家族との密会
初等学校三年目に入ったアリシアは、いよいよ学生らしく勉強中心の生活を送らなければならなくなった。
二年目に選択していた強化を外して他を受講することは父親に認められなかった上、貴族科目は二年目以降受講が可能になる芸術を追加するように父から言われ、しぶしぶ承知することになった。
開拓科目は自領のことだけではなく、他の領地のことも知りたかったので自ら継続を希望した。
それに加えて将来弟が継ぐことはわかっているが、少しでも弟の負担を減らしたいと、商学科目も自分の意思で受講することに決めていた。
このようなことが重なり、結果的に時間や行動に制約が増えてしまっていた。
残念なことに学校のある日は森に行くことは困難になってしまったのである。
そこで、これまで見つけたいくつかの場所をお昼に訪れてみることにした。
アリシアが二年目の時点で目をつけた場所は二ヶ所ある。
一つは、校舎内の芝生。
木々に囲まれた渡り廊下の奥には青々とした芝生が広がっているが、渡り廊下に沿って植えられている木に葉が茂っている春から秋にかけては、その廊下からあまり芝生の方が見えないようになっていた。
そして、芝生の奥は辺境の森に続いている。
校舎内から森への道は開かれていないため道はないのだが、防犯のため一定の場所で高い壁にぶつかるようになっている。
そのため、森側から誰かが来ることはほとんどない。
一か所だけ頑丈な扉が設置されており、開拓の研修でそこから出かけることがあるらしいが、実地研修は年に数回程度なのでその日を外せば、芝生を含めて生徒が立ち入ることはないようだった。
上の階の校舎から見下ろせば誰かいることくらいはわかるかもしれないが、距離が離れていれば話をしていることはわからないだろう。
もう一つは温室である。
ここは主に開拓科目の授業で植物について学ぶために利用されているようだが、授業がない時はほとんど人が立ち入っていないようだった。
ベンチなどもあるが、お昼休みにここでご飯を食べる人もいない。
たまに世話をする庭師がやってくるようだが、ほとんどが授業前に作業を済ませてしまうようで、人目はないに等しかった。
とりあえずこの二ヶ所を妖精や動物たちに提案して、来られるかどうか確認してみると、
「大丈夫だよ」
「やってみよう」
という前向きな返事が来たので、お昼休みの時間にはそこに行くことに決めた。
しばらく続けているうちに、お昼の食事は基本的にパンを持参して、晴れた日は芝生の上、天気の悪い日や気候の悪いときは温室のベンチで過ごすようになった。
芝生に座ると鳥や動物たちが自然と集まるのでそこで戯れ、温室に行けば妖精たちが植物の影から現れるので話をする。
人間の気配は彼らが感じ取って教えてくれるので、そこに人間がいることがわかった時点で移動するか、いなくなるのを待って会話を再開する。
学校内での密会にはいつの間にか暗黙のルールができていた。
本来お昼休みは食事をとる時間として設けられている。
校舎内にはカフェテリアや学食があり、商品を購入しなくても座席を利用することができる場所として提供されている。
多くの生徒はお弁当を持参して席だけ利用しているが、料金を払えば料理やデザートなどを注文することも可能である。
これらの場所はお昼になると学生が押し寄せるため大変騒がしい上、席の取り合いに参加する必要があり、とても落ち着けるような場所ではない。
騒がしく人で溢れかえった場所は、アリシアにはとても耐えられない空間である。
逆にこの場所に人が集中するからこそ、芝生や温室に人が来ないということも分かっていた。
「実技の授業が辛いの。勉強だけならいいのに」
アリシアは温室のベンチでため息をつきながら言った。
「アリシアは勉強大好きだよね」
「あれー?ダンス嫌いだっけ?」
集まっている妖精たちが各々の意見を口にする。
「勉強大好きではないけど、新しいことを知って行くのは楽しいわ。まだまだみんなには追いつけないし、たくさん教えてもらわないといけないわ」
「体を動かすだけでいいならダンスは好きだけど、相手と一緒に踊らないといけないの。相手のことを考えると自分が自由に踊れないから楽しくないわ」
アリシアは聞き取れた意見に答えていく。
最近は学んだことを確認したり、楽しく会話をする時間より、学校の授業に対する不満を話すことが多くなっていた。
本来であれば同じ授業を取っている生徒同士で会話をする内容なのだろうが、彼女には共有できる人がいなかった。
妖精や動物たちは、さすがに人間特有の授業に関してのサポートはできないし、本当に理解することもできない。
アリシアもそのことはどこかで分かっていたが、話せる人が他にいなかったのである。
授業に関して内容を理解しているのは両親かもしれないが、ここまで好成績を修めているため、学校生活で彼女がストレスを抱えているということには全く気がついていないだろうし、小さい弟に手がかかっていることを知っているので心配をかけたくない。
しかも両親はアリシアのために授業が必要だと思っているため、授業が嫌だという話をするわけにはいかない。
そもそも授業中に余計なおしゃべりをすることがないので、どのように気持ちを整理していいか分からなくなっていた。
このまま悪い感情をため込んでしまっては、アリシアが壊れてしまう。
彼女の異変をいち早く察知したのは森の家族たちだった。
妖精や動物たちは学校が忙しくなったというアリシアから発せられる空気が重たくなっていくのを感じていた。
森にさえ来てもらえればたくさんの力を借りてサポートできるが、学校という環境ではそれが難しい。
それに森に来た時にアリシアは自分たちに助けを求めていた。
学校に来てほしいと。
だからこそ、彼らは休み時間や授業後に何とかそのストレスを吐き出させておきたかった。
せめて不満を吐き出してもらえるうちは聞いてあげよう。
彼らは壊れそうなアリシアに寄り添うことにしたのだ。
アリシアは前年度の成績が良かったため、継続して受講する科目はステップアップして一段階難しいことを要求されるようになったが、座学において新しい知識を得ることは楽しくて仕方がなかった。
一方、実技の授業は、内容が進むほど、アリシアにとって苦痛が大きくなっていった。
特に貴族科目は人と何かを行う内容が増えてきたが、彼女自身が人間と関わることが苦手なため、かなりのストレスがかかる。
前半では講師をパートナーとしていればよかったが、授業が進むにつれ、生徒同士でやり取りをする機会が増えたことも負荷を大きくしていた。
その話を聞いてくれるのはやはり人間の家族ではなかったのである。