炭鉱地の晩餐
会場にいる招待客の注目を集めながらフランツとアリシアが中に入っていくと、我先にと挨拶をしにくる人々に囲まれた。
フランツは周りを警戒しながら、アリシアの側を離れないように努めていた。
まさかこれだけの人目のあるところで彼女が何かされるということはないと思うが、ここにいる人々がただの招待客とも限らない。
炭鉱で行われる急な晩餐の招待に応じる者たちである。
我々の味方ではないかもしれない、フランツには全てが疑わしく思えたのである。
しばらくすると招待客へのあいさつ回りが終わったのか、フランツたちの元を離れていた領主が戻ってきた。
「お疲れのところご足労いただきましてありがとうございます」
領主は随分と調子のいいことを言っているが、そもそも宿まで押し掛けてきた人間である。
フランツは警戒を強めた。
「いやぁ、フランツ様。明日の視察に同行する者をこれから紹介したいのでぜひこちらにお越しください」
そう言われたため、フランツがアリシアを伴ってそちらへ向かおうとすると、領主がそれを制した。
「アリシア様のようなお嬢さまには少し泥臭い話になりますから、少しお休みになってはいかがでしょう」
フランツとしても今は情報を集めたい。
彼が何かを企んでいるという情報はすでに手元にあるが、何をしようとしているのかは分かっていない。
それにあまり相手を無碍に扱うこともできない。
少し考えた末、フランツは少しならと彼の話に乗ることにした。
「ごめん、アリシア。少しだけ行ってくる。何かあったらすぐに声をかけて。出来るだけ見えるところにいるようにするから」
「ありがとうございます。私はお食事をいただいていますから、ごゆっくり歓談されてください」
アリシアはフランツを笑顔で送り出した。
「あなたがお噂のフランツ様の奥さまですか?」
アリシアがフランツと離れるなり一人の令嬢が後ろから話しかけてきた。
アリシアが振り返ると、そこに立っていたのは先ほどまで一緒にいた令嬢だった。
「いえ、まだ婚姻はしておりませんので、奥さまという立場ではございませんが……」
「じゃあ、夫人候補、ということでよろしいかしら?」
「その通りです。婚約はしておりますが……」
後半部分はおそらく耳に入っていないであろうミランダが、周囲に聞こえるような声で自己紹介を始めた。
「わたくし、フランツ様の第一夫人候補のミランダですわ。お初にお目にかかります。ご挨拶がまだでしたわね」
夜会という場所だからなのか、周囲の目があるからなのか、先ほどまでフランツと歩いていた時とは違い随分と気取った様子である。
そもそも、先ほどまで後ろを歩いていたのでお初ということでもない。
アリシアが口を開くまでもなく、ミランダは次々と言葉を発していく。
「まあ、お飾りの婦人にしておくにはもったいない美しいお嬢様で」
「いいえ、そんな……」
「安心してくださいまし、フランツ様には私がしっかりと愛情を注がせていただきますわ」
「はい……」
「今回のことは王家の慣習による政略結婚ですから、お可哀そうで……」
知ったようなことを言っているが彼女は何も知らない。
あくまでそれっぽい言葉を使っただけである。
しかし、アリシアからすれば、詳細は知らなくとも政略結婚であるという部分だけは伝わっているのかもしれないと考えた。
同時に彼女にその話が伝わっているのならば、少なからず親しくない間柄ではない可能性がある。
少し悩んだ末、アリシアは無難な言葉を返すことにした。
「いいえ、当家にはもったいないお話でございます」
アリシアの返答を聞いたミランダは、これらの言葉が意味をなさないこと、相手を傷つけるつもりで使った言葉が謀らずも当たっていたことに内心ほくそ笑んだ。
「……けなげなお嬢様ですのね。そろそろ失礼いたしますわ」
ミランダは笑顔でアリシアの前を後にした。
アリシアとフランツが政略結婚であるということは自分にまだチャンスがあると考えたのだ。
彼女は次なる手段を実行に移すため一度会場を出ると、外にいる者に指示を出した。
そしてすぐに会場に戻ると、何もなかったかのように他の人たちとの歓談に加わった。
彼女が立ち去るのを呆然とみているところにフランツが戻ってきた。
「アリシア、どうしましたか?」
「いいえ、何でもございません」
嵐のように去っていったミランダの勢いに圧倒されながらも、フランツの声に正気を取り戻して答えた。
「誰かに何かを言われたの?」
「フランツ様のご夫人候補のミランダ様というご令嬢がご挨拶くださいました。知っていましたら、こちらから伺いましたのに、気を遣わせてしまったようで申し訳ありません」
「……」
アリシアの話を聞いて、今度はフランツが黙り込んだ。
その様子に今度はアリシアがフランツを心配する。
「どうかされましたか?」
「いや、いい。そろそろ宿に戻ろうか。もう相手の顔は立っただろう」
フランツは会場を後にすることに決めた。
今回の夜会はどうやらアリシアよりもミランダの方がフランツに近いということを会場で示すための会とするためのものだったようだと察したのである。
これ以上いると面倒なことに巻き込まれかねない。
少なくともこのまま戻れば、何かの策略でフランツとミランダが会場内で二人並ぶような状況は避けられるはずである。
領主に何も告げずに会場を出ようとするフランツに、アリシアは言った。
「お戻りの前に、ご挨拶はよろしいのでしょうか……」
「ああ、さっきしたから大丈夫だよ。それより早く戻ろう」
「わかりました」
アリシアにしてもこの会場に未練はない。
フランツがあまり穏やかではない空気を放っていることもあり、アリシアはフランツに黙って従うことにしたのだった。
無事に馬車で宿まで戻り、部屋の前までアリシアを送ったフランツは、アリシアがドアを閉めようとしたところで彼女の部屋に滑りこんだ。
「フランツ様?」
フランツはアリシアの代わりに部屋のドアを閉める。
「あ、あの、何か……」
アリシアが言いかけたところにフランツが言葉をかぶせた。
「アリシア何か勘違いしていない?」
「勘違い……ですか?」
「うん」
「よくわからないのですが……」
アリシアが真剣に悩み始めたと感じて、フランツは具体的に名前を出して聞くことにした。
「アリシア、僕とミランダ嬢との話、どう思った?」
「どう……と言われましても、フランツ様と私は政略結婚ですし、それは事実ですから否定することではありませんし、ミランダ様は王家の慣習による政略結婚という言葉を使っておいででした。詳しいお話しはご存知なくても、フランツ様にとって受け入れざることだったとお伝えしたのかと思います。このお話の前にフランツ様が傾慕されたり、相愛になられた方がいらっしゃったとしても不思議なことではありません。先ほど言われるまで夫人の順位のことは考えておりませんでしたから少し驚きましたけど、納得はいたしました」
その言葉を聞いて、フランツはアリシアに聞こえるような大きなため息をついた。
「あのね、まず、彼女とはそんな関係ではない。それから僕は、アリシア以外を妻として迎えるつもりもない」
「ですが……」
「ここの人たちはそういうことを吹き込んで僕たちの関係を壊そうとしているんだ。だから、そんな言葉に耳を貸さないで。それと、今みたいなことがあったら僕に報告してほしい」
大きな声ではないが、珍しく少し苛立った感情を含んでいるのがわかる。
「わかりました……」
今夜のフランツに、少しピリピリとした空気を感じているアリシアは素直にうなずいた。
思わず心配そうな目でフランツを見上げると、それに気がついたフランツはすぐに慈愛の笑みでその空気を隠した。
「部屋に押し入ったりしてごめん。今夜はゆっくり休んで」
フランツはそう言い残してアリシアの部屋を後にした。
翌日は視察である。
公務中はおそらくこのような空気にはならないだろう。
そう考えて、アリシアは移動と夜会の疲れを取るべく早々に就寝することにするのだった。




