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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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フィリウスのお小言

アリシアと別れたフィリウスとフランツは、王宮内の庭園にいた。

本当であればアリシアとフランツが朝の憩いのひと時を過ごす予定だった場所である。

庭の中でも人目につかないところまでやってくると、足を止めたフィリウスが振り返ることもなく言った。


「フランツ……、ちょっと浮かれていないか?」

「何ですか、いきなり」


フランツはフィリウスの背中に向かって答えた。


「長年の片思いが叶ったのは良かったと思うよ?自分の思う女性と結婚できる貴族は少ないからね」

「……だからなんでしょう?」


意図が伝わらないことを悟ったフィリウスは振り返ってフランツをまっすぐに見た。


「アリシア嬢はお前のアキレス腱になりそうだね」

「どういう意味ですか」


突然アリシアの名前を出され、フランツは動揺する。

フィリウスはそんな動揺を見せるフランツをからかうように続けた。


「いや、予想以上の溺愛っぷりで驚いたってことだよ」

「なっ……」

「私が彼女に声をかけて手を握っただけで、あんなに睨まれるとは思わなかったな」


フランツは自分の感情を読まれているとは思わなかった。

あの時、フィリウスはアリシアを見ていたはずである。

自分が明らかに不機嫌になったことは自分でもわかっていたので、表情にも出さないように気をつけていた。

それでもこの兄は、自分の一瞬の行動を見落とさなかったということだ。

ここは素直に答えるしかない。


「それは、あなたが何をするか読めないからだ」


拗ねたのか、諦めたのかわからない言葉にフィリウスは思わず笑いだした。


「あたりまえだろ?読まれてどうするんだ。それが友好諸国でも敵国でも身内でも、読まれないようにすることができなくてどうする」


フランツの兄としてというよりも、世界を相手にしている男としての発言である。

フランツも将来同じような立場に立つことになる。

自分が正式に王位継承をして動けなくなった時は、フランツにこの仕事を託さなければならない。

国の将来がかかっていることも多いのだから、甘いことは言っていられない。


「試したんですか」

「そうだね」

「悪趣味ですね」

「一番わかりやすいからそうしたんだ。そもそも、私は彼女に一切危害を加えていない」


フィリウスは不機嫌そうに答えるフランツを諌めながら、話しを続ける。


「二人の時までそうしろとは言わないが、彼女を守りたければ、それぐらいスマートにこなして見せろってことだ。特に公の場においては」

「肝に銘じておきます」


見た目にわからないと思っているかもしれないが、こんなことでふてくされているような態度が見られるのはまだまだだと、フィリウスは思いつつ、そろそろフランツを執務に戻そうと考えて、口を開いた。


「そうそう」

「なんですか」


また何か言われるのかと、フランツは何も隠すことなく不機嫌な口調で返事をした。


「私は数日滞在した後、また諸国をめぐってくるから、国内のことはお前に任せるんでよろしく」

「承知しました。兄上」


フランツの返事を聞くと、フィリウスは彼に背を向けてどこかに向かって歩き出した。

フランツはそんな兄の背中を眺めながら大きく息をついた。

フランツは何に置いてもフィリウスに勝てたものがない。

決して悪い兄というわけではないが、少々おせっかいが過ぎるので、長く話していると疲れるのである。

なかなか追いつくことのかなわない兄の背中が小さくなるのを、見えなくなるまで目で追いかけてから、フランツは自分の仕事に戻るべく、執務室に向けて歩き出すのだった。



「おはようございます」


誰もいないはずの執務室だが、なぜか今朝に限って鍵が開いていた。

そのため用心の意味で声をかけて、アレクは入室したのである。


「おはようございます」


そんなことも考えず、アリシアは仕事をしていた顔をあげて笑顔でアレクを迎えた。

アレクはさわやかな返事があったことにも、そこにいたのがアリシア一人であることにも驚き、少しの間呆然と立ち尽くしていたが、すぐに我に返った。


「何していらっしゃるんですか!」

「少し早くお仕事を始めておりました」


確かにアリシアの前には処理中の書類がある。


「いや、そういう時は呼んでください。お急ぎのお仕事があるならなおさらです!」

「急ぎのお仕事は今のところない……と思います」


入室する際に目についた書類も散らかっていたが急ぐような内容ではなかった。

その後、執務室が開いていることに気がついた人たちが次々と書類を持ち込んできたが、アリシアは一人で対応していた。


「すでに他の方がお持ちになった書類も一応仕分けしておきました。分けるために内容を見ましたけど、急を要するものではないと思います」


机にはすでに仕分け済みの書類の山ができている。

アリシアの仕事の速さに驚かされながら、アレクはお礼の言葉を口にした。


「……ありがとうございます」

「少し休憩しますから、お茶入れますね」


アレクが定位置に座るのを確認すると、アリシアはすぐに準備を初めて手際よくお茶を出した。


「アリシア様、本日はどうされたんですか」

「実は、フランツ様が朝からフィリウス様に呼ばれて出られたものですから、少し早いですが、お仕事を始めてしまいました」

「もしかして、退屈されてました?」


アレクはフランツが時間のある時にアリシアを連れまわしていることを知っていた。

今日も仕事の量から考えるとその予定だったはずだ。

その予定がなくなったのだから、することがなくなってしまったのだろうとアレクは考えた。


「退屈というか、手持無沙汰でしょうか。こちらに向かっているところでお呼び出しがあったもので」

「……わかりました」


フィリウスが戻っているなら仕方がない。

あの方はいつも急に戻ってきては、いつの間にかいなくなっているのだ。


「朝からアリシア様に入れていただいた、おいしいお茶もいただきましたし、張り切ってお仕事させていただきますよ」


アレクは話が終わらせるとお茶を流し込んで作業を始めた。


「よろしくおねがいします」


アリシアもお茶を片付けると再び作業に戻るのだった。



「遅くなって申し訳ない」


フランツが執務室に戻ってきたのはお昼前だった。

執務室の扉を開けると、粛々と作業を進めているアリシアとアレクの姿があった。


「本当に助かるよ」


フランツが座るのを確認し、すぐにアリシアがお茶を用意する。


「お疲れさまでした」

「ありがとう」


アレクは気位ばかり高い侍女より、アリシアの方が仕事ができて気がきくのではないかと感心していた。

アリシアは率先して細かい気配りをしてくれるが、本来であればアレクが行うべき仕事である。

お茶を給仕したアリシアはすぐに自分の仕事に戻っていく。


「ところで、今日は何の話だったんだ?」


アレクはいつもの世間話をするように聞いた。

フランツはアリシアの方を気にしつつ、当たり障りのない答えを伝えた。


「いや、大したことじゃないよ。ただの長いお小言だ」

「ならいいんだが」


アレクは内容を察したのか、それ以上この話に触れなかった。

話しが終わればそれぞれが仕事を淡々とこなしていく。

こうしてフランツの戻った執務室には、いつもと同じような時間が流れるのだった。

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