悲鳴
--悲鳴--
あらすじ:魔王が負けた。
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横一文字に振り払われ『破邪の一閃』と叫ばれた衝撃波は、轟音と共に空へと消えて行った。幾本もの刃から生まれた衝撃波が入り乱れた『破邪の千刃』とは違って訓練場を吹き乱さずに。
空に消えた衝撃波といっしょに轟という爆音もすぐに消える。魔王の割かたれた体を残して。
ずぅぅぅん。
静かになった訓練場に魔王の上半身が下半身から崩れ落ちて、魔王の目が金色に光った時に昏くなった空が晴れて、雲一つない青空が広がっていく。
「お父様!!」
姫様の悲鳴が木霊して、ボクの胸元から姫様が飛び出していった。
「あ!」
慌てて止めようとするけど、間一髪手が届かない。
するりとボクの手を抜けて駆けていく姫様。
駆けていく姫様の向こうには上半身の無い骸がゆっくりと膝をつく姿が太陽に晒されて、輪郭をくっきりと現わすほどに血の匂いが満ちていく。
死の匂い。
どぉぉぉん。
崩れ落ちた躯が土ぼこりを上げる中、姫様は魔王の大きな顔の長い髭の間に、頬から滲む血も気にしないで縋りつく。
その姫様にアンクス様は剣を向けた。
「悪いが、オマエにも死んでもらう。」
魔石を入れ替えられた勇者の剣には血の跡が無く、晴れ渡った空に輝く太陽を反射させて輝いている。魔王を倒したのは衝撃波だったからだ。
「どうして!?」
ボクは姫様を追って、アンクス様との間に滑り込んだ。手を広げて問いただす。
父親が死んで泣き伏す姫様を勇者の剣から守るために。
「どうしてって、魔王の子供だからだ。何か不思議な事があるか?」
アンクス様は事も無げに、いや、本当にボクの疑問が解らないかのように聞いてきた。
「さっぱり解らないよ!!姫様が何をしたって言うんだ!?」
魔王が森を広げていると言う言い分も怪しいのに、姫様を殺す理由なんてもっと解らない。もし仮に魔王が森を広げていたとしても姫様は関係ない。未熟な子供として苦労して、それでも健気に生きて来た姫様に剣を向けるなんて考えられない。
「魔王の子供なら、魔王と同じ『ギフト』を持つんだろう?」
人間の子供は親と同じ『ギフト』を持つことが多い。いや、ほとんどの子は親と同じ『ギフト』を持つことを望んで、そして同じ『ギフト』を貰う。ボクみたいに特殊な例もあるけど。
親の仕事を継ぐには『ギフト』の存在が不可欠だから。『ギフト』を使って仕事をしている人間と同じ『ギフト』を持っていないと、同じ仕事ができないから。逆に、同じ『ギフト』を持っていれば生活は安定するんだ。
「魔族は『ギフト』を持っていないんだ。」
人間とは違って魔族は神様から『ギフト』を貰わないとアンベワリィは言った。それに、ボクが話す人間の『ギフト』の話をアンベワリィも姫様はとても興味深そうに聞いていたんだ。演技だとは思えない。
「魔族に騙されているんだろ?もし仮に、その女が『ギフト』を持っていなくても、魔王の力を持つ子を産むんだろ。」
「魔王の力は魔王が望んで得た物だって言っていた。」
自慢気に姫様は胸を張っていた。魔王の力、強く他人に感応する力は『ギフト』とは違うようだったけど、それが姫様に継がれるかなんて解る訳も無い。戦争で得た力らしいけど、どうやって魔王が力を得たのか本当の事は知らない。こんなことになるんならしっかりと聞いておけば良かった。
「うるさい!そいつの目は赤い。そこをどけ、オレ達には時間が無いんだ。」
アンクス様は乱暴に言い放つ。ボクの話を聞く気なんて無いんだ。
魔王とアンクス様が戦っている間、なぜか他の魔族は姿を現わさなかった。魔王の巨躯が自在に戦えるよう避難していたのかも知れない。でも、魔王が倒された今、いつ魔族が群になって現れるか解らない。遠い距離を旅してきたアンクス様には今を逃したら姫様を切る機会は無いだろう。
遠く城の中で、ガタガタと音が聞こえる。
今さえしのげば姫様は助けられる。誰かがきっと守ってくれる。
それに、姫様の瞳が赤いのはアルビノのせいだ。未熟な体のせいであって、他の暴れていた魔族達の目が赤かったのとは訳が違う。人間の物語に出てきて暴れた赤い目の魔族とは違うんだ。
ボクは愚者の剣を抜いた。
「姫様の目が赤いのは生まれつきだ!」
これでも、薪割りのかたわら、少しだけど剣を振る練習をしていたんだ。今抜かないでいつ抜くんだよ!
手が震える。
アンクスは無造作に剣を振る。
「知った事か!」
がきぃん。
軽く振るわれたように見えた勇者の剣だけど、今までたくさんの戦いを経験してきたアンクスの剣はボクが振るう剣なんかよりもよっぽど重い。何とか受け止めるけど精いっぱいだ。押し返そうと力を込めるけどビクともしない。
ボクが更に力を込めて勇者の剣を押し返そうともがくと、アンクスは押していた剣から力を抜いて、くるりと愚者の剣を絡めとった。ボクが力を込めていた剣はふらふらと空をさまよって手からするりと抜けて飛んでいく。
手から離れた愚者の剣がクルクルと回って地面に突き刺さる。剣といっしょに崩れたボクの体を押しのけて、アンクスは姫様に向かって再び剣を振り上げた。
勇者の剣から繰り出された衝撃波がボクの横を通り過ぎていく。
姫様の涙に濡れた赤い瞳がひときわ大きく開かれる。
風より早いソレは、ボクが手を伸ばすよりも先に姫様の体を襲う。
斬。
白い姫様の胸元が切り裂かれて赤い血しぶきが飛ぶ。
衝撃波の後を追うように走り寄って姫様の頭を抱くと、ボクはへなへなと腰が抜けた。
涙を溜めた姫様の赤い瞳がボクを見て苦しそうに細められる。
「ヒョー…リ…。」
姫様の手がボクに触れる。
声はかすれてヒューヒューと空気の抜ける音がする。
「姫様…。」
何を言えば良いか、解らない。後悔だろうか?懺悔だろうか?守れなかった姫様の助かりそうもない傷に頭が真っ白になる。ぐるぐる回る思考は単語を紡げず、鼻から入る血の匂いが自分の物と錯覚して頭がガンガンとする。
縋りつくように治癒の魔法をガンガンかける。魔族には効かないって聞いているのに。
姫様の後ろの魔王がぐずぐずと溶けて崩れていく。
魔物の肉も骨も使う事はできない。頭に乗った白い鍋のように死んですぐに処理をしないと崩れ去って使えない。
それと同じように魔王の体がぐずぐずと崩れていく。
姫様も魔族だから同じように崩れるんだろうか。
急がないと何も伝えられない。
魔王の体がゆっくりと崩れて行って地面に消えて行く。
「ヒョー…リ…、泣か…ないで…。」
姫様はかすかに笑って、目を閉じた。
姫様の体から温もりが抜けていくのがはっきりと解る。ボクの体温も姫様に奪われていく。
「行くぞ。オマエを見殺しにしたって言って女どもがウルサいんだ。」
アンクスは姫様を抱くボクに言い残すと、他の三人の方へ歩いていった。
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次回:魔王城からの『逃亡』




