訓練場
--訓練場--
あらすじ:アンクス様と魔王の戦いが始まった。
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魔王が岩の手甲で弾いた衝撃波は空の彼方へと消えていった。
でも、アンクス様は止まらない。更に駆けながら勇者の剣を振りかぶって二撃目、三撃目と衝撃波を飛ばす。それを魔王は岩の手甲のゆったりとした小さな動きで弾き青く高い空へと消していく。
「厄介な剣よね。」
離れれば衝撃波が飛ぶし、近づけば魔力によって切れ味の上がった刃で切られてしまう。そして、それぞれの機能が使いやすいように剣を振る速度も上がるようになっている。姫様がタメ息をつく間にもアンクス様はウォォォと雄叫びを上げて魔王に肉薄していく。
衝撃波を飛ばしながら、もうもうと土煙が上がる魔王の足元まで駆け飛び上がって、すごい速さで剣を振る。狙いは長い毛におおわれた太もものようだったけど、魔王は分厚い岩を張り付けたスネ当てで弾いて振り上げた足をそのまま地面を蹴りつけるように足を下ろした。
ズゥゥゥゥン。
ひと際大きな揺れが起きて、アンクス様は転がるように吹き飛ばされる。
「何やってんだ!?」
「独りで突っ込むなんて!バカですか!?」
「魔力を節約せんか!」
ゴロゴロと転がるアンクス様の周りに、戦士ライダル様、魔法使いウルセブ様、僧侶モンドラ様が遅れて駆けつけてきてアンクス様を守るようにそれぞれの武器を構えた。
「うるせぇ!俺一人でも倒せるさ!」
モンドラ様が助け起こそうとした手を振り払い、アンクス様は自分に治癒の魔法をかけながら立ち上がり勇者の剣の柄に付けられていた魔石を交換する。
多分、あの魔石から勇者の剣に魔力を補充しているんだと思う。アンクス様の腰には膨れた皮袋がいくつもぶら下げられていたから、もしかしたらアレは全部交換用の魔石かも知れない。
「ちっ。こんな時までワガママ言いやがって。ウルセブ!」
ライダル様が呼ぶと魔法使いのウルセブ様は手に持った剣を掲げた。アンクス様が以前使っていた雷鳴の剣だ。雷鳴の剣に魔力が込められると晴れ渡った虚空からひとすじの雷が轟音と共に落ちてくる。
でも、眩いばかりの光の激流は不自然に魔王の体を避けて、近くにあった大木を燃やしただけだった。
「やはり、通じんかのぉ。」
そう言いながらも雷鳴の剣を立ててウルセブ様が祈るように魔力を込める度に稲光が走る。けど、全ての雷は次々と訓練場の木々を高い順に燃やすだけで、一向に魔王に当たる気配も無かった。モクモクと木が燃える煙に雷が起こした土煙が混じり訓練場に立ち込めて魔王の姿が見えなくなる。
「ゥオラァァァァ!」
「くらえぇぇぇ!」
充満する煙が揺れるとライダル様の大声が聞こえてくる。ガキンッと金属がぶつかる音がした。煙に隠れて魔王の脚元へと移動していたようだ。魔王からは足元の様子が見えていないんだろう。とぼけたふりをしながら雷鳴の剣を煙幕代わりに使ったんだ。
ライダル様が魔王の足元で大きな戦斧を振った音が聞こえ、反対側からはアンクス様の声と撃音も聞こえるけど煙が邪魔でボクがいる位置からも見えない。辛うじて魔王の脚が起こす地響きで揺れて足元だけが見える。
グルゥォォォォォ!
いつか魔王の部屋で聞いた声の咆哮が上がると、空に魔法陣が浮かび上がり霧雨をまとった風が吹き下ろされた。
雷が生木を燃やして広がった煙はたちどころにジトっと湿った空気に吹き飛ばされて、雷で割れた木々が炎の中からその姿を現わすと、魔王の右と左に囲むようにアンクス様とライダル様が剣と斧を構えていた。それとはまた別の方向で雷鳴の剣を掲げたウルセブ様を守るようにモンドラ様が盾を構えている。
グルゥォォォォォ!
無傷の魔王は悠然と仁王立ちになったまま大きな黒い瞳を細め更に吠えると、青かった空に雲が集まって来る。訓練場に風が渦をまき辺りは暗くなっていった。
「ちぃっ!」
アンクス様が勇者の剣で斬撃を飛ばすと、ライダル様が戦斧を手放し魔王の脚元に駆け寄り、あろうことかスネに飛びつき登り始めた。魔王の丸太を束ねたよりも太い脚の毛に腕を絡め吹き飛ばされないようにしながら登っていく。アンクス様が魔王を動けないように斬撃で牽制をする。
魔王が脚を踏み込みアンクス様に向けて拳を突き出すと衝撃が地面を這う。踏み込まれた脚に捕まったライダル様が毛を掴んだままぶるんぶるんと振り回されるけど、毛を巻き付けた腕はしぶとくて離す事は無かった。
手の届かないように背面に回って登るライダル様を振り落とそうと魔王は躰を震わせるけど、ライダル様は体を振るわせる予兆を感じ取ると長い毛をしっかりと腕に巻き付け体が落ちないように固定していた。
体を震わせるために止まった魔王の足にアンクス様の衝撃波がこれでもかと叩きこまれて、結局、魔王は体を振るわせる事を諦めるしか無かった。ライダル様は器用にバランスをとってどんどん登って行く。
青い馬車を引いていた魔道具の魔獣の上で器用にバランスをとって大きな斧を振り回していた彼にとっては、簡単な事なのかもしれない。
腰布からベルトへと飛び移り、背中の鬣にもぐりこんだ。鬣がもぞもぞと動いている場所をライダル様は登っているんだろう。
魔王が鬣にもぐりこんだライダル様に手を伸ばしている間に、アンクス様も魔王の死角に入るように回り込んで走った。
アンクス様は魔王から見えない位置で姿勢を整えると、大上段に掲げた剣を振り下ろそうとした。魔王に見付からないように声を上げずに静かに。まさにその瞬間にアンクス様をめがけて小石が放たれた。魔王から見えない位置のアンクス様の頭を正確に狙って。
だけど、ボクは知っている。塔の上からカガラシィが見下ろしていた事を。高い位置に陣取った黒い魔獣がアンクス様をしっかりと見据えていた。
不意を突かれたアンクス様がふらふらと千鳥足になる。
魔王は空中に数本の細い棒を作り出すと、櫛で梳くように鬣に棒を通した。魔王の黒い瞳から見えない位置で安心して頭を出したライダル様をカガラシィが見つめている。きっとカガラシィの指示に従って魔王が棒を操っているんだろう。
棒に梳られ鬣から押し出されたライダル様が宙に放り出されて、二階より高い位置から落ちていく。
地面とぶつかるかと思った時にライダル様は手を伸ばした。手甲から噴き出された風が土ぼこりを上げて空気の渦を作ると、ライダル様は一瞬ふわりと体を回転させてゴロゴロと地面を転がった。落下の衝撃を弱めたみたいだ。
ぜぇはぁぜぇはぁと息が上がった2人が僧侶モンドラ様の構えた盾の後ろに回って息を整え始めた。一度、態勢を整えるようだ。
ウルセブ様が2人の魔石を交換して魔力を充填する間に、背後に置かれたバックから何か小瓶を取り出し飲んでいる。何かのポーションかも知れない。戦いに紛れていつの間にかライダル様が手放した戦斧も使えるように回収されて置かれている。
ゴォォォォ。
2人が息を整えている間がチャンスとばかりに魔王が拳突き付けるけど、割って入ったモンドラ様の盾の前に土の壁がそそり立ち、その前に魔法の障壁まで立ちふさがった。驚くほどの魔力だ。人間にはこれほどの結界をひとりで作り出す事ができないから、あの盾も魔道具なんだろう。
土の壁の右手から飛び出したモンドラ様の持つ盾にびっしりと貼りつけられた魔晶石が魔力まとって輝くと、拳を繰り出して腕が伸び切り無防備になった魔王めがけて太く尖った土の柱がまっすぐに伸びて行く。
魔王の黒い瞳が金色に輝いた。
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次回:黄金の『瞳』




