獣が逃げてくれればいいんだ。ボクが生き残るためだけならば。


(何してんだ!?)


魔獣が迫る中、ボクは愚者の剣の柄から手を離して左手の腕輪を撫でて魔力を送った。


姫様にもらった白い腕輪だ。黒い魔晶石と白い魔晶石が付いている。それは姫様が連れていた黒い魔獣と白い魔獣のように寄り添っている。


ボクが人間の街に帰る時に魔王の森で魔獣に襲われないようにと姫様がくれたモノだ。魔力を通すと魔物が襲ってこないといっていた。でも、いっしょにもらった魔道具の白い鍋でも魔力をたくさん使うから使いこなせなかったんだ。


普段から魔力を通していると、すぐに魔力切れになってしまうから腕輪も使えないと思っていた。


白い腕輪から流れ出てきた黒いモヤがボクを包み込むと、目の前の魔獣の足が止まった。黒いモヤには魔王の気配が含まれていて魔獣を威嚇しているように感じる。ボクが魔王の前に立った時に感じた恐怖を外に向けてばらまいている。


でも、今度は魔王の威嚇は外に向けられているからか、モヤの中にいるボクは安心することができた。小さい頃ボクを獣から庇った父さんの背中を見るように安心できた。いっしょに出てきた小さな白い魔力の玉がボクの周りをぐるぐると周る。ボクを守るように。ボクを気遣うように。母さんのように。


魔獣は怯えてボクから目をそむけて、いや黒いモヤから目をそむけてウロウロし始めた。魔獣がそのまま逃げてくれれば良いんだ。ボクも殺さないで済むし、死ななくて済む。


そのまま逃げて…。


「そりゃ!」


足の止まった魔獣の横腹に氷の槍が突き刺さる。血を流して倒れる魔獣から目を離して声の方を向くと、カプリオに乗ったウルセブ様が雷鳴の剣を持ち替えて普段から使っている魔道具の杖を構えていた。


ひゃん!


魔獣の方を向いた耳に魔獣の断末魔の悲鳴が聞こえてきた。


他の命を奪った時と変わらない、魔獣の命の消える最後の小さな悲鳴が聞こえた。


魔獣の体はどさりと地に落ちた。


魔王の腕輪はやっぱり長い時間維持するのは難しそうだ。ボクの魔力自体は尽きてはいないけど、一度に多くの魔力を吸われるから腕輪を動かし続ける事ができないんだ。


黒い魔力はすぐに霧散して消えて行った。


小さな白い魔力もふわふわと回る力が弱くなって、弱々しくボクの手の平に乗るとふわりと消えた。



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次回:到着の『鳥笛』


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