鉱山領の顛末
領主の元から戻った後も状況が分かるまではアリシアを訪ねることなく、食堂で聴取を終えた者たちの報告を聞いてまとめることに徹していた。
作業員については炭鉱の周辺で先に聴取を開始していたため、すでにあらかた終わったということである。
あとは領主の屋敷にいる使用人、領主とその娘の聴取内容が揃えば今回の全容が明らかになるだろう。
作業員の話をまとめるとこのようなことになる。
まずガスの出ている穴の方は、すでに何カ月も作業を行っていなかったということである。
作業員はガスが出ていないかどうかを確認するため、鳥かごにカナリヤを連れて作業をしていたようだが、そのカナリヤが相次いで中毒を起こして死んでいった。
あまりにもその状況が続いたため、危険を感じて、人間に被害が出る前にこの穴を放棄、別の場所からの採取を行うことにした。
ところが新しく発掘を始めた場所から現在まで掘り進めたところでは、あまり鉱物が取れなかった。
それどころか、何度か崩落事故が起こって犠牲者を出してしまったという。
そこで崩落事故を防止するために、周囲を囲いながら作業を行っていたが、領主の依頼で突然そこに崩落事故に見せかけた罠を設置するようにという工事依頼が来たのだという。
鉱物が取れず収入が激減していた作業員たちは、その作業を行うことで当面の収入を確保できると言われて、罠を作成する作業に携わっていた。
この罠を何に使うのか、いつ使うのかなどは一切説明されていなかったらしく、動物を追いこんだりするのだろう思っていたが、まさか王族を害することになるとはと、非常におびえていたそうである。
フランツは彼らに対する処分を保留し、領主の屋敷からの報告を待つことにした。
炭鉱の作業員は証言通り、おそらく今回の罠の仕掛けを作る作業しか行っていないだろうが、屋敷内の使用人は領主やその娘の指示で色々動いていたに違いない。
できれば今回の件以外に画策していたものがあるのならば明らかにしておきたいと考えている。
もともと彼らは王族になりふり構わず媚を売っていた。
それが急に罠を仕掛けて害するという方向に転換した理由は知っておく必要がある。
もはや彼らは領地に戻ってくることもできなければ、土地を任されることもないのだが、他国と繋がっていたり、王宮内に刺客を差し向けていたりする可能性が否定できない。
もしそのようなものが内部に紛れ込んでいたら、この領主が捕まったと知れた時に、その刺客が自分たちを狙ってくる可能性も考えなければならない。
とにかく、彼らが何を考えてこのようなことをしたのかが分かるまで、落ち着くことはできない。
フランツは報告を待ちながら、この領地を新しく統括する人材について考えていた。
最終的には国王陛下の判断になるが、候補者くらいは考えて報告する必要があるだろう。
今回は、領地内の作業員の大半がこの件に関わってしまっているため、領地内から人を選定することは非常に困難になりそうである。
おそらくしばらく直轄地として管理をし、任せられる人材を決定した上で派遣することになるだろう。
そんなことを考えているうちに、領主の館で聴取を行っていた騎士団長たちが宿に到着し、聴取の記録をフランツに手渡した。
フランツはそれに素早く目を通す。
全ての情報が出揃ったことが確認できたところで書類をまとめて持つと、フランツは席を立った。
「ご苦労だった。これで聴取は終わりだな。今日は逃げる者がいないよう、交代で見張りをしながら、残りのものを休ませるようにしてくれ。彼らの処罰については、明日までに考えておく」
そう言い残してフランツはアリシアのいる寝室に向かうのだった。
アリシアはフランツが戻ってきたことも、宿の一階が騒がしいことにも気が付いていた。
言われた通り部屋から出なかったアリシアだが、倒れた翌日にはすっかり良くなっている。
本当であれば手伝えることがあるならやるべきなのだろうが、もしここに領主たちが来て、自分の体調が悪くないということが分かってしまったらよくないと、ただ黙って部屋にこもっているしかできない。
アリシアはもどかしさを感じつつ、階下の状況を気にしながら、時折出入りする人たちを窓越しに確認していたが、いつ終わるか分からないため、少し仮眠を取ろうとベッドに横になった。
やがて人の出入りが落ち着いたのか一階が静かになると、階段を上ってくる音とノックの音がかすかに聞こえた。
アリシアは緊張の糸が切れてしまったのか、強い眠気に襲われていて返事をするのが精いっぱいで、体を起こすことができなかった。
全ての聴取を終えて寝室に訪ねてきたフランツから、アリシアは今回の事の顛末を知らされることになった。
室内からの返事を聞いたフランツが部屋に入った時、アリシアはベッドの上でぐったりとしていたが、フランツの顔を認識するなり慌てて体を起こした。
しかし、ベッドサイドで立ち上がったアリシアがふらついたため、心配だからベッドの背もたれに寄りかかった状態でいるようにとフランツは言った。
アリシアはこの状況に申し訳なさを感じながら、ベッドの上で話を聞くことになった。
フランツはアリシアをベッドに戻すと、近くのテーブルに書類を置き、ベッドの脇に椅子を移動させて座って話し始めた。
「ここの領主は僕と自分の娘を結婚させたかったみたいだね」
フランツはあきれたような口ぶりでそう切り出した。
「ところが、僕がアリシアとの婚約を発表してしまった」
アリシアは黙ってうなずく。
「そこで今度は兄、フィリウス殿下と結婚させようと画策した。それは表向き順調に進んできたが、今度は国の実権を握るのに実務を握っている私が邪魔になった。そこに今回の視察だ。アリシアだけがいなくなれば娘と私との結婚を進め、私がいなくなればフィリウス殿下との話を進める。このどちらかが成功すれば、領主は娘を通じて実権を握ることができる。仮に私だけがいなくなった場合、アリシアとの婚約は解消になるから、婚姻前ならアリシアに持っていかれるものは何もない。兄の皇太子は世の中的に行方不明だし、本当は私との話を進めたかったようだけどね」
要は今回狙われたのはアリシアとフランツの二人だったが、二人のうち両方でも、どちらかでも、とにかくいなくなってくれたらよかったということである。
一応理由はあるとはいえ、特定の人を狙っていない罠が仕掛けられていたことにアリシアはぞっとした。
「それから……、アリシアが体調を崩した穴からはガスが出ていた。ちなみにもう一つの穴には岩盤崩落の罠が仕掛けられていたよ。そして、他の場所からの採掘は、確認できなかった」
「そうですか。何も起こらなくてよかったです」
動物たちに教えられた内容がすべてだったということにアリシアは安堵していた。
動物たちがアリシアに正確な情報を教えてくれる信頼できるものであったこと、そして、自分の仮定が間違っていたことによって、どこで情報を知りえたのかを追求されることがなさそうだということである。
「最近採掘できる鉱石の量も減少していたし、領主も焦っていたんだろうな。だとしても、今回の件で彼らは複数の罪を犯しているので助けてあげることはできないが」
「はい」
「なんだか、後味の悪いものを見せてしまったな」
「いいえ。いずれはこういうこととも向き合わなければならないのでしょうから……。それが少し早くなっただけですし、私はフランツ様に守られて、相手を処断するという一番苦しいところには関わっていません」
「……そうか」
いずれ彼女にもその思い決断をさせる日がくることはわかっていたが、それを先送りしたことを指摘されて困惑した。
アリシアも被害者である。
もし婚姻後、彼女だけが害されるようなことがあれば当然彼女がこの判断を下さなければならない。
しかし、今回はフランツ自身も狙われていたため、自分だけがその責を負うことにした。
ところが、王妃教育を受けているアリシアは、その聡明さでフランツの気遣いにも気がついてしまった。
「アリシア……、まだ、そこまでの責務は負わなくていい。これから嫌になるほど背負うことになるのだから」
心配そうにフランツを見つめるアリシアに、フランツが素直に言うと、アリシアはうなずいた。
「お気づかいありがとうございます」
アリシアがベッドの背もたれから体を起こそうとすると、フランツはすぐに背中に片腕をまわして彼女を支えた。
アリシアはベッドの上に座る形でフランツの方を向くと、フランツの頭を胸に抱き寄せる。
「あ、アリシア?」
「海の街でフランツ様がしてくれたことですよ」
弟や妹の時のように、頭を支えて体をポンポンとあやすように叩いている。
フランツはその心地よさに抗えず、もう片方の腕も彼女の背中にまわした。
「私は大丈夫です。ですから、そんな泣きそうな顔をしないでください。落ち着くまで近くにいますから」
フランツはアリシアの胸に顔をうずめたまま目を閉じた。
「なんだか、どちらが見舞いにきたのかわからなくなってしまったね」
頭を預けられたアリシアは、しばらくそうしてフランツをあやしていた。
この一件でアリシアは、フランツに大切にされていることを改めて感じるのだった。




