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カウンター

--カウンター--


あらすじ:アンクス様に会った。

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長い廊下を抜けて城の片隅の食堂まで戻ると、調理の手を止めたアンベワリィがカウンター越しに声をかけて来た。調理場へと続くカウンターの奥からは、今晩の夕食を作る匂いと共に包丁や皿の忙しそうに動く音が聞こえてくる。


「おや、遅かったね。」


「ただいま。何か手伝う事はある?」


『遅かった』という言葉に違和感があったけど、何事も無かった風をよそおって返事をした。姫様の部屋から帰ってくることは何回もあって、その度に話に夢中になって今よりも早く帰ってくる事は無かったんだから、『早かった』と言われると思っていた。


「人間の街に帰るんじゃなかったのかい?」


ドキリとする。ボクは姫様に言われたことを告げずに、何食わぬ顔でここに残ろうと思っていたんだ。アンクス様達と合流できなければ魔王の森を抜けて一緒に帰る事はできない。薪割り小屋に(とど)まってアンクス様達と出会えなかったことにすれば、そのまま残ることができると思っていた。


「姫様には帰るように言われたけど、ボクはまだここに残りたいと思っているよ。」


「そうかい。そこで、ちょっと待ってな。」


アンベワリィは目を細めると、酒場のように椅子が並べられているカウンターの方へと視線を移した。ボクに座れと言っているようだったので、背の高い椅子によじ登る。続けてアンベワリィは自分のしていた料理を他の人に任せるとカチャカチャと音を立てて何かを作った。


「飲みな。」


カウンターに出てきたアンベワリィは、湯気の立つ飲み物を2つのマグカップに入れてボクの前に置くと、自分も席に着いて口をつけた。甘い樹液に酸っぱい果汁を落とした飲み物は、夕食の匂いにも負けないくらい香りが立ち、カップからはモクモクと勢いよく湯気が立っている。


大きな木のカップを両手で持って、ひとくちすすると火傷しそうなくらいに熱かった。


「あちち。」


「人間はやっぱり、変な生き物だねぇ。」


呵々(かか)と笑ってアンベワリィは何事も無かったように牙の生えた大きな口にマグカップを傾ける。まったく熱さを感じていないみたいだった。


「アタシもアンタは帰った方が良いと思うんだよ。」


「なんで知っているの?」


ジルの『小さな内緒話』のような『ギフト』が無ければ離れた人と話をする事なんてできない。魔族は『ギフト』を持たないから離れた人と話をするなんてできないと思っていた。


「私達が自分の魔獣と心を通わせることができるのは知っているだろ。魔王様の力はそれ以上に強く共感する力。魔王様から直接伝言を頂いたのさ。」


アンベワリィは器用に片目をつぶる。相棒の魔獣以外とも感じ合える魔王の力は大きくて、魔王を通じて魔族同士で通じ合う事ができるのだそうだ。


「ボクはまだ帰れない。友達のために魔道具を探したいんだ。」


ジルの事を伏せて姿を変えて戻れなくなった友達が居る事にして話した。


「ふぅん。それだけ見つければ帰るのかい?」


「いや、見つけても帰りたくないけど。」


口をとがらせる。


「変な子だねぇ。見つけたら本人に渡さなきゃダメじゃないか。」


ジルは左手の中にいるから帰らなくても伝える事ができるんだけど、ジルが人に知られる事を嫌がったから上手く説明できない。ジルがボクに伝え損なっていた一片を知った気分になる。


「人間の街に戻っても、ボクの居場所は無くなっていると思うんだ。」


アンクス様がボクを探したのなら、彼らが王宮に戻った時に見つからなかった事を伝えて、ボクはみんなに死んだと思われているだろう。そうなれば確実にボクがやっていた仕事は誰かが継いでいる。居場所がなくなっている。


「アタシもアンタが連れられてきた時はびっくりしたさ。びくびくして怯えている野良魔獣を飼っている気分だったよ。最初は戸惑ったけど、懐かれれば悪い気はしなかったさ。」


野良魔獣にエサを与え風呂に入れ小ぎれいにする。新しいペットを迎え入れるような気分でアンベワリィはボクと接していてくれていたようだった。


「じゃあ、ボクが残っても良いじゃない。」


アンベワリィの心の隙間を埋められるなら、ボクが残ることにも意味が出てくると思う。


「でもねぇ、姫様の気持ちも分かるんだよ。」


姫様は色素の無いアルビノだから体中が真っ白い。そして色素が無いから眼も真っ赤だった。その体の特徴から他の魔族からは忌み子として扱われてきた。特に赤い瞳は正気を失った魔族の特徴と重なって、初対面の魔族は狂気に触れた者として扱ったそうだ。


人間をたびたび襲った魔族も赤い目をしていた。狂っていたんだ。他の魔族は瞳は真っ黒なのだから。


仲間外れを脱し困難を乗り越え明るく活発になった今でも、姫様は人を寄せ付けずに護衛をつけるのを嫌がっている。それは未だに他人を信じられない気持ちもあるかも知れないし、自分の問題に他人を巻き込みたくない気持ちもあるんじゃないかと、アンベワリィは推測していた。


ボクのように元々魔族から外れているヒト、人間じゃ無かったら、優しい彼女は他人を近づけなかっただろうと。


「姫様は誰よりも、集団の中に混じった異質な者の住み心地の悪さを知っているのさ。」


「だったら、ボクだって姫様と同じように理解されるように努力をすれば良いじゃない。どんな事をしたの?」


姫様ができた事ならボクにだってできるかもしれない。姫様に寄り添える人間として、いっしょに居ても良いかもしれない。


「アンタにできるかい?未熟で小さな体しか持たないで自分より体の大きな大人の男に喰らいついていくんだ。自分が認められるまで。」


「できるんじゃないかな。」


自信は無いけど、魔族が怖い人たちじゃないって分かるようになってきたんだ。セナだって少し怖くなくなったし、少しは役に立てることもあったんだ。少しずつ解ってもらえば良いんだ。


「姫様は他に逃げ場も無くここにしか居られないからできたんだ。アタシの所から追い出されても同じことが言えるかい?」


「たぶん…。」


すこしあった自信が崩れる。姫様とアンベワリィが居なかったら魔王城で暮らせなかったと感じた事があったから。


「アタシが追い出したと知れわたったら、アンタはすぐに食べる物にも住む場所にも苦労することになるんだよ。ゼロからじゃない。少なくとも食堂を利用したいヤツは私に逆らおうとしないさね。」


魔王城なら何とかなるかもしれないけど、魔王城からも追い出されたら魔族しかいない街で人間のボクは目立ちすぎる。もしかしたら姫様以上に目立つ。姫様のように魔王の加護も無い。アンベワリィの保護も無くなれば、ボクは魔族の中で生きていくことができるんだろうか。


食堂に来ていた魔族達、掃除や探し物で感謝してくれた魔族達。少しずつ打ち解ける事ができたけど、それはやっぱりアンベワリィが居てくれたからだと思う。魔王とアンベワリィに盾ついて、ボクが生きていけると思えない。


湯気が消えたマグカップに細波(さざなみ)が立った。


アンベワリィの黒い瞳がぐいと目前にまで迫る。彼女の牙がボクの喉元に近づくと、胸に向けて生暖かい息が吹きかけられた。


押し黙るしか無かった。


「私も旦那を失った寂しさにかまけて、アンタを可愛がりすぎたようだ。人間の街へお戻り。ヒョーリ。」



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