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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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海の館の歴史

フランツと別荘に戻ると、使用人一同に迎えられた。


「おかえりなさいませ」

「うん。ご苦労様」

「朝食の準備は整えてございます」


そのやり取りを見ると、彼らに心配をかけていたという様子が見られない。


「アリシアは疲れていないかい?早朝から散歩に連れ出しちゃったけど大丈夫?」


謝ろうか悩んでいたアリシアが様子をうかがっていると、自分に話を振られた。

どうやらいなくなったという扱いではなく一緒に散歩してきたということになっているらしい。


「はい、大丈夫です」


一緒にここを出たわけではないので、どう説明したのか分からないが、そういうことになっているのだろうと話を合わせることにした。


「朝食を食べたら領主のところに挨拶に行くから、着替えを頼む」


さりげなく本日の予定をアリシアに伝えるように使用人たちに指示を出すと、フランツはアリシアの手を引いて食堂に向かうのだった。



食事と着替えを済ませたアリシアたちは、予定通り海の街を管理する領主の元を訪ねた。

案内を受け、廊下を進み階段を上り始めると、中段以降から肖像画が壁に飾られていた。


「あら、この絵画……」


飾られた肖像画の一つに見覚えのあるものがあった。

肖像画の中に描かれているのは、窓際にある椅子に座った少女の絵で、少女は窓に映る海を背景にかしこまった様子で微笑んでいる。


「どうされましたか?」


立ち止まったアリシアに案内をしていた執事が気付き、彼も足を止めた。


「いいえ、この絵画、素敵だと思いまして」

「お褒めいただき光栄でございます。こちらは、まだこの領主の館が海沿いにあった時に描かれたものでございます。もう、かれこれ百年以上昔の話と聞いておりまして、現在そちらの館はすでにないと伺っております」

「そうでしたか……」


絵の中の海には場所を特定できるものは描かれていなかった。

他の建物や岸壁、砂浜すら見えないということは、かなり海の近いところにあったということだろう。


「何か気になることでもあるの?」


フランツもアリシアに声をかける。


「この時は建物がかなり海の近くにあったように思えましたものですから。海沿いの方が海の往来を確認できたのではないかと……。私の家が森を背にしているのとは少し事情が違いますよね」

「それはですね……申し上げにくいのですが……」

「そうだね。私から話そう」


上の階から見下ろす形で、階段の中段で足を止めているアリシアたちに紳士が声をかけた。


「上からで申し訳ありません。ようこそわが館にお越しくださいました。途中からお話しが聞こえておりましたが、海から離れた事情は私が説明しましょう。こんなところで立ち話もなんですから、まずはお部屋へどうぞ」


彼はそういうと覗き込んでいた頭を引っ込めた。

アリシアたちは促されるまま、絵の前を離れて階段を上り、そこで待っていた彼の後に続いて部屋に向かうのだった。



「さて、何から話しましょうか」


部屋に案内されて落ち着いたところで紳士は口を開いた。

彼は海の街の領主であり、この館の主でもあるという。

年は三十半ばくらいだろうか、もしかしたら領主を引き継いだばかりなのかもしれない。


「そうだな。では最近の街の様子を聞いてから、先ほどの話を伺うことにしましょう。街で変わったことは?」


すでに決まっていたかのようにフランツが答えた。


「街で変わったこと……特に大きな問題もなく、改めて報告するようなことはありません。貿易上も変化はなく、取引先各国とは友好関係が続いています」

「そうか。おそらくいつもの報告通りなのだろう。後で街を歩いて気になることが見つかれば確認するとしよう」

「かしこまりました」


二人の話は簡単な確認だけで仕事の話が終わった。

よほど信頼関係が強いのか、後で視察をするから良いと考えているのかはよくわからないが、あまりにもあっけなく終わったことにアリシアは驚きつつも、フランツの様子をうかがった。


「これは形式的なものだからね。それに今回の目的はアリシアを紹介することだから」


視線に気がついたフランツは、館に来てからずっと浮かべている慈愛の笑みを崩さずに説明した。

アリシアはフランツの方を向いてうなずくと、再び領主に視線を戻した。

彼は二人のやりとりを微笑ましそうに見ている。


「どうした」


彼の表情が気になったのかフランツが聞いた。


「いいえ、何もありませんよ」


領主は少し含みのある返事をしてから続けた。


「それでは先ほどの肖像の少女の話をしましょうか。少し古い話になりますので私も口伝で聞いただけですけれども……」


そう前置きすると彼は当時のことについて話し始めた。



「当時、海の領主の館は、もっと海に近いところにありました。王族の方々の別荘よりももっと近くに。当時の館には海側に入口があって、館の敷地から船に乗って海に出ることもできたと聞いています」


話を聞いているとアリシアが想像していた以上に、彼らは海と近いところで過ごしていたようである。

森の辺境領でも、領主宅に裏口を作って森とつなぐようなことはしていない。

動物や賊が侵入しやすくなるためだ。

アリシアからすれば動物たちは自分が何かしなければ危害を加えてくることはないと言いきれるのだが、歴代の領主からすれば動物は脅威だっただろう。


「それで、あの少女ですが、領主の長女として生まれ、明るくて利発で、とても海の好きなお嬢さんだったということです。そして彼女には生まれながらに決められた結婚相手がおりました。それは貴族からすればよい縁談だったの聞いています。ところが、彼女は相手が判り、話が進んでいくと、だんだんふさぎこむようになったそうです。それを当時の領主は一時的なものだろうと、特に大事としてとらえなかったのです」


どうやら彼女も何代か前の王族の結婚相手に指名された一人だったようだ。

海の街も海外と繋がる要所の一つだから、領地とのつながりを維持するために、森の辺境領と同じように連絡が来ていた可能性は高い。


「そして、彼女はこの領地から相手の領地に嫁ぐことが正式に決まりました。縁談が進んでいくことを喜ぶ領主と、この土地を離れたくなかった彼女の間で亀裂が生まれてしまったようです。彼女は、結婚は構わないがこの土地にいたいと懇願したにも関わらず、その唯一の願いが聞き届けられないと知ると、家を飛び出してしまったそうです」


アリシアには彼女の気持ちがよくわかった。

あれだけ仲がいいのだ。

海が好きというだけではなく、彼らと本当に離れたくなかったに違いない。


「少女は発見されて家に戻ったのですが、その数日後、珍しく海が荒れたのだそうです。その際、海側の入口から館に水が押し寄せて一階部分が水没したそうです。幸いにも領主は上の階に避難していて無事でしたし、大切なものほとんどは一階にはなかったそうです。ですが、少女だけが忽然と姿を消してしまったということです。流された物はなかったようなので、水にのまれたのであれば館の中に少女の亡骸が残っているはずだ。それがないのならどこかで生きているはずだと領主は懸命に少女を探したのですが、結局彼女が見つかることはなかったそうです。飾ってある肖像画は婚約者に彼女を紹介する際に描かせた絵姿なので、彼女だけ幼い姿のまま、というわけです」


どうやら現領主はアリシアが足を止めた理由が、一人だけ若い女性の肖像であることが気になったと判断されてようである。


「そうでしたか……」

「それで、領主の館が浸水するような危険な場所にあるのは良くないということになりまして、内陸に館を建てて引っ越したのです」


彼もその後のことはわからないのだろう。

仮にアリシアの考えが正しければ、この時点で王族との話は破談になっている。

そしてこの段階で相手のことを子孫が知らないということは、少女がいなくなったのは正式な婚約前であり、領主も彼女も契約を守り抜いたため、真相は誰に知られることもなく、館移転の歴史として後世に語り継がれたということだろう。


「お話しくださりありがとうございました」

「いいえ。古い話ですから」


フランツは話を聞きながら不安を覚えつつも、アリシアと領主がにこやかに話している様子を笑みを崩さず黙って見ているしかできないのだった。

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