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貴族としての選択

大切な話をするという当日。

アリシアは寄り道もせず、父クレメンテの言いつけを守り、学校からまっすぐに帰って昼食を済ませた。

食事を終わらせ、まだ食事中の母親に代わって弟を抱えると、自分の椅子に戻る。

いつもアニーが食事を食べにくそうにしているのが気になって、お手伝いしたいと自分から名乗り出たのだ。

慣れるまでは膝に乗せるのも不安そうで、乗せられた方も泣き出すなど、最初からうまくいっていたわけではないが、アニーには一生懸命お姉ちゃんになろうと頑張っているアリシアがほほえましく、できる限り任せることにしたのだ。

弟が生まれて半年くらいが過ぎ、手を握るのもおっかなびっくりだったアリシアも、面倒をみるのもだいぶ板についてきていた。

それからというもの、自分が食べ終わったら母親のもとに行って、弟を膝に乗せて座って食事が終わるのを一緒に待つというスタイルが定着するようになったのだ。



アリシアは弟を膝の上に乗せてやわらかいほっぺたをつつきながら、向かい側でお茶を飲んでいる母親に聞いた。


「大事なお話って何かしら?」

「そうね、何かしら?」

「お母さまにもわからないの?」

「そうなの。だからこれから一緒に教えてもらいましょうね」

「はい」


アニーもこの日、クレメンテが何を話すのかは聞かされていなかった。

ただ、学校から届いた進路に関する手紙の内容の中に、選択科目の中に貴族教育があることから、できるだけ早くから組み込みたいという意図があることはわかっていた。

けれど、ここでアリシアにどこまで何を話すのかは分からなかった。

本当に好きなものだけを勉強させるための相談なら、その席にアニーは必要なく、二人で相談すればいいはずだ。

そこにアニーが同席するということは、アリシアにどのように説明をしたのかを目の前で見てもらうためだろうということだけはわかった。

アニーはお茶を飲み終えると執事に主への伝言を頼み、アリシアとその場で声がかかるのを待った。



伝言を頼むと間もなく、二人は家の中にある書斎に呼ばれた。

アニーは侍女に子どもを預けると、アリシアを連れて書斎に入った。

そして、促されるまま二人は並んでソファーに腰を下ろした。

執事にお茶を用意させながら、きりの良いところで仕事の手を止め、学校の書類を片手にテーブルをはさんだ向かい側の席に着いた。

執事は主の分のお茶を出すと、静かに部屋から出て行った。

おそらく人払いもすませてあるのだろう。

アニーはこの雰囲気から、やはり話すのかと覚悟を決めた。


「大事な話というのはだな。お前の将来についてのことだ」


七年くらい前と同じように言葉を選びながらクレメンテは話し始めた。


「アリシア、お前にはすでに親同士が約束した婚約者がいるんだ。学校でもこれから教わると思うが、貴族は好きな人と結婚できないことも多い」

「もう相手が決まっているのですか?相手はどなたですか?」


驚いたアリシアが問うが、当然答えることができないので、クレメンテは用意された回答をかみ砕いてわかるように説明することにした。


「それはまだ言えないんだ。本当なら早く会ってもらってお互いをよく知った上で結婚してほしいのだが、相手の都合があるのでな。会えるようになったら連絡をもらえるからそれまでは待ってほしいと言われているんだ」

「そのために私は貴族科目を全部取らなければならないのですか?」


見ず知らずの相手のためになぜ自分の自由が奪われるのかという意識が働き、アリシアは父親に少し強い口調で返した。


「そうじゃないわ」


アニーはやさしく声をかけた。

彼女は声に反応してこちらを向いたアリシアの頭をなでる。


「でも……」

「アリシアはあまり意識したことないかもしれないけれど、私たちは貴族として国のお仕事をしなければならないの。街のお店の人たちが大きくなったらお店を継いでいけるようにお勉強するのと同じで、アリシアにはこの家……、この領地や国、外国のことをお勉強して、国のためにお仕事ができるようになってほしいのよ。そのために必要なのが貴族科目のお勉強なの。結婚をしてもしなくても、アリシアが大きくなってから必要となるものよ」

「そうなの?」


アリシアはアニーとクレメンテを交互に見た。

視線を受けた方は黙って首を縦に振って応じた。


「うちで教えられることは限られる。この先、貴族として他の人に見られたり、緊張している状態でもマナーを守って行動することを求められるようになる。できるかどうかを実践するのは学校の方がいいし、学校は失敗が許される。そこでできるだけ多くの経験を積んでほしいんだ。もちろん勉強したい科目があればそれを選んでも構わないよ」


つまり、言われた科目の受講は最低条件で、そこに自分が好きな科目はいくら追加しても構わないということだ。

貴族科目は教養などの座学以外にマナーやダンス、音楽に乗馬など科目数が非常に多い。

しかも初級から上級までの段階があり、貴族科目を集中して受講しても数年はかかってしまう。

アリシアが貴族科目に加えて好きな科目を受講するということは、森に行く時間が極端に減ってしまうということになる。


「そんなにたくさんお勉強しても、全部覚えられないわ」


アリシアなりに森に行く時間をどうにか増やそうと、クレメンテに思いついた言い訳をぶつけるが、


「最長十年、そこで貴族科目の全科目を習得してくれたらいいが、始めるのは早い方がいい。だから少しずつ、できれば途切れることなく受講し続けてほしい。これはお前の将来にかかわることだから」


と、押し切られてしまった。


「それから……この先、どこにいても貴族として、令嬢として恥ずかしくない行動を取るように心掛けてほしい。どこで誰に見られているか分からないからね。振る舞いについては家だけではなく学校でも教えてもらえるから、それを守ってくれたらそれでいい」


言いにくそうにクレメンテはこう続けた。


「はい。がんばります」


勉強を頑張ることという意味だととらえてアリシアは返事をした。

まだ淑女としての教育を受けていないアリシアには、おてんばな行動を控えるようにという意図は伝わっていないようだった。

クレメンテはアリシアの様子からそのことに気がついたが、せっかくアニーの機転で前向きに貴族科目を受講してくれることになったのだから、婚約の相手に迷惑がかかる可能性があるという野暮なことを口にするのはやめようと、話をまとめることにした。



相談の結果、アリシアは手始めに貴族科目の教養、ダンス、マナーを次年度から開始し、それ以降は翌年考えるということで決着した。

そこにアリシアが受講を希望した開拓科目の基礎を加えて学校に提出、次年度のクラス編成を待つことになった。

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