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--瞳--


あらすじ:アンクス様と魔王の戦いが始まった。

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土の壁から飛び出したモンドラ様の足元に浮かび上がった魔法陣から、尖った土の柱が飛び出す。見上げるような大な体で拳を振っている魔王を串刺しにするようにぐんぐんと伸びた。ドンピシャのカウンターだ。質量がありすぎる魔王の拳は止まらない。


黒かった魔王の瞳が金色に輝いたと思うと、ふっと魔王の体が消えた。


土の柱は魔力を使い果たし伸び切ったのか勢いが止まり、まとわりついた毛がパラりパラりと落ちる。魔王の長い体毛だろう。


「お父様…。」


横にいる姫様の赤かった唇が真っ青になっている。


柱の側面には赤い血がべっとりと付着している。


人間なら致命傷かも知れない量の血だけど、魔王の大きな体だとどうなのだろう。


塩湖の休憩室でカガラシィが見せたように、消えたように見えて相手の首を押さえているなんて事があるのだろうか。いや、あの時は瞬間的に速く動いていたんじゃ無くて、魔王が見せた幻影がかき消されただけだったハズ。


どぉぉん。と轟音が鳴り響くと、遠く訓練場の端に魔王が膝をついていた。ヒゲの生えた頬がえぐらて、血が流れている。


「よかった。無事みたいだ。」


怪我をしたのだから無事と言っていいのか解らないけど、けど、他に言葉が思いつかなかった。動けないような大怪我をしているワケじゃない。その事実を上手く伝えられないけど、姫様を安心させたかった。


「ヒョーリ!」


がばりと姫様が抱きついてきて胸に顔を(うず)める。小さな肩が震えて自信満々に胸を張っていた事が嘘だったようだ。何か声をかけてあげたいけど上手い言葉が見つからないから、姫様の背中に手を伸ばして(なだ)めるようにポンポンとたたく。


昔、母さんにこうしてもらって、すごく安心したのを覚えている。怖い夢を見た時、ケンカで負けた時、父さんに怒られた時。


「ちッ、完全に不意を突いたと思ったんですが。」


モンドラ様が舌打ちすると盾が纏っていた魔法の光が消えて魔王の拳を阻んだ壁と尖った柱がボロボロと崩れ落ちた。盾から大量の黒い砂のようなものがサラサラと落ちてくる。大量の魔石が崩れるほどの魔力を使ったようだった。


グルゥォォォォォ!


魔王が再度、咆哮を上げると、今度こそ瞳が金色に変わった。さっき光って見えたのも間違いじゃ無かったんだ。


雲を巻いた灰色の空が黒い闇に覆われて、薄暗くなった空気の中に魔王の金色の双眸が輝いて見える。


「なんだよ、なんだよ、これが魔王サマの本気ってヤツか?」


モンドラ様の影でポーションを飲んで息を整えたアンクス様が、勇者の剣を持って舌なめずりをする。やや体を低く落とした彼の持つ剣には魔力が充満していて魔王の黄金の瞳に負けないように光って見える。


金色の瞳になった魔王も本気を出してきたのかも知れないけれど、アンクス様だってまだ本気を出していないハズだ。『破邪の千刃』。彼の『ギフト』であるクワの一振りで畑の広さを一瞬で耕す、『耕す一振り』を応用したその技は、無数の刃が広い範囲に現れて振り下ろされる。


そして、勇者の剣で放った『破邪の千刃』は現れた無数の刃のひとつひとつが衝撃波を放って石でできた教会を破壊したんだ。


まだ、彼はそれを出していない。


「うおぉぉぉぉ!」


アンクス様が舌なめずりを止めて走り出した時、ボクは胸の姫様の体をぎゅっと抱いた。細い肩がビクリと震える。


魔王が負けるかも知れない。


体の大きな魔王を見ても、自信たっぷりな姫様を見ても、小さなアンクス様達が勝てるとは思っていなかった。魔王が倒されてしまったら、腕の中の白い小さな姫様が悲しんでしまう。


片ひざをついた魔王にアンクス様が迫っていく。


「破邪の千刃!」


忌々しそうに歪んだ顔の魔王に向かって走るアンクス様射程に入ったのか、勇者の剣は振りかぶられ大きな声で叫ばれる必殺技。


暗くなった空に幾本もの刃が輝き、そして勇者の剣といっしょに数多(あまた)の刃が無情にも振り下ろされる。


『耕す一振り』の力で生み出された刃の一本一本から、勇者の剣の力で飛び出してきた衝撃波は訓練場を囲む壁で散って連鎖して、うねりを上げて広い訓練場に風の渦を起こした。


教会が崩れた事を思い出して、今度は姫様の頭を守るように抱きしめてしゃがみ込んだ。うつむいた頭の白い鍋にコンコンと小石が飛んできて何も見る事ができない。バタバタとマントがはためく。


「やったか。」


風が収まった時に呟かれるアンクス様の声。


もうもうと上がる砂煙がしだいに晴れて現れた、魔王の巨躯(きょく)


そして再び開かれた金色に輝く瞳。


えぐられた頬から流れる血の他に、魔王に傷は無かった。



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「無傷…?」


思わずボクも口にしてしまった。轟々と吹き荒れた『破邪の千刃』から逃れる術なんて思いつかなかった。魔王に傷が無かった事で姫様は安心しただろうけど、ボクは魔王の底知れない強さに恐怖した。


逃げ場のない訓練場で真っ向から『破邪の千刃』を受けて傷ひとつない。魔王が優しい存在だと知らなかったら、恐怖で逃げ出していたかもしれない。


盾を構えたモンドラ様の後ろで武器を構えたライダル様とウルセブ様も、ぽかんと口を開けている。


「セナ達とヒョーリの記憶を見たのよ。だから、その技はお父様に効かないわ。」


姫様の青い唇は震えていたけれど自信に満ちていた。魔王の力は強すぎる共感。セナがボクを魔王の城に連れてきたのは『破邪の千刃』を魔王に見せるためだったんだ。技を受けた人達の記憶だけじゃ足りないと思ってボクの記憶も見せたかったんだ。


「これで、アンクス様に、勇者様達に勝ち目は無いね。」


最大の必殺技を封じられたんだ。


アンクス様の持つ勇者の剣から魔石がさらさらと崩れ落ちる。腰に吊るした皮の袋から新しい魔石を取り出して嵌めているから、まだ『破邪の千刃』は放てるはずだ。だけど、当たらないんじゃ意味がない。


どんな理屈か解らないけど、金色の眼の魔王には『破邪の千刃』は効かない。


ゆったりと地面を響かせて魔王が歩いてくる。


『破邪の千刃』を撃つために前に出すぎたアンクス様がじりじりと後ろへと下がっていく。


ライダル様達3人は身を寄せ合って守りを固めていた。いや、モンドラ様が盾を構えて少しずつ近づいているから、アンクス様を助けようとしているのかもしれない。今のところモンドラ様の盾だけが魔王を傷つけているんだ。


それも魔王に視られているから、次も傷つけられるか解らないけど。


グルゥォォォォォ!


すでに終わりを迎えた戦いに決着を付けるように、魔王の咆哮が大気を震わせた。


そう聞こえたんだ。



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次回:謂れの無い『濡れ衣』


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