マリーの主張
お茶会から先に戻ったマリーは、アレクが戻ってくるのを待っていた。
言いたいことがたくさんある。
事情を聴くとか、調べてほしいとか、フランツに頼まれたからとか、そのようなことは関係ない。
王宮側の予想外の友人への扱いに、マリーの怒りは納まらなかった。
傍から見れば、夜会で王族に見染められて婚約するという、幸せを約束されたような婚約劇だが、ふたを開けてみれば大切にされている様子がない。
害はなくても随分と雑に扱われているようにしか見えなかった。
「お帰りなさいませ。アレク様」
仕事を終えて戻ってきたことを聞きつけたマリーがアレクを出迎えた。
「ただいま、マリー」
アレクが返事をすると、笑顔でマリーは続けた。
「夕食の後でお話が」
「ああ、わかってるよ。アリシアのことだね」
「はい」
マリーの今までにない冷え切った口調に動揺しつつも、マリーからは話しを聞かなくてはならない。
アレクはひっそりと彼女の怒りも受け止める心の準備を始めるのだった。
夕食後、アリシアの話をするために場所を移動してお茶をする時間を設けることになった。
そして、部屋を移動して二人きりになるなり、マリーはすぐに説明を求めた。
「アレク様はいつから知っていらしたのですか?」
「マリーにお茶会の話をした日だよ」
「……そうですか」
マリーにとっては想定外の言葉だったのか、少し間が空いたが、冷たい口調は変わらない。
アレクは表情を繕うことなく苦笑いした。
「信じてないみたいだね」
「だって、アレク様は毎日お仕事でフランツ様とお話されていますし、同じ王宮内にいらっしゃるのだから、噂くらいは聞いていると思ってました」
「彼女の話は、優秀だということくらいしか噂になっていないんだよ。まあ、アリシアが執務に携わるようになれば違うかもしれないけど、そもそも彼女が王宮に入ってから姿を見たこともなかったからね」
これは本当のことである。
アレクはフランツについて歩いているし、執務室にも出入りしているが、その場所にアリシアが現れない限り見ることも話すこともない。
フランツがアリシアを執務室に呼ぶところを見たことがないので、おそらくアリシアは執務室の場所すら知らないだろう。
それにアリシアは、フランツが執務の時間は王妃教育を受けている。
フランツが時間を作ってアリシアの様子を見に行くことができるようになったとしても、アリシアを執務室に呼んで教育を妨げるようなことはしないだろう。
「あの……アレク様、フランツ様はアリシアのこと、どう思っているのでしょう?フランツ様がアリシアのことを気に入って婚約したのですよね?なのに大事にしてもらえないのですか?」
アレクは事情を知っているがマリーは知らない。
マリーは自分が誘って連れだした夜会で、フランツにアリシアは見染められたという噂通りの話しか知らないのだ。
「ああ……それは……」
いくらマリーにでも本来の事情は簡単に話していい内容ではない。
アレクはまずはフランツがアリシアを大事に思っていることを先に伝えることにした。
「フランツ様は王族としての立場を重んじる方だしね。そうじゃないと市民は困るんだけど、今回の件は、アリシアを贔屓しているように見られないために証拠を集めないと、相手に意見した時に不利な立場に立たされるのはアリシアなんだ。慎重すぎる気はするけど、フランツ様はちゃんと考えているよ」
「それならいいのですが、……アリシアはフランツ様に頼らない気がするから心配です」
「どういうこと?」
フランツからは毎日、アリシアと朝夕の食事を一緒にしているという話を聞いている。
本人がそれは嬉しそうに話していて、執務中もわりと機嫌がいいのでそのようなことを気にしたことがなかった。
「今回のことも、アリシアからはフランツ様に何も言っていないみたいですし。ただ、フランツ様は部屋にお見えになるから誰もいない事には気が付いているのではないかって言ってましたから、二人でその話をしたことはないんじゃないですか?」
マリーは、アリシアが自分から話す気がないということをも聞いていた。
だから、アリシアから告げ口をしないのはいいと考えている。
しかし、フランツが気が付いているにも関わらずアリシアに声を掛けないのは納得がいかない。
アリシアは、聞いたらきっと何かしら答えるはずなのだ。
それすらないというのは、その話題に触れたこともないということではないかとマリーは推測したのである。
そして思わず、マリーは不安に思っていることを口にした。
「寄宿舎でのフランツ様との手紙のやり取りも、どちらかというとフランツ様の一方通行という印象でしたし、アリシアを手に入れたことで満足されてしまったとか、そういう感じだと嫌だなって思って……」
フランツへの評価の低さにアレクは困惑した。
マリーはフランツがアリシアにアプローチしたのをゲーム感覚なのではないかと疑っているのである。
確かに王妃教育が忙しいとはいえ表に姿を現すわけではなく、朝夕の食事を一緒にしているとはいえ、それ以上の関係は特に見えてこない。
これではお飾りの婚約者、ただ、囲っているだけと傍から見えてしまうのは当然のことだ。
本人の長年の思いを知っているが故にアレクはそこに思いが至らなかったことに気が付いた。
「無理を言って一緒に来てもらった夜会がきっかけだから……」
マリーがアリシアを夜会に連れていったことすら後悔しているように言った。
どうやらアリシアの不遇に対して責任を感じてしまっているようだ。
この件がなかったらアリシアとフランツの婚約は進めることができなかった。
本当であればマリーにはアレクもフランツも感謝を伝えなければならないのだ。
それはここでは叶わないことだが、せめて、マリーがフランツに対して抱いている不信感だけでも取り除きたいとアレクは思った。
「それはないですよ。マリーが思っている以上に、フランツ様はアリシアを大切に思ってますから。それだけは信じてあげてほしいですね。これは部下としてではなく、幼なじみとしての意見です」
「わかりました」
マリーはアレクの言葉を聞いて、それ以上何も言わなかった。
これはフランツとアリシアの問題なので、ここで知らなかったというアレクを責めても仕方がない。
「マリー……俺はあなたに同じような不安を持たせていませんか?」
「アレク様?」
「一緒に生活していても見えていない部分は多いかなと」
同じ屋根の下にいれば、何でも知っているというのは間違いだということを、アリシアとフランツの件についてマリーに聞いて痛感した。
これは王宮が広いから、彼らが隠しているから気がつかないという特殊な環境だから起こったことではないように感じた。
アレクは、フランツがマリーに頼らないと見えない部分があるのと同じように、自分もマリーのことで見えていない部分があるように感じて不安になったのだ。
「私は皆さんに大事にしてもらってます。だからこそアリシアがこんな扱いをされてることが心配なんですから」
アリシアの話を聞いて、いかに自分が恵まれているかを認識したくらいである。
マリーは素直にそのことを伝えた。
「それなら……いいんだけど」
アレクは安堵の表情を浮かべた。
アリシアの話を聞くのに良い人選であったことは間違いないが、一歩間違えれば自分やフランツの信用を失いかねなかった。
アレクは、自分もちゃんとマリーと向き合おう、家にいるからと気を抜いてしまってはいけないと心の中で誓っていた。
「私……お役に立てましたか?」
これからフランツに報告するための話だったということを思い出したマリーは確認した。
本当はもっと聞いておいてほしいことがあったのではないか、もっとアリシアに有利になるような情報を引き出さなければならなかったのではないかと思ったのだ。
「ええ。あなたにしかできない役割をきっちり果たしてくれましたよ」
アレクがマリーに頼みたかったのは、アリシアのストレスを緩和することである。
そして、アリシアが今回の件をどのように感じたかという部分を、ついでに知りたかったので情報としては充分だった。
それに侍女たちの行動や発言、事実関係については、王宮でいくらでも調査ができる。
「それならいいのですが……アリシアのこと、お願いします」
マリーはアリシアの保護者にでもなったかのように頭を下げた。
そして、自分の意見がアリシアのためになればいいと心から願っているのだった。




