それぞれの秘め事
アリシアがお墓を後にするのを見送ったフィリウスは、再び先祖の墓に向き直った。
「よかったですね。ここに足を運んでくれる人が増えて」
フィリウスは先祖に向かって話しかけた。
「ところで……」
その墓石の先に隠れているものにも話しかけることにした。
「そろそろ出ておいで」
墓石の陰から、フィリウスに声をかけられたバラの精が頭をのぞかせた。
「何かしら?」
墓石を盾にするかのようにフィリウスの方を見ている妖精に、彼は完璧に作られた笑みを浮かべて尋ねた。
「君が彼女にこの場所を教えたのかい?」
彼の浮かべた笑みに若干の恐怖を覚えつつもバラの妖精は答えた。
「……そ、そうよ!だってあまりにも長い間、フィリウスが放っておくから可哀そうになって」
「それでアリシアを呼んだの?」
「ええ」
王宮に長く住んでいるフランツの方が彼らにとってよく知った存在のはずである。
それなのになぜアリシアを選んだのか、フィリウスはそこが気になった。
この場所を教えるくらいバラの妖精にアリシアは相当信頼されているということだ。
「何でフランツじゃなくてアリシアだったんだ?」
「フランツ?だってあの子、エルとは話すけど私たちと話すことないもの」
「あぁ、なるほどね」
彼らと接する回数はフランツよりアリシアの方が多いということだ。
アリシアはまだここに住んで一年も経っていないはずだが、すでに彼らと仲良くしているらしい。
一方のフランツは妖精や動物とあまり直接話すことはなく、すべてエルを通してしまっているようだ。
「庭にもよく遊びに来てくれるから、お花の選定の仕方も私が教えたのよ。アリシアはとっても上手だわ」
「そうか。じゃあ、アリシアは君たちと話ができるんだね?」
「あ……」
バラの妖精が今まで隠れていたのはアリシアのためだった。
つい話しかけてしまって、アリシアを困らせてはいけないと思ったのだ。
フィリウスに見つかるつもりはなかったのである。
「大丈夫だよ。アリシアには私が知っているってことは黙っている。それに私のことも知られては困るからね」
「そう……。人間って大変ね。フィリウスも、フランツも、アリシアも、みんな私たちと話ができることを隠して生きていかなきゃいけないなんて」
「そうだね」
妖精に誰が情報を共有しているかという話をする必要ない。
お互い知らないと思ってもらっていた方が後に情報が漏れる心配もないと考えて妖精の意見を肯定した。
「フィリウスは、アリシアの味方?」
ふいに妖精の方から質問を受けた。
「ん?そうだね。今のように私たちと仲良くしてくれるなら、彼女の味方、だね」
フィリウスが答えると、妖精はじっと彼を見て、
「そう」
とだけ言った。
そんな様子にフィリウスが妖精に問いかける。
「ずいぶんと肩入れしているようだね」
「だって、アリシアには私たちしか味方がいないもの。いい子なのに可哀そうだわ」
「そうか」
「フィリウスはあんまりいないから仕方ないわ」
妖精たちは関係の強いアリシアを身内として扱い、あまり来なくなってしまった自分を部外者として見るようになってしまったようだ。
はじき出されたわけではないが、少しさびしいとフィリウスは感じた。
「あまりいじめないでやってくれ」
墓石の辺りから男性の声が響いた。
「あらだって……」
「君たちも分かっているだろう?」
男性が妖精を諌めている。
「ご無沙汰して申し訳ありません」
声の主がだれなのかを理解したフィリウスが、墓石に向かって頭を下げた。
「畏まる必要はない。お前が無事にここに戻ってきてくれたらそれでいいよ」
声の主がフィリウスにねぎらいの言葉をかける。
「ご心配ありがとうございます。おかげで世界の生き物たちとの交流は進んでおります。この先、この国の安寧を保つために力を借りることができるでしょう。もう少し挨拶をして回ったら、この地に戻り王位継承の準備に入ります。そうしたら、ここにも参りますから、その時までお待ちください」
「良い王になり、幸せになってくれ。フィリウスよ。お前が頑張っていることを、私も現国王もよくわかっているつもりだ。世間は冷たい目でお前を見るかもしれないが、お前が見てきたものはすべて自分の糧になっているはずだ」
「はい」
「あと、一つ進言しておきたいことがある。お前の代わりに王宮に繋がれている第二王子だが、もう少し視野を広げさせた方がいいだろう。お前が落ち着いたらしばらく外に出してやったらどうだ」
フィリウスも同じことを考えていた。
フランツは王宮の中に居すぎた。
自分がいないために、もっと外を知りたい知るべきという叶わぬ欲望を抑え込み、その思いはアリシアを得て守るための努力として昇華してしまった。
このままでは自分とは対称的に、彼は外とのつながりを作れず苦労することになってしまう。
「そうですね。善処します。国王にも話してみましょう。おそらく私が戻らないが故の犠牲ですから」
フランツを外に出すと自分が中にいなければならない。
今まで自由に過ごしてきた分窮屈な生活になるが、その窮屈な面はすべてフランツに被せてきたのだ。
先祖にまで釘を刺されては仕方がない。
そろそろ自由な生活は潮時なのだろう。
「そういえば……、一つ確認したいのですが」
「なんだ」
「アリシアとはお話しされたのですか?」
フィリウスはアリシアが彼らとどのくらい交流しているのか気になっていた。
まさか初代国王とも雑談をするくらい親交を深めているとは思いたくないが、どうしても知っておきたかった。
「アリシアと、話はしていないな。普段は二人でくるんだよ。アリシアとフランツが二人でね」
それぞれが自分が彼らと話せることを知らせていないので、ここでは特に何も会話をしていないようだ。
彼らはただ、二人でお墓の周囲を整えて、花を供え、祈りを捧げて帰っていくのだという。
「話はできていないが、私を思いやる気持ちは二人から伝わっているよ。そのうち話してみたいものだな」
「ありがとうございました。私もそろそろ戻ります」
フィリウスは最後に姿勢を正し、祈りを捧げると、初代の墓を後にした。
「フィリウス、何かあったのかしら?」
バラの妖精が初代の王に話しかけた。
「さあな。ただ、そろそろ王となる覚悟を決めなければならないのだ。神経がとがっているのだろう。そこにあの娘が来たから、あまり話したいことも話せなかったのではないかな」
「そうかしら?」
「あとは、そうだな。この場所は他の人に知られたくなかったのかもしれないな。それをお前が教えてしまったから拗ねているんだろう」
フィリウスにとってこの場所は秘密の場所だったに違いない。
このような場所があることを教えれば、たくさんの人間がここに来るはずなのに、誰も来ないのは、彼がこの場所について誰にも言いたくなかったから黙っていたからなのだろう。
「あいつも人のことは言えないな」
「そうね、そんなんじゃフランツのことは言えないわ」
フランツにアリシアが弱点にならないようにと忠告していた男にも、そんな幼さが残っていたということである。
「あまり彼をいじめないでやってくれ」
「ふふふっ。わかったわ」
妖精と初代王はフィリウスが去ってからそんな話をしながら、彼らをこれからもこの地で見守ることを改めて確認し合うのだった。




