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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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動物の王

「エル、どうかしたのか?」


懐かしく学校を眺めていたフランツが森を気にしているエルに話しかけた。


「ああ、森が騒がしいなと思ってさ」

「騒がしい?何かあったのか?」


フランツは見えないところで火事などがあったのかと心配で聞いたがそうではないらしい。


「ちょっと詳しい話を聞いてくるから待っててくれよな」

「ああ、わかった」


エルがフランツに指示を出すというのはよっぽどのことである。

フランツは状況を早く知るためにエルの行動を了承した。



エルがその場を離れたのは本当に数分のことだった。

どうやら状況が分かったらしい。


「どうだった?」


フランツの問いに、エルは答えにくそうに言った。


「アリシアが動物の王の住処に行ったらしい。子どもたちが彼女を連れていったみたいだ」

「……それは、まずいことなのか?」


フランツにはよくわからない感覚である。

自分も妖精の王に会っているし、会うくらいならいいのではないかと思っている。


「前に厄介なのに好かれてるって話しただろう?あいつもその一人なんだよなぁ……。アリシアが危害を加えられることはないと思うけど、戻ってこない可能性はあるかな」

「戻って……こない?」

「ああ、だって、アリシアってもともと彼らと一緒に育ったんだろう?」

「どういうことだ?」


エルの言葉の意味はやはり理解できない。

彼女は貴族の娘だ。

フランツから見れば彼女を育てたのはクレメンテやアニーである。


「いや、前にいなくなった時もアリシア森で見つかってるし、相談相手は森にしかいないんだろう?彼女が彼らとの生活を望んだら、間違いなく連れ戻すのを阻止されると思うけど」


フランツは学校に背を向けて森を睨んでいた。


「まあいっか。とりあえず迎えに行くなら彼のとこに案内するよ」

「ああ、頼む」


フランツはエルに案内役を頼み、そこから森に足を踏み入れた。


エルについていき、辿りついた先は不思議な空間で、茂みに覆われていて太陽の光が届かないはずなのに明るく、若葉の香りで満ちていた。

茂みはトンネルのようになっており、見る限りでは一本道のようだ。


「この先だ。いくぞ」

「わかった」


フランツは体をかがめて、エルの後を追いかけるのだった。



フランツが来ることを察知した動物の王は、体を人狼の姿に変えた。

そして寄りかかっているアリシアをひざの上に乗せて横抱きにし、その体を自分の胸にもたれさせる。

それから、近くに転がっている子どもたちは草のベッドの上に乗せ直した。

ベッドに整列するように並べられた子どもたちは、王をじっと見上げた。


「お客様が到着したようだ。お前たちはおとなしくしてなさい。ベッドの上から下りてはいけないよ」


彼が言うと子どもたちはその位置でうなずいた。

子どもたちの返事を確認すると、動物の王は入口の方を見つめて様子をうかがう。

親の目がなくなった子どもたちは、ベッドの上から下りなければいと思ったのか、彼の周りを駆け回り始めた。

彼はそんな子どもたちを見下ろして、張りつめた空気を少し緩めるのだった。



フランツがトンネルを進んでいくと少し開けた場所に出た。

そこには人狼と子犬のような白い狼がいた。

フランツは彼の胸に頭を寄せて眠るアリシアを見るやいなや、威嚇するような低い声で聞いた。


「あなたが動物の王ですか」

「いかにも」

「珍しいな、その姿になってるなんて」


エルが口を挟む。


「ああ、そうだな。狼のままでは話しにくいだろうから姿を変えたのだ」

「本当にそれだけか?別に元の姿でも話は通じるぞ?」

「まあ、どう思おうとお前の勝手だ」

「はいはい」


動物の王と名乗るのは白銀の毛をまとう人狼だった。

彼の周りを子どもたちと思われる狼が駆けまわっているが、彼らの毛は白く、毛玉が転がって遊んでいるように見える。

フランツは立ったまま、王とその子どもたちを見下ろして言った。


「動物の王よ。申し訳ないが、彼女は私のフィアンセです。お返しいただきます」


動物の王はアリシアを愛しむように向けていた視線を上げた。

そしてフランツを見るなり鋭い目つきに変わる。


「ほう?」


彼女の頭をなでながら王が言う。

フランツはその動作に不快感を覚えるが、取り乱すわけにはいかない。


「私といる時の方が、君といるよりも安らいでいるように見受けられるがね」

「彼女に何をした」


目覚める様子のないアリシアを見て、フランツは彼らに何かされたのではないかと感じた。


「何もしていない。話をしていただけだ。朝から森にいて疲れているようだから休ませた。まあ、折角来たのだ、座ったらどうだ」

「いいえ、結構です」


どんなに穏やかに話しかけられようと、フランツは彼への警戒を解くことができない。


「まあいい。それでは昔話でもしておくとしよう。この子は、ずっと人間から距離を置かれて育ってきた。幼いころから人間の集団に危害を加えられてきたのだ。言葉だけではなく、時には暴力を受けることもあった。物をぶつけられるなどは日常茶飯事だ。頭を掴んで引きずられて意識を失くすようなこともあったな。我々はそんな彼女を癒し見守ってきた」

「幼い頃から……」

「そしてこの子は、一度は選択したのだ。我々と、森と生きることを」


フランツがアリシアについて報告を受けるようになったのは、自分が森の辺境に留学してからのことである。

中庭の一件がなければ、おそらく彼女について報告するようにという指示すら出さなかっただろう。

その前にも調査をしているが、その際には素行に問題はないとか、頭がいいということくらいしか情報として挙がってきていなかった。


「彼女は我々と交流できることを知られたために、人間でありながら、人間に迫害されてきた。故に、人間の中に置かれた彼女は常に孤独を強いられる」


何も言わないフランツに王は続ける。


「王族も所詮は人間。この子を孤独にする者に変わりはないのではないか」

「いや、さすがにひとくくりにされたら可哀そうだよ」


エルがフランツをかばう。

つい最近までアリシアが王宮で置かれていた立場が彼の言った通りである。

妖精や動物と交流しているという話がなくても、アリシアを孤独にしてしまったのは事実だ。

しかしそれを表に出すわけにはいかない。


「とにかく、彼女をここに置いておくことはできない。連れて帰ります」


フランツは眠ったままの彼女を動物の王から奪い返すと、起こさないように抱きあげた。

そして彼女を抱えたまま、元来た道を戻っていく。


「そなたにこの子を受け止められるのか?」


動物の王はフランツの背に投げかけた。

フランツはその声に応えることも振り返ることもなく王から遠ざかっていく。

そして誰にも見えない位置まで来ると、足を止めることなく唇を強くかむのだった。



エルは後に続いて立ち去る前に、疑問に思っていたことを動物の王に投げかけた。


「なぁ、アリシアが人間にいじめられるたびに助けていたのはあんたか?動物の王」

「ああ、そうだ」

「やっぱりそうか。でもさ、彼女は人間だからね?」

「わかっている。人間じゃなかったらどんなに良かったか」


彼はエルをじっと見つめて言った。


「お前さ、フィリウスにもあってないんだってな」

「フィリウス……、ああ、次期人間の王か。話には聞いている」


動物の王にとって、フィリウスはその程度の男である。

どうやら、妖精たちとも交流を持とうとしているようだが、わざわざ会おうという気はなかった。


「まあいいけどさ。アリシアも人間だからさ、同族の中で生活できるのが一番の幸せだと思うぞ?」

「わかっている」

「ふぅん……わかってるならいいけどね」


エルが立ち去ろうとすると、動物の王は自嘲気味に言った。


「まさかお前に牽制されるとは思わなかったな」

「そうか?」

「確認したかっただけだ。彼が森に来て泉の女神と話をしたことは聞いている。彼らのことは遠くから見守っておくことにしよう。何もなければ手は出さぬ」

「ああ、そうしてくれよな」


そう言い残してエルはフランツの後を追っていった。

残された動物の王の足元には、丸まってくっつき合っている子どもたちが転がって眠っている。


「お前たちも、残念だったな」


そう呟きながら彼は子どもたちを一匹ずつ撫でるのだった。

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