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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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少女が変えたもの

「この馬車はどこからどのように?」


二人の疑問を先に口にしたのはフランツだった。


「これから通る道を使えば馬車も通れます。ただしすごく回り道になるのです。それに馬車の道を使ってしまうと大きく道を外れるので、街の中を案内ができないものですから」


馬車は緩やかな道を下りながら、街からどんどん遠ざかっていく。


「私はこの街とここにいるすべての人たちを誇りに思います。この先どのようなことが起こるかわかりませんが、私は領主として、彼らにできるだけ安心して生活できる環境を整えたい。だからこそ考えられる自然災害について聞きたいと……、先ほどは先走ってしまいました」


馬車が動き始めると、領主が切り出した。


「いいえ、領主としてこの街を思う気持ちが伝わってきました。先ほどの話ですが、自然も私たちも常に変わりますから、今、その時その時で共存していく道を模索するしかないのかもしれません。こちらが自然環境に強く干渉すると、今あるバランスが崩れて良くない方向に行くこともあります。例えば森を切り開いて拡大する森の辺境領で、やみくもに伐採を行うということは、動物の住処を奪うことになります。そうすれば動物は住むところがなくなって人家を襲ったりする。海もきっと同じなのではないですか?」

「確かに。潮の流れを考えず港を増設するために形を変えれば、海の水が街に流れ込むことになるかもしれない」


馬車は時々方向を変えながらも常に下っている。

舗装が行き届いているようで、揺れも少ない。


「どうしても大きな変化が必要な時や、人間が間違えた時は、自然の方から教えてくれる、私はそう考えています。森の辺境領も今は領地拡大より調査を重視しています」

「そうでしたか。私たちもこの道を作る時は念入りに調査いたしました。緩やかな坂になるようにしなければ馬が上れませんし、道として削ることができないところが出てしまうと道を広く作ることはできませんし、地盤の緩いところを避けないと馬車が通った際の荷重に耐えられず崖に転落しかねませんから」


頂上までの道を蛇行させることで道の勾配を緩やかにし、馬車を通れるようにするため、道を広く作ったということのようだ。

道を下り終えると、馬車は海沿いの道にたどり着いた。

どうやらここが合流地点となるようである。


「このように離れた場所を通りますので、街の中を案内するのが難しいのです。お疲れかと思いますので、このままお屋敷へお送りしようと思いますが、どちらかに立ち寄られますか?」

「そうだな。今日は戻らせてもらうよ」


フランツの返事を受けて、馬車は王族の別荘へと戻っていくのだった。



別荘に到着して二人が降りると、領主は最後に、


「滞在中、何かお困りのことがございましたら、いつでもおっしゃってください」


そう言い残して去っていった。


「本日の視察、お疲れ様でございました」


馬車が戻ってきたタイミングで準備をしたらしい使用人たちが、その挨拶を聞いてドアを開けて二人を迎え入れた。


「少し疲れているから、部屋で休もうと思う」

「畏まりました」


フランツはアリシアを気遣いながら部屋の前まで付き添った。


「大丈夫?」

「はい。少し休めば夕食には……」

「そう、よかった。じゃあ夕食の時に」


そうして一度お互いの部屋に戻って休憩をすることにして別れた。



休憩後、夕食を済ませて部屋に戻りながら、フランツは少し話があると伝えた。

フランツはアリシアが話した後にすぐに休めるよう、彼女の部屋で話しをすることを提案する。


「視察の件で大事な話をしなければならない。皆はずしてくれ」


部屋に着くなりフランツの命で使用人たちは一斉に部屋の外に出された。


「あの、大事な話とは何でしょう?私何かしてしまったでしょうか……?」


少し話をしたいということだったため、世間話程度に考えていたアリシアは困惑した。


「驚かせてごめん、そういう話ではないんだ」

「では一体……?」


人払いが済んだことを確認したフランツは、アリシアの向かい側に座ると話し始めた。


「領主の館で話をしていた少女のこと、ずっと考えていたんだ。当時のことなんだけど……」

「当時の、ですか?」

「おそらく、今のように領主側、本人に拒否するという権利は認められていなかったように思う。王族の一員になることはそれだけ名誉なことで、それを苦痛と感じる人がいるなんて考えに至らなかったのだろう」


ここまで聞いて、世間話のようなものだが、極秘事項である婚約の条件の話が入るため人払いをしたということをアリシアは理解した。


「僕が知っているのは、この件があってから、この政略結婚に本人の拒否権が認められるようになったのがこの時期だったということだけだけど、もし、彼女がこの土地を離れたくなかったのに、無理やり王都に連行されるようなことになっていたら、さらに悲しい事件が起こっていたかもしれないね」

「そうでしたか。でもなぜ私にその話を……?」


世間話にしては内容が重い。

確かに自分は彼女と同じように王族特有の制度によって婚約者になったが、これは機密事項であり、その内容を知っているだけでも大変なことなのに、周囲には一切知らされることの許されなかった過去の真実を聞かされているのだ。

アリシアはまだ婚約者という立場でしかない自分が知ってもいい話しではないような気がした。


「アリシアは彼女のことをすごく気にしていたようだし、僕の知っていることはこのくらいしかないけど、少し状況が違っていたということは説明しておいてもいいんじゃないかと思ったんだ。それに僕は……」


口にしたくない言葉なのか一度唇をかんで、呼吸を整えてからフランツは言った。


「僕はアリシアを同じ目に合わせている気がするから……」

「そんなことは……」

「彼女がどういう経緯で館からいなくなったのかは分からないけど、僕には彼女が自分の意思で館からいなくなったように思えるんだ。僕はあんな形でアリシアを失いたくはない」


少女が館からいなくなった時の真相はわからない。

ただ、彼女はこの街から離れたくなかったと聞いた。

アリシアも森に身を置こうとして婚約直前に家を飛び出したことがある。

アリシアの場合は、先の見えない生活が原因だったというし、上級学校への進学で森を離れて暮らすことを自ら選んでいたし、王妃教育も精力的に取り組んでくれているのだから、少女ほど自領に執着が強いわけではないだろう。


「不安なことがあったら言ってほしい。僕にできるだけのことはするから」


不安そうに自分を見つめるフランツに、アリシアは微笑みかけた。


「ありがとうございます。もう充分していただいていますから、大丈夫ですよ」


その微笑みを見てフランツは諦めたように言った。


「今日は大変な一日だったから、ゆっくり休んで。疲れているのにごめんね」


フランツが立ち上がる。


「いいえ、教えてくださってありがとうございました。おやすみなさい」


アリシアはフランツの後を追い、ドアのところまで見送ると、ドアの開く気配を感じたのか人払いされた使用人が戻ってくる。


「おやすみ」


フランツはその使用人と入れ違うようにアリシアの客室を後にして自分の部屋に戻っていった。

アリシアはその姿を見送ると、使用人に手伝われて寝る支度を済ませベッドに入るのだった。

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