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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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懐かしの学舎(まなびや)

森の辺境領に到着した翌日。

アリシアは朝から一人、森に出かけることにした。

久々に森の家族との対面が叶う。

アリシアにとってこんなにうれしいことはなかった。

実家で朝食を済ませると、アリシアは動きやすい服装に着替えて出かける準備を整えて家を出た。

もしかしたら護衛の人が家の前にいるのではないかと少し不安もあったが、実家の警備を信用してくれているのか、王宮から同行した人が家の前で待っていることも、ついてくることもなかった。



「アリシアだー」

「ほんとだー」

「おかえりー」


アリシアが森に足を踏み入れると、どこからともなく妖精たちが迎えに来た。


「ありがとう。ただいま」


周囲には聞こえないように彼らの声に応えると、彼女は慣れた足取りで森の奥に入っていった。

妖精たちもその後を追いかけてくる。


「泉に行くの?」

「ええ。あそこなら人間が来ないからゆっくりお話しできるわ」


アリシアは足を止めることなく答えた。


「じゃあ、みんなに言ってくるー」


妖精たちは行き先を確認すると一斉に四方八方に散っていった。

アリシアは妖精たちを見送りながらも、人間の目に止まらないよう注意しながら泉へと向かった。



アリシアが森を抜けて泉に着くと、すでに泉の近くの原っぱに鳥や狼たちがいた。

泉に近づくと、泉の女神もすでに笑顔で彼女を待っている。


「おかえりなさい、アリシア」


泉の水際ぎりぎりまでやってきたアリシアに、女神はやさしく声をかけた。


「ただいま帰りました、女神さま。お久しぶりです」


アリシアは返事をすると濡れない場所を探して腰を下ろした。

すると近くで戯れていた鳥や狼たちがアリシアの元に集まってくる。


「みんな元気そうでよかったわ。この子たちははじめましてかしら?」


足元にすり寄ってくる小さい狼たちをなでながらアリシアは声をかけていく。

一通り挨拶を済ませたところで、アリシアは久々に彼らとたくさんの話をした。

学校を卒業したことや、婚約が決まったこと、お王妃教育を受けていることだけではなく、王宮にいたバラの妖精の話や、初代国王の墓のことなども彼らには話した。

ここ二年にあったことを話し始めると、本当に忙しい日々を送っていたということを改めて感じた。


「こうしてたくさん話をするのは久しぶりだわ」

「そうだったのね」


アリシアの中からどんどん言葉が生まれてくる。

王宮の中での話相手はバラの妖精しかいない。

毎日のように遊びに来てくれるとはいえ、フランツや侍女たちの目を盗んで会話するため、時間が限られていた。


「ここ最近でこんなに長く話すことがなかったから。私のことばかり話してしまったわ。最近、森で変わったことはなかった?」

「ええ、ここは相変わらずよ」

「よかったわ。ここは私にとって大事な場所だもの」

「アリシア来てくれて嬉しいー」


妖精たちも相槌を打つ。

穏やかな時間を過ごしながら、アリシアは次いつこの場所に来られるのか不安になる。


「これからもうまくやっていけるかしら。またしばらく来られなくなるわ。きっと、二年よりももっと長い時間……」

「そうね。でも、私たちはいつまでも待っているから大丈夫よ」

「また会えるよー」

「いつでも待ってるよー?」


妖精たちに励まされても、アリシアの不安は消えない。

本当はここで妖精たちと話をしながら楽しく過ごすのが一番の幸せなのではないかと、改めて考えてしまう。


「私……」


それを口にしかけたところで泉の女神は彼女の言葉を遮った。


「アリシア。あなたは、あなたが思っている以上に愛されていると思うわよ?」

「……それは私の地位が高いからかもしれないわ」


人間に愛されているなどという自信はどうしても持てない。

確かに王都で知り合った中には親しくなった人たち、声をかけてくれる人たちはいる。

それは自分で線を引いて接しているため、彼らがアリシアのことを本当に理解しているかと言われると違う。

彼らの知っているアリシアは、優等生を演じているアリシアであって、今のように気さくに話をしたりするようなアリシアではないのだ。


「そうね……。でも、隠しているつもりでも、隠し切れていないかもしれないわよ?」


泉の女神はフランツがここに来たことや、その時の様子を知っていたが、それ以上は言わなかった。

これは二人で歩み寄るべき問題であり、彼と話をしたことはここにいる妖精や泉の女神からアリシアに伝えられることではない。

それは王族についている高位な妖精、妖精の王が判断することだ。


「隠せていないのなら……、私が王宮で避けられるのはそのせいかもしれないわね」


アリシア自身はうまくやっているつもりだったが、王宮内でも一人で不自然な会話をしているところを見られてしまっているのかもしれないと思った。

より一層気をつけなければ、王都でも孤立してしまう。

大人になれば嫌がらせはさらに陰湿になるものだ。

フランツに知られて婚約を破棄されるようなことになってしまっては、今までの努力が無駄になるだけではなく、家名にも傷がついてしまう。


「そろそろ戻るわ」


随分と長く話していたようで、気がつけばお昼を過ぎているようで、まだ明るいものの太陽が少し傾き始めていた。

アリシアが立ち上がろうとすると、


「こっちくるのー」

「もっと遊ぶのー」


アリシアを気に入った狼の子どもたちがアリシアをなかなか離そうとしない。

座っている膝の上で振り落とされまいと踏ん張っている子や、スカートを足で押さえている子、布にかみついている子もいる状態である。


「わかったわ。一緒に行くから案内してちょうだい」


まだ日が暮れるまで時間はある。

すっかり懐かれたアリシアは、悩んだ末、子どもたちに言われるままついて行くことにした。

子どもたちはアリシアの足元にくっついてすりすりと体を寄せて喜んだ。

膝に乗っていた子もいつの間にか降りている。


「また……」


目の前の女神や妖精たちへの挨拶もそこそこに、引っ張られるようにアリシアは立ち上がると泉の草原を後にすることになった。

その様子を泉の女神と妖精たちは温かいまなざしで見守るのだった。



一方その頃、フランツは一人、初等学校の門の前にいた。


「こうしてみると、懐かしいな」


あまり長くいると警備の人間に見つかってしまうので、すぐに壁に沿って移動する。


「なぁ、近衛たち撒いてきてよかったのか?」


エルがフランツに尋ねた。


「エルにこの場所のことを話しておきたかったからね。僕が彼女に始めてあった場所なんだ」

「そっか。わかった」


フランツがエルと話しながら、校舎の周りにある壁に沿って歩いていくと、だんだんと森が見えてきた。


「ここら辺だと思うんだ」


フランツは歩調を緩めると、じっくりと壁の方を見ながら進んでいく。


「何があるんだ?」


エルはフランツが何を探しているのか解らずに聞いた。


「あった!」


フランツが足を止めたところには狭い門のようなものがあった。

フランツは門に手を掛けて奥を覗き込んでいる。

木々の奥に見えるのは、芝生と校舎をつなぐ回廊である。


「ここで彼女は鳥たちと戯れていたんだ。僕はその奥の回廊から、アレクと二人でその様子を見ていたんだけどね。留学のときは変装していたから、彼女は僕が当時の留学生ということは知らないんだ」


フランツは思い出話をはじめた。

その後いじめの現場を目撃した時のこと、翌日に温室で彼女と話をしたこともフランツはエルに話した。

エルは黙って聞いていたが、何か思うところがあったようで、


「やっぱり、厄介なのに気に入られているというのは本当なんだな」


と、ぽつりとつぶやいた。

そんなエルのつぶやきはフランツの耳に届くことはなかった。


「ところで、何でこんなところに門があるって知ってるんだ?」


今度は聞こえるようにエルがフランツに問いかける。


「ん?さっき話したアリシアに手を出していた生徒が、ここの門から森に行った帰りだったはずだから、その場所からなら中が見えるんじゃないかと思ってね」

「そっか。せっかく来たんだから中に入れば?」

「いや、ここは関係者以外、生徒の親でも校舎内に入れない決まりになっている学校なんだ。公務でもないのに自分だけ特別扱いしてくれなんて言うつもりはないし、相手を困らせるつもりもないからいいんだ。ここからこの場所が見られただけで充分だよ」

「そういうもんか」


フランツの人の良さに呆れつつもエルはそれ以上何も言わなかった。

フランツが校舎内を懐かしそうに眺めている間、エルは森につながる門に背を向けて森の方を見ながら、色々考えるのだった。

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