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3階

--3階--


あらすじ:アンベワリィとお別れをした。

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食堂の重い扉がガチャリと閉まる前に歩き出した。目指すのは姫様の部屋。ズゥンっと城が揺れるほどの轟音は一度だけ鳴って静かになっている。アンクス様が魔王と出会ってしまったのなら、もう時間が無い。


お礼を、姫様に一言だけでもお礼を伝えたい。


姫様といっしょに過ごしたかった、と言う未練は残っている、帰るとは思ってもみなかった。ずっとここに居るような気分でいたのだから何も伝えていない。伝える気も無い言葉もあるけれど。


兵士から食堂を出るなと言われているので見つかると厄介だ。長い廊下を急ぎ足で駆けていく。柱が並ぶ廊下の内側には壁が無く訓練場へとすぐに出る事ができる。兵士たちの激しい訓練に晒されて土が剥き出しになった茶色い広場には誰もいない。


草の無い地面を這ってきた乾いた風が抜ける音だけがした。


(妙に静かだな。)


(そう?)


(城が揺れたんだぜ?アンクス達を追うヤツに避難するヤツ。事態を知らないヤツが居ればもっと大騒ぎになってなきゃおかしくないか?)


まるで全ての事を魔族のみんなが知っていて共有しているようだ。そう、魔王の共感する力なら可能かもしれない。ジルはそう推測していた。アンベワリィが、ボクが姫様に帰るように言われた事を知っていたように、魔族達は魔王からアンクス様の事を知らされているんじゃないかと。


ドォォォン。


再び城が揺れるとぱらぱらと城の欠片が落ちてきて、コンコンと頭の白い鍋を打った。ぎぃぃぃぃと何かが大きく軋む音が響く。


(おいおいおい、なんだよ、あのでけぇ…扉か!?)


長い廊下の柱の外、訓練場を越えた所にそびえたった黒いお城の壁。今まで魔王城の意匠だと思っていた壁が観音扉のように開いた。2階建ての家よりも大きい。


その開いた2枚の扉をくぐるようにして出てきたのは、魔王。


ボクの身長より大きな顔を持つ魔王が頭に見合った大きな体を覗かせて、多くの兵士たちが訓練していた広場に一歩を踏み出した。


ズゥゥン。


ズゥゥン。


歩くたびに地面を揺らす。


ぱらぱらと城の欠片が落ちて廊下が揺れると、ボクは歩くこともままならない。


訓練場の真ん中まで魔王は進むと、魔王は出てきた扉に向けて挑発するように手を動かした。その先にはたぶんアンクス様達が居るんだろう。あそこは魔王と会った部屋がある場所だ。


今から戦いが始まるんだ。


ボクが体をこわばらせると挑発を終えた魔王はグルリと辺りを見回し始めた。ボクを見つけると、戦士様の盾くらいある黒い目を少しだけ細め、牙の生えた口をゆがめた。背筋がゾクリとしてへなへなと腰を抜けてしまう。


魔王に踏まれただけでボクは死んでしまうだろう。家よりも大きな体だよ。体の上に家が落ちてきて死なないわけが無いじゃない。魔王に見下ろされて目を付けられて逃げられるだろうか。魔王の歩く1歩はボクが10歩を走るよりもよりも長い。


遠くから見た魔王の動きは緩やかに見えるけど、振り上げたつま先は風を呼んで土埃を切り裂いている。


(でけぇな…。)


ジルも呆然と魔王を眺めているようだった。顔だけでも大きいと感じたのに、本当の姿を目の当たりにすると更に大きく感じて恐怖する。


魔王はしばらくボクを見ていると、興味を失ったかのように扉の方を向いて黒い瞳を閉じた。


(何をしているんだろう?)


(アンクス達を待っているんじゃないか?)


セナに連れられて魔王の頭と会った部屋は3階にあった。なるほど、アンクス様達が飛び降りる事ができなかったのだろう。いや、人間が飛び降りられる高さのわけが無いじゃない。青い魔獣の馬車が空を浮いていたけれど、城の中まで馬車を持って来られないよね。


(それじゃあ、しばらく動かないのかな。)


アンクス様たちが3階から降りてきて魔王と戦っている間が、姫様と会える最後の機会になりそうだ。でも、戦いが始まって魔王が歩きだしたら、ボクは歩くこともままならなくなるかも知れない。


それまでに姫様の部屋に辿り着けないと、一生会えなくなるかもしれない。


魔王に睨まれたのは怖かったけど気力を振り絞ってジルにすがり付いてへっぴり腰で立ち上がった。とそこへ、頭の上から白い魔獣に乗った姫様が降って来て、ボクを指さしてケラケラと笑った。白い魔獣に乗って城の屋根を伝って降りてきたようだった。


「何よ。その格好は!?」


「仕方ないだろ。城の欠片が落ちてくるんだ。」


気力を振り絞って会いに行こうと思っていた姫様が頭の上から降ってきて、しかもおもいっきり笑われたのだからボクは口を尖らせる。姫様の細い指はボクの頭を指している。つまり、頭にかぶった白い鍋をだよ。


「帽子も無いの?」


「帽子じゃ役に立たないよ。姫様こそ、そんな布切れだけで大丈夫なの?」


姫様は2の腕までしかない布の頭巾しかかぶっていなかった。少し厚手の白い生地に赤い刺繍がほどこされた布は、天井から落ちてくる欠片から頭を守るには心許なくて、瓦礫が落ちてきたらひとたまりも無いだろう。


「かわいいでしょ?」


ニッコリと笑ってくるりと頭巾の裾をひるがえさせる姿は確かにかわいい。負けじとスカートの裾も広がって、魔王に睨まれて緊張した雰囲気が台無しになる。


「かわいいけど、危ないよ。もっと大きな瓦礫も落ちてくるかもしれないんだ。」


魔王が歩くだけで天井の小石が落ちてくるんだ。アンクス様との戦いになったら天井が落ちてきてもおかしくないよね。だって、カプリオの村で教会を崩してしまった前例まであるんだもの。


「大丈夫よ。お父様がヘマをしないわ。」


そこで、もっと重大な事に気付く。


「カガラシィは?」


魔王の片割れの黒い魔獣は姫様と寄り添うようにずっといた。姫様が世話をするためだとは言っていたけど、黒い魔獣は姫様を守っていたようにも見えるし、きっと守っていたのだろう。けど、今日に限って彼が居なかった。


「あそこ。」


姫様が見上げたのは魔王の背後の塔の上、高い位置から魔王の背後を守るようにして黒い魔獣はたたずんでいた。訓練場のすべてを見通せる場所だ。屋根の上を吹く強い風に黒く長い毛をなびかせて、場の支配者のように君臨している。


まるで黒い魔獣が巨大な魔王をアンクス様に襲わせるかのような立ち位置で、一緒に戦うという事は無さそうだ。この訓練場で繰り広げられていた魔獣に乗ってといっしょに戦う魔族のスタイルとは違うようだった。


「この野郎!待ちやがれ!!」


黒い魔獣に気を取られている間にアンクス様がひとり訓練場へと降りて来た。3階から降りて来たのなら、ものすごく早い。さすが勇者の称号を持つだけの事はある。


風のように走りながら勇者の剣を一振りすると、ザっと剣が風をまとい斬撃が飛ぶ。魔王は長い手を動かし先の分厚い手甲を払うと斬撃はあらぬ方へ飛んで行った。魔王は悠然(ゆうぜん)とアンクス様をその黒い瞳で見下ろした。


戦いが始まった。



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次回:『訓練場』の戦い



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