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濡れ衣

--濡れ衣--


あらすじ:勇者様の必殺技は魔王に効かなかった。

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吼える魔王の姿が瞬きの間に消えると、アンクス様を見下ろしていた。畑の1面もある距離を一瞬で詰めたんだ。


ずぅぅぅん。


踏み込まれた魔王の脚は小石までも埃であるかのように軽々と舞いあげて、アンクス様の目の前に突き付けた拳は寸前で止めたにも関わらず彼を立つことを困難にした。アンクス様は勇者の剣を地面に刺して膝をついていたんだ。


「人間よ。これで(しま)いだ。」


魔王の静かで圧倒的な勝利宣言にアンクス様は応えない。


勇者の剣は地に刺されて、アンクス様が拳の風圧で吹き飛ばされないようにするので精いっぱいだった。剣を抜きなおして魔王に向ける間に悠々と次の一撃を食らってしまうだろう。


振ることができなければ、いくら勇者の剣が早く振れて鋭く傷つける事ができる剣でも意味がない。ましてや斬撃だって出せないんじゃないかな。


そして、アンクス様は『破邪の千刃』を放つために独り飛び出してしまって他の3人と距離が離れてしまっている。3人が助けるために走っている間に、魔王はアンクス様を潰す事ができてしまうだろう。


魔王は圧倒的な重さの拳をアンクス様の体の上に押し付けるだけで良い。屋根よりも高い魔王の体は速さが無くたって凶器になるんだ。


「くっ。」


アンクス様が悔しそうに魔王を睨みつける。


怪我と言えば魔王の頬の傷だけだ。自分は怪我もしてないし、魔力や魔石だって十分に残っているから十分に戦い尽くしたとは言えないよね。だけど、負けを認めろと魔王は言っているんだ。魔王の方が圧倒的に強かったんだ。きっと全力を出し切っていないことが悔しいんだと思う。


何かの魔道具を使ったのかアンクス様から勢いよく小石が飛び出すけど、見下ろされる金色の瞳を狙ったソレは瞬きひとつで封じられた。


「オマエのいう事には心当たりがない。濡れ衣だ。だが、ヒョーリには世話になった。彼を連れて人間の街へ帰れ。」


アンクス様の睨みも小石の攻撃もものともせず、魔王はボクの方に金色の視線をよこして静かに告げた。アンクス様の怖い顔がボクに向けられる。他の3人からも驚きと憎しみの表情を向けられる。


いやいやいや、ボクは何もしてないよ。


そりゃ、魔王の話だけを聞いていたら、ボクが魔王を助けたように聞こえるよ。人間を裏切っているかのようにも聞こえるよ。まるでボクを人間の街に返すためにアンクス様達の命を助けるように聞こえるよ。ボクが居たから魔王が情けをかけてアンクス様達の命を取らなかったように聞こえるよ。それはプライドの高そうなアンクス様には許しがたいことかもしれない。


でも、ボクは何もしてないんだ!


あえて言えば姫様に人間の話を聞かせただけだよ。それだって他愛もない街の噂話や物語で、誰でも知っている大した話じゃ無い。逆にボクの方が姫様に助けられて楽な仕事をさせて貰ったくらいなんだ。話のついでにお茶やお菓子だってご馳走になったし。魔王の世話なんて全くしてない。


遠くにいるアンクス様に否定の意志を伝えるために手を振ろうとしたら、ボクのマントの下にいた白い姫様が(あら)わになった。『破邪の千刃』で訓練場に吹き荒れる風から守ろうと1枚のマントの中で姫様と密着していたんだ。


けど、アンクス様達の目からはそうは見えなかったみたいだ。


生死をかけた戦いの中で女の子と抱き合っていた。人々の期待を受けて魔王の森を抜ける長い旅路の果てに決死の覚悟で魔王に戦いを挑んだら、圧倒的な魔王の力に叩きのめされた。その上、女の子にうつつを抜かしているボクなんかのために命を助けられた。


4対の8個の目が更に憎々し気に殺気に(あふ)れたものになる。


勇者様に戦士様に魔法使い様、そして僧侶様。4人の殺気に押されたのか白い姫様がボクに強く抱きついてくる。否定の動作をしようとした袖がぎゅっと引っ張られて腕が上がらない。茶色い訓練場に、魔王の作った闇の空に、白い姫様は良く映える。目立つんだ。ボクの動作よりも。


そして、姫様が怖がるくらいの殺気で、ボクの声も喉に詰まる。勘違いだと伝えたいのだけど、今度は首を振ることさえできなくなっていた。


「人間よ。我が白き姫の願いを聞き入れられぬか?」


魔王が拳を引いて立ち上がり、さもなくば死あるのみ。とばかりに魔王の声を荒げると4人は目を見開いて驚きの表情を見せる。そしてまた、怖い顔に戻る。


ボクの腕の中の白い女の子が姫様だと知ったんだ。街の裏路地で売れない占い師をやりながら副業をしていたようなボクが、魔族とは言えお姫様を腕に抱いている。アンクス様は人間のお姫様、ウチナ様に逃げられているのに。


ボクがウチナ様に気に入られて朗読に呼ばれていた事を思い起こしたのか、アンクス様の額の青筋が切れた感じた。


アンクス様は勇者の剣から手を離すと、ボクに向かって腰の後ろに隠していたナイフを抜いた。その目は血走っている。勇者の剣より小さくて軽いナイフは素早く振られ千の刃が現れる。


薙ぎ払われたナイフは小さくて、現れた千の刃も小さいけれど、『破邪の千刃』の力で空中に浮かんだ千の刃は畑の距離だけ無いものにした。つまり、ボクとアンクス様の間にある距離。アンクス様が魔王と戦っている所から、遠く離れて戦いを見ていたボクの場所、ナイフを投げても届かない距離まで。


アンクス様の刃がボクに届く。


切れ味の悪い小さなナイフは、慌てて体をひねって柱の陰に隠れたボクのマントの上を滑って傷つく事は無かったけれど、ガリガリと柱を削ってボクが抱きしめた姫様が悲鳴を上げた。


「きゃっ!」


魔王に隙が生まれた。


「破邪の千刃!」


姫様の悲鳴を聞いて魔王が慌てた隙に、アンクス様は弧を描くように最速で勇者の剣を抜き取って必殺の剣を振るった。アンクス様と話をするために近づいた魔王に衝撃波の無い千本の刃が現れて襲ったけれど、魔王の体はヴンッと揺らいで消える。


「破邪の千刃!」


消えた魔王の体が現れた場所を狙ってアンクス様がもう一度剣を振るう。魔王は後ろに踏鞴(たたら)を踏んだ程度にしか下がれていない。体は大きいから、よろめいた程度でもかなり離れているけど、次に繰られた剣は勇者の剣の力が使われていて訓練場に暴風を吹き荒らした。


魔王の体はまた揺らいで消えた。


ズン!


顕れた魔王は逃げるかと思ったのだけど、予想に反して間合いを詰めて巨大な足音を響かせてアンクス様に向かって拳を振った。


けど、2度の『破邪の千刃』の間にアンクス様の後ろへと走り込んできたウルセブ様が魔王に向かって盾を差し出すと尖った土の柱が魔王の脚元から生まれた。さっきのようにウルセブ様の足元じゃ無かったんだ。


拳を伸ばしかけた魔王は避けようとして態勢を崩して体を土の上に落として転げる。受け身を取る手にウルセブ様の雷鳴の剣の落雷が落ちる。その隙にライダル様が新しい魔石を投げると、受け取ったアンクス様は勇者の剣に素早く嵌め込んで叫ぶ。


「破邪の一閃!!」


『破邪の千刃』とは違った名前を叫んだ。


『破邪の一閃』と叫ばれたソレは、耕す一振りで生まれた数多の刃から、勇者の剣の力で産み出された衝撃波をひとつに集めていった。破邪の千刃の幾本もの刃が生み出す暴風が一点に集中して空気がめきめきと悲鳴を上げる。


轟。


立ち上がりで無防備な魔王の体に吸い込まれるように衝撃が襲い、魔王の体はまっぷたつに分かれたのだった。



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次回:姫様の『悲鳴』




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