狼との触れ合い
「なあ、アリシアどうするんだ?」
「どうするって、連れて帰るに決まってるだろう」
「どこに?」
エルの言葉にフランツは我に返った。
彼女を抱えて連れ出したものの、どこに連れていくかは考えていなかったのだ。
一刻も早く、彼女を動物の王から引き離したかっただけである。
「そうだな……」
歩みを遅め、どこに向かうかを考える。
「森を出る前に彼女を起こすことにするよ。人のいないところを探さないといけないな」
「学校からの道なら人はいないと思うぞ?」
「ああ、そうしよう」
とりあえず進路を決めた二人は学校に向かうことにした。
「あのさー」
「なんだ?」
「ちびっこがついてきてるんだけど……」
フランツが足を止めて振り返ると、少し距離をあけたところから、狼の子どもたちがこちらの様子を伺っていた。
茂みの中から頭を出していて、隠れているつもりなのか、隠れるつもりなのかよくわからない。
「アリシアを起こすときに近くに呼べばいい」
「じゃあ、そう言ってくるわ」
エルが子どもたちに伝言すると、彼らは茂みから飛び出してフランツの足元近くを歩き始めた。
しばらく森を進んだところで、倒れている太い木を見つけた。
長いベンチのような高さで、並んで座るにも充分な幅がある。
フランツはアリシアを抱えたまま自分が座り、一度アリシアをひざの上に乗せると、片手で彼女の体を支えながら上着を脱いだ。
そして、彼女に羽織らせると、起こさないように隣に座らせて、自分の肩に彼女の頭をもたれさせた。
アリシアが降ろされると、子どもたちが木に飛びついてよじ登ったり、端から器用につたってアリシアの元にやってきた。
彼女が眠っていることが分かるのか、子どもたちは勢いよく飛びついたりせず、彼女に寄り添うように膝の上に顎を乗せたりすり寄ったりしている。
「エル……アリシアはどうしたいんだろう……」
落ち着いたところで動物の王に投げかけられた言葉が脳裏をよぎる。
「それは本人に聞きなよ。あと、自分がどうしたいのかちゃんと伝えないと分かんないと思うぞ?」
「そうだな……」
「人間ってさ、自分の感情を隠すのはうまいけど、伝えるのは下手だよな。そろそろ、目を覚ましそうだから見えないところに行くよ」
話を途中でエルはアリシアが身じろぎしたことに気がついて意識が戻ると判断し、身を隠すためフランツから離れた。
フランツもエルが離れたことを確認すると、この場をうまく収めることに集中するため頭を切り替えるのだった。
「おはよう。アリシアは動物に好かれるんだね」
アリシアが目を開けると、そこは森の中だった。
そして草のベッドではなく倒れた木の幹の上に座っていて、狼ではなく人間の男性に身体を預けている。
そこで、体をもたれている相手がフランツであることに気がついて慌てて身体を起こそうとしたが、背中に回されている彼の腕に阻まれた。
「急に動くと危ないよ。それに膝の上の子たちが落ちてしまう」
アリシアが自分の膝に目をやると、狼の子どもたちが膝の上にあごを乗せて眠っていた。
改めて自分の肩を見ると、体が冷えないように上着をかけられている。
「あ、あの、申し訳ありません」
自分がどうしてこのような場所にいるのか分からない。
しかし、狼の住処に行ってそこで寝ていたはずということを口に出すこともできない。
状況を理解できないまま、アリシアはひとまず謝罪の言葉を口にした。
そんなアリシアの慌てぶりが可愛く、フランツは笑いをこらえて言った。
「ん?別にアリシアが謝るようなことは何もないけど」
「でも、あの、この状況は……」
「よっぽど疲れていたんだね。この子たちが温めてくれていたみたいだよ」
目を覚ました子どもたちが首を傾げてキュイーンと鼻を慣らして、アリシアの気を引いた。
そして、自分の体をアリシアにこすりつけたり、鼻をすりつけたりしている。
「私が帰ってこない間に、この子たちが生まれたみたいですね」
アリシアは子どもたちを一匹ずつ撫でていく。
「……離れるのは寂しい?」
フランツはアリシアの動物を愛しむ様子を見ているうちに、そんな言葉を口にしていた。
自分がアリシアとこの森の家族たちとの間を引き離しているように感じたのである。
「そうですね……。寂しいですけど、もともと住むところも違いますし、また会えると思いますから大丈夫ですよ。次に会うときはきっとこの子たちはもっと大きくなっていると思います」
「うん。そうだね」
アリシアの返事に、少なくとも森で暮らそうと考えていないことが読みとれて、フランツはホッとしていた。
それに子どもたちの親のこと、動物の王の話題には触れないですみそうな流れである。
「フランツ様は動物は苦手ですか?」
アリシアが不安そうな目でフランツを見ていた。
「苦手ということはないけど、今まで関わることはなかったな」
「撫でてあげたら喜びますよ」
アリシアに促されてフランツが狼の子どもたちに目を向ける。
子どもたちを自分が撫でるということは考えていなかった。
フランツがアリシアを支えていない方の手をそっと子どもたちの前に手を差し出すと、子どもたちは不思議そうにじっとその手を観察し始めた。
「警戒されているようだよ?」
フランツが手を引っ込めようとすると、アリシアがそれを止めた。
「大丈夫ですよ。初めて見るものですから最初は警戒しますけど、大丈夫だと認識されれば触らせてくれます」
「そうかな」
フランツがしばらく不安そうに子どもたちの様子をうかがっていると、やがて一匹が鼻を近づけてくる。
「鼻の頭をなでてあげてください」
アリシアに言われるがままフランツがゆっくりと手を動かして、狼の子どもの頭に手を乗せると、その子どもが自分の手に頭を擦り付けてきた。
フランツは何とも言えない感動し、同時に初めての感覚に戸惑いを覚えた。
そして力加減が分からないので、恐る恐る体を撫でてみる。
「ふわふわで温かいな」
「そうなんです。毛が柔らかくてふわふわなんですよ、この子たち。触り心地が良くてずっと撫でてられます」
アリシアと狼たちがお互いにすっかり気を許している関係であることを見せつけられたことにもやもやとしながらも、懐かれると無碍にはできず、この子を可愛いと感じる自分がいてとても複雑な気持ちになる。
一方の子どもたちはしばらく撫でられていると、いつの間にかうとうとし始めた。
「寝たり起きたり忙しいな」
急に静かになった子どもたちを見ながらフランツは言った。
「すぐに疲れてしまうみたいですね。次に起きたらおうちに帰るように言いましょう。もうすぐ夕方になりますから」
木陰になっている森の中にいてもアリシアには時間が分かるらしい。
「そんな時間になっているのか。よくわかるね」
フランツが感嘆の声を上げる。
「色とか、角度とかでしょうか。何となくですけど、日が傾けば影は長くなりますし、森に差し込む光が多くなったり少なくなったりするので、それで時間がわかるんです」
「アシリアは、森と一緒に生きてきたんだね」
「はい。ここは私の故郷ですから。森の辺境領は貿易と、森の資源によって活かされています。本当はもっと森を壊さずに大切にしていきたいのですが、私たちも生活をしていかなければいけませんから、森から資源を奪うのはできるだけ最低限にしたいんです」
確かに今の森には木々がたくさんあり、きれいな水がたたえられた泉があり、動物たちも森の奥にいて、人間との住み分けが成立している。
アリシアはそのテリトリーをできるだけ崩さないようにしたいと言いたいのだろう。
そしてフィリウスはそんな森の声に耳を傾けるために彼らと交流をしているということだ。
「急に森の木を大量に伐採したりはしないように気をつけよう。そのような事業がないようにすることくらいしか僕にはできないけど、この子たちの生活も守ってあげないといけないね」
フランツは改めて父親に言われた言葉を考えた。
人間ではない者と交流するというのはこういうことなのだろう。
フランツがそんなことを考えていると、
「よろしくおねがいします」
アリシアが頭を下げた。
「アリシア、頭をあげて。お願いじゃなくて、一緒にそうしていくんだよ。そのために僕に力を貸してほしい」
アリシアはその言葉を聞いて黙ってうなずいた。
それを見てフランツは笑顔で答えたが、フランツは頭を下げたアリシアに、どこか距離を感じていた。
この森には敵わないかもしれないが、自分も家族として扱われたい。
この先の未来を彼女と一緒に築いていきたい。
フランツはこの旅で何とか距離を詰めていこうと決意を新たにするのだった。




