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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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恵みの滝

「アリシア様は、このような道も歩き慣れていらっしゃるのですね」


いけるところまで上流に進んだところで馬車を降りた一行は、木々の間を抜けて歩いていた。


「私のいた領地は平らといっても森の中ですから、木の根や草は生えていますし、石なども落ちています。観光地として案内するところは道を整えて、できるだけ歩きにくい所を無くしていますが、まだまだ原生林を多く残していますから、少し道を外れればこのような道ばかりですよ」


領主とアリシアは会話をしながら歩いている。

この中ではフランツが一番歩きなれていないようで、自愛の笑みは崩さないものの、かなり慎重に足元を気にしながら歩いていた。

しばらく歩いていると、進行方向からしぶきの上がる音が聞こえてきた。


「もうすぐです」


領主は目的地が見えたことで歩みを速めた。

アリシアは領主が先に行くのを確認してから、フランツに手を差し出した。


「ゆっくり行きましょう」


足元に注意の向いていたフランツが驚いて顔を上げると、アリシアが光を背に受けながら、自分に手を差し伸べているのが見えた。

一瞬、その光景に見とれて言葉を失ったフランツだったが、すぐに我に返って言った。


「まさか、アリシアに手を貸してもらうことになるとは思わなかったよ。本当は僕がエスコートしなきゃいけないのに」


苦笑いをしながらも差し出された手をとった。

アリシアにフランツを支えることはできない。

二人はそのまま手をつないだ状態で、領主の後姿をゆっくりと追いかけることにしたのだった。



木々の間を抜けた二人の前には、垂直に切り立った岩と、その上から落ちてくる大量の水、そして、その滝壺と、そこから下流に向かって流れていく川の道が続いている。

水のない所は木々で覆われているので、おそらく誰も近付かない秘境なのだろう。

森の中にいる時から聞こえていたが、周囲に遮るものがなくなると、水の叩きつける音がより大きく聞こえるようになる。


「素晴らしい場所ですね」


手つかずの自然の作り出した美しい光景に、フランツは感嘆の声を上げた。


「はい。ここは住人にも教えていません。この水は街や畑を潤す源泉です。人が入り込むことで汚染されてしまっては生活が維持できなくなりますから。まれに川をさかのぼってたどり着くものはいるかもしれませんが、途中、似たような崖がありますからここまで上ってくるには回り道をするしかないと思います。そのためか幸いにも、水質で問題が起きたことはありません」


領主が説明する。


「そのような場所を私が知ってしまってよかったのでしょうか……」


アリシアが不安そうに尋ねると、穏やかな笑みを浮かべて領主はうなずいた。


「アリシア様は自然の重要性を人一倍ご理解されている方と存じますので、是非ご覧いただきたかったのです。森の辺境領以外にもこのような自然の残る地域があることを覚えておいていただきたいと思います」


アリシアは話しを聞きながらじっと透き通った水を眺めながら言った。


「この水は飲めるのですか?」

「ええ、飲んでも問題ありません」


それを聞いて、アリシアは滝壺の近くまで足を進めた。

フランツが近くに隠れているエルの方にちらっと目を向けると、問題ないという合図が返ってきた。

そんなやり取りに気がつくこともなくアリシアは、足が水に触れないように位置を決めるとしゃがみこみ、そこに流れ込んでいる水を手ですくい上げて口をつける。


「とても冷たくておいしいですね。人に汚されることがないからこそ、こんなに美しい水がここまで届いているのでしょうか」

「そうですね。下流でも飲料水として利用しています。街の近くでは念のため煮沸して提供しておりますが、子どもたちは川で泳いだり、水を飲んだりしています」


そのやり取りを見ていたフランツも、アリシアの隣に移動して水を口にした。


「フランツ様?」


アリシアが驚いてフランツの方を見た。


「冷たくておいしい水というのをアリシアと共有したいと思ってね。この水を口にできただけで、足場の悪い森を歩いてきた価値があるかもしれない」


慣れない道を歩いていたのだ。

表情を崩さなくても息が切れるくらいの運動量だったに違いない。

フランツの喉が渇いていたのも事実である。


「お二人とも、もう少ししましたら戻りたいと思いますが、休憩なさいますか?」


領主が水辺にしゃがみこんでいる二人に声をかけた。

周囲に木々がそびえているため解りにくいが、おそらくそろそろ出ないと戻る前に日が暮れてしまうということなのだろう。


「名残惜しいですが、暗くなる前に戻りましょう」


フランツは自分が先に立ち上がると、アリシアの手を取った。


「それではまいりましょう」


行きと同じように領主が先導して森の中を進んでいくのを二人が追いかける。

フランツも長く歩いて道に慣れたのか、足取りがスムーズになっていた。

無事に馬車まで戻り、領主は二人を宿まで送り届けた。



「本日はありがとうございました」

「こちらこそ、お会いできて光栄でございました。大半が山でご案内できるのはこのくらいしかございませんが、また是非お立ち寄りください」


二人の挨拶が済むと、領主がフランツに近づき耳元で囁いた。


「フランツ様、少しお話ししてもよろしいでしょうか」

「ああ、構わないが……」


そう言いながらフランツはアリシアの方を向く。


「アリシア、先に部屋に戻っていてくれるかな。僕は彼と話しがあるんだ」

「はい。では先に戻って少し休ませていただきます」


アリシアは素直にフランツの指示に従って一人で部屋に戻ることにした。

そして改めて二人に礼をしてから宿の中に入る。


「ここではなんですから、中でお伺いしましょう」


フランツはアリシアが一階から離れる頃を見計らって領主を宿の中に招き入れた。


「では、お言葉に甘えまして……」


領主はフランツの後について宿の中に足を踏み入れるのだった。



二人は一階の食堂に向かい合わせで腰をかけた。

お茶を出された後は人払いをする。


「どうされましたか。改まって……」


人が周囲にいないことを確認してからフランツは口を開いた。


「やはりあの土地へも行かれるのですか?」

「ああ、呼ばれているからね、行かないわけにはいかないんだ」

「そうですか」


彼が心配しているのは次に行く場所のことのようである。

フランツも今回の視察からは外したいと考えていた土地だったが、各所に連絡をした際、どこから情報が漏えいしたのか今回の視察のことを知られてしまい、逆に招待を受けてしまったのである。


「何かあったのか?」

「いえ、お分かりかと思いますが、あそこにはお二人の仲を良く思っていらっしゃらない方々がいらっしゃいます。本日のお二人を見て、私は邪魔されることなくお幸せになってほしいと心から思いました。どうか、彼らにはお気をつけください」


フランツは人間関係をこじらせようとしてくるであろう土地の管理者のことを思い出していた。

おそらくアリシアも不快な思いをすることになるだろう。

フランツは彼らのことを、アリシアには明日の移動中にその旨を伝えることに決める。


「わかった。覚悟はしておくよ」

「どうかお気をつけて」


領主は念を押すかのように言った。

彼も何を企んでいるのか、正確な情報を持っていない。

あくまで彼らが何かをしようとしているということだけが聞こえている状態だった。

情報に不確定要素が多いため迂闊な発言をすることはできない。

ただ、自分は彼らの味方であり、それらしいことを匂わせるしかできないというのが領主としてできる最大限のことだった。

話しが終わると領主は席を立ち、宿を後にした。

そして彼を見送ったフランツは、次に向けて気を引き締めるのだった。

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