ショートソード
--ショートソード--
あらすじ:アンベワリィにも帰るように諭された。
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アンベワリィに追い払われるように背を押され、薪小屋の中二階に続くハシゴをため息交じりで登った。濃緑色の革の鎧を引っ張り出して慣れない手つきでのろのろと身につける。動きの遅いボクを見かねてジルが声をかけてきた。
(なぁ、そんなに帰りたくないんなら、アンクス達に見つからないように隠れていれば良いんじゃないか。アイツ等だってわざわざ探してまで連れて帰ろうとしないハズさ。)
(でも…。)
ライダル様は連れて行ってくれそうだった。少なくとも、「帰る支度をしてこい。」と言ってくれた。魔王を倒せたとしても魔族の兵士に追われて逃げる事になるかもしれないのに、足手まといのボクを気にかけてくれていた。
もしかしたら、ボクを探して彼らが逃げ損ねるかも知れない。
(アンベワリィだってアンクス達が居るから帰そうとしているだけで、置いて行かれれば世話をしてくれるさ。)
けど、それだってちょっとした引き延ばしにしかならないと思う。アンクス様達といっしょに帰れなくても、次はヤンコから戻ってきたセナ達に送られる事になるだろう。
(先延ばしにするだけじゃ無いかな。)
(こんなにバタバタと帰る羽目になるよりか、ちゃんと笑顔で別れを告げられる方がよっぽど良いと思うんだけどな。)
革の鎧の脇の編み紐を結びながらジルの言葉を聞いて悩む。
鎧と小さな袋を着けマントを羽織ると、姫様にもらった白い鍋をヒモで背中に括り付けた。大きな袋でもあれば入れておきたかったけど、ボクの持ち物はこれでおしまいだ。
(魔王の森を抜けるような格好じゃねぇな。)
(他には何も持っていないから、これで全部だよ。)
王都の森に行くよりも荷物は少ないかも知れない。森に行く時は野草を採り貯める大きな袋を持っていたからね。革の鎧を着ている分だけケガをしにくいとは思うけど。
(まぁ、食い物はライダルが居れば魔王の森で何か狩ってきてくれるだろ。)
ライダル様は狩りが得意で、カプリオの村に行くまでの道中でも何かしら捕まえてくれていた。それにウルセブ様の青い魔獣の馬車も持ってきているだろう。空中に浮く事ができるあの馬車が有れば魔王の森でも安全に眠ることができし、多くの荷物を持つことができるんだ。
ずっと寝泊まりしていた中二階に風の魔法と浄化の魔法をかけて見回した。毎日、掃除をしているから両方の魔法をかけても見た目は変わらない。また戻ってきたいとは思うけど、アンベワリィ、いや、魔王がボクを帰す事を望んでいるなら、もう戻って来られないかもしれない。
中二階から飛び降りると、薪割り台の前を通る。キレイに整理した台の前で腰の愚者の剣の柄頭を撫でて通り過ぎる。魔王の城で一番長く過ごしてきたここで、薪を相手にずっと愚者の剣を振っていた。
感傷に浸らないように注意して食堂に戻ってアンベワリィに声をかけた。
「2本も持てないから貰ってくれないかな。」
ショートソードをアンベワリィに渡すことにした。薪割りで慣れ親しんだ愚者の剣があるから全く使っていないし、アンベワリィに何か残したいと思ったんだ。
「アタシが使うにはちょっと小さいかね。」
鞘から抜かれた人間のショートソードは魔族のアンベワリィには小さくて、彼女が持つと大きめのナイフを持っているように見えた。握りの部分も細すぎて彼女の手には合わないように見える。
「食事の時のナイフにでも使えば。」
カトラリィのナイフなら手で握りこまなくても使えると思って提案してみた。それでもダメなら鉄クズにしたって良い。王宮で働いて稼いだ大部分を使ったとは言え、街で売っている数打ちの安物だったのだから。
「肉を切るには大きすぎるし柄も短い。まぁ、記念に飾っておくさ。」
鈍くしか光らない刃を見て、細くなる黒い瞳は少し潤んでいるようにも見えて切なくなった。
「さぁ、さっさと戻って良い嫁でも探しな。」
「人間の街に戻っても、ボクにはお嫁さんなんて来ないよ。」
「ここに居るよりかは可能性が有るだろう?ここに人間はいないよ。」
姫様といっしょにいたい。と、願っても無駄なんだろうか。人間のお姫様だって平民といっしょになることは無いんだ。平民とお姫様の結婚なんて物語でしか聞いた事がないもの。
魔王の城の白い姫様とただの人間が結婚できるとは思えない。
そう思えば諦められる。
そして、姫様以外の魔族がボクと一緒になってくれることも無いだろう。なにしろ体のサイズが違うんだ。
「若い時は一瞬さ。アタシと旦那みたいな燃えるような恋をしな。」
そう言ってアンベワリィは首元から鎖に付けた指輪を出した。恋と言うのは解らない。姫様に惹かれた感情とは違うのだろうか。それとも、もっともっと違う胸が痛むのだろうか。アンベワリィに尋ねる事ができなくて眉根を寄せた。
「そうそう、言い忘れる所だった。アンタの探している元の人間に戻る魔道具だけどさ。悪いけど、この街には無さそうだ。」
言い難そうにしていたアンベワリィはここで一区切りして、今度は早口で続けた。
「元の魔道具の仕組みも解らなきゃ、人間に変化させるって言うモノも作れない。なにしろここには魔族しか居ないから人間の作りが解らないからね。そんな変ちくりんな魔道具は自在に魔法を作れるドラゴンでもなきゃ作れないだろうと言ってたよ。」
アンベワリィが、ボクが鎧を着ている短い時間に急いで聞いてくれたのだろうと思うとおかしくなってクスリと笑う。
「ありがとう。」
笑顔で応えた時に、ズゥン。と遠くから音が聞こえて地面が揺れた。石の天井からぱらぱらと埃と小さな小石が落ちてくる。収まった時には厨房から騒ぐ声が聞こえてきた。
「人間が暴れているの?」
「魔王様が部屋に誘い込んだって聞いたよ!」
「うわぁ!私のスープが台無しだぁ!!!」
アンベワリィがボクを抱いていた。ボクを天井から降る瓦礫から守るように抱きしめてくれていた。長い手に生える黒い毛がボクの首筋にチクチクと刺さったけど、嫌な気分はしなかった。
アンベワリィの匂いに息苦しくなるまでそのまま抱かれ続けた後、精いっぱい腕を伸ばしても彼女の背中には届かなかったので、脇腹をポンポンと叩くとはっとしたように放してくれた。
姫様にもらった白い鍋を頭にかぶると首元でロープを結わえなおした。
これで頭に瓦礫が落ちてきても平気だろう。
ボクはもう一度アンベワリィに抱きつくと、振り向かないようにして食堂の扉を出て行った。
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次回:『3階』からの時間




