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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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海の魔力

少女が海に帰っていったことを見届けると、アリシアはフランツに声をかけられる前に彼の方を見た。


「アリシア、どうしたの?こんなところで」


アリシアは準備していた言葉を笑顔で言った。


「フランツ様、先ほどまで海上にきれいな虹が出ていたのですよ」


海の生き物たちが頑張って作ってくれた虹はすでに時間が経ち消えてなくなっていた。


「アリシアは虹を見に来たの?」

「……はい」


アリシアの様子に状況を察したフランツはため息をついて気持ちを落ち着かせてから言った。


「波が迫ってきているから、一度砂浜まで戻ろう」


そしていつものように手を差し出す。

いつの間にか潮が満ちてきているためか、随分と海面が近い。

アリシアが手を取ることに少し躊躇っていると、すぐにフランツはその挙動に気がついた。


「大丈夫?何かあったの?」


その声で我に返ったアリシアは、慌ててフランツの手に自分の手を重ねた。


「大丈夫です。何でもありません」


そうして滑らないよう足元を気にしながら二人は砂浜まで戻った。

そして手をつないだ状態で海沿いを戻りながら歩いているとフランツが足を止めた。


「アリシアはこの街が気に入ったようだね」


アリシアは思わず横からフランツの顔を見上げた。

するとフランツは不安そうな表情でアリシアを見下ろしていた。


「え、は、はい。そうですね。またここを訪ねてきたいと思います。是非来ることができたら、と」


話しながらなんとか平静を取り戻そうとするが、フランツの表情を見ているうちに不安が増して思わず俯いた。


「うん、わかった。また来よう。だから、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ」


アリシアがやさしくなだめるような声に応えようと頭を上げると、穏やかな笑顔が向けられている。

その表情を見た瞬間、少女の言った言葉が頭をよぎった。

そして少女の後悔がまるで今の自分のことのように感じられて急に涙があふれた。

驚いて涙を見られまいとフランツから手を離して背中を向ける。

アリシアはフランツに背を向けたまま、両手で目頭を押さえて俯き、声を殺して落ち着くのを待った。


「ずっとそうやって一人で抱えてきたの?」


離された手を思わず見つめてつぶやいたが、聞こえていないのかアリシアからの返事はない。


「ごめん、僕はずっとこうやって一人でアリシアを泣かせてきたんだね」


フランツは体を背けたアリシアの前に回りこむと正面から彼女を強く抱きしめた。


「僕は自分の大事な人に、こんな形で背を向けられるのは嫌だな。正直、どうしていいか分からないよ。だけど、話さなくていいから、せめて僕の腕の中にいてくれないか」


アリシアは自分の涙を止めようと力を入れているせいか、フランツの腕の中で黙って震えている。

フランツはただそんな彼女を胸に抱いて、子どもをあやすように肩をポンポンと叩くことしかできないのだった。



アリシアが落ち着いたところで二人は浜辺から別荘に戻ることにした。

とにかく部屋に戻って涙の跡を隠す時間を作りたい。

そこで、一度それぞれの部屋に戻って、ある程度の支度を整えてから朝食に向かうことに決めた。

朝食後、馬車に荷物を積み込んで、次の街に出発することになっている。

準備をしていても不自然ではないし、アリシアが部屋から出てくるのが遅れても、荷物を整理していたと言えばいい。

一度別れて、しばらくしてからフランツはアリシアの部屋を訪ねた。

静かにドアを開けたのはアリシアである。


「もう大丈夫?」

「はい。先ほどはお恥ずかしいところをお見せしてしまいました」


着替えを済ませて、準備を整えたアリシアがうつむきながら言った。


「そんなことないよ。他の人に見られなくてよかった。部屋から出られそう?」

「はい」

「じゃあ行こうか」


そうしていつもと変わらない朝に見えるよう、二人は食堂に降りていった。



二人が食事をしている間、フランツが荷物を整理したことを告げたため、二階から馬車へと荷物の移動が開始された。

食事をしている二人にも階段を行き来する音が聞こえる。


「早めに終わらせて様子を見てきた方がいいでしょうか?」


アリシアは心配そうに言った。


「何か気になることがあるの?」

「はい。先日こちらに来た時、すべての荷物を降ろしていただいたので、王宮まで使わない荷物と、これから使う荷物を分けておいたのですが、一応運んでいただくお話した方が良いのではないかと思いまして……」

「わかるようになっているんだよね?」

「はい。一つ一つの箱にそのように書いた紙を貼っておきましたから、お分かりいただけると思いますが、食後に運び出しの様子を見るつもりでしたので……」


アリシアが部屋にある荷物の状態について説明をするとフランツが近くにいた一人に声を掛けた。


「だそうだ。すまないが、確認してきてくれないか」

「かしこまりました。お二人はどうぞごゆっくりお食事をお続けください」

「よろしくお願いします」


アリシアは慌てて頭を下げる。


「遠慮しないで。そのくらいのことは頼んでもいいんだよ?」

「でも、私はまだそのような身分ではありませんし……」


ここは王族の別荘である。

使用人たちに指示をさせるのは王族であり、自分ではない。

分別はわきまえているつもりである。


「じゃあ、僕に言ってくれればいいよ。それにアリシアをそのまま部屋に戻したら、一緒に荷物を運んでいそうな気がしたんだ……」


フランツの言葉をアリシアは否定できなかった。

確かに自分が森の辺境領を出るときに説明しておかなかったことが原因なので申し訳なくて一緒に運んでいたかもしれない。

二人が食事を進めながらそんな会話をしていると、荷物は無事に分けられており、すでに積み込みがすべて終わっていることを伝えられた。


「それじゃあ、食事が終わったら出発だね」

「はい」


こうして二人は少し食べるペースを上げて食事を済ませるのだった。



食事を終えて馬車に向かった二人は、出迎え同様に並ぶ人たちに見送られることになった。

フランツは慣れているのか、彼らの間を堂々と通って馬車に向かうが、アリシアは少し恐縮しながら、笑顔でお礼を伝えて進んでいく。


「アリシア様」

「はい」


挨拶をしているうちにフランツと少し距離ができたところで、アリシアは使用人に引き止められた。


「何かございましたか?」


アリシアはその場に立ち止まって声を掛けてきた人の方を振り返った。


「本当にありがとうございました」


彼らが一斉に頭を下げる。


「一体何の話でしょうか……?」

「フランツ様は、子どもの頃から来た時のようにはしゃぐことはありませんでしたから、アリシア様とお見えになって、あのように嬉しそうな感情を見せていただいただけで、私たちはとても嬉しかったのです」

「そうでしたか」


おそらくバルコニーに向かって走っていった初日の話をしているのだろう。


「フランツ様はアリシア様とお会いになってから、ずいぶんと感情が豊かになられました。お人形のようだったフランツ様が……」

「そんな、私は何も……」

「どうかこれからもフランツ様をよろしくお願いいたします」


口々に彼らがフランツへの思いとアリシアへの感謝を伝えていく。

アリシアは彼らの期待に応えられるか不安に思いながらも、とりあえず微笑みながらうなずいて、馬車に乗り込んだ。



「何か言われたの?」


馬車に乗り出発して別荘を離れるとフランツがアリシアに聞いた。


「あ、いいえ。少しご挨拶をさせていただいただけです。お待たせして申し訳ありませんでした」

「別にいいよ。あやまることではないから」

「フランツ様は、あの別荘の方々に慕われているのですね」


わざわざアリシアを引き止めて、フランツをよろしくお願いしますと頼むくらいである。

彼らは自分たちがフランツについていたいと思っているのではないかと感じたくらいだ。


「そうかな。確かに幼い頃、僕はここが好きでよく来ていたから、今でも心配されているのかもしれないね」

「フランツ様をお願いしますと言われてしまいました。いつも迷惑を掛けているのは私の方なのに……」


少しうつむいたアリシアの顔を上げさせようとフランツは話題を変えた。


「アリシア、そろそろ海の景色は見納めだからね。気に入ったのなら見ておくといいよ」


フランツの言葉でアリシアは外の景色に目を向けた。

徐々に山道に向かっているのか海が遠くなり、木々が多くなってくる。

そして、その木々にさえぎられる形で海が徐々に見えなくなっていった。

二人は馬車の中で流れていく景色を黙って眺めていた。

アリシアにとっても思い出深い場所となった海の街、また訪れたいとひそかに願いながら、次の街へと意識を切り替えることにした。

外では海鳥たちが移動する馬車が街を離れるまで、空を飛び回りながら見守っていたが、馬車の中にいる彼らの目に入ることはないのだった。

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