聴取名目のお茶会
アレクの計らいで、数日後にはアリシアとマリーの面会が実現した。
「アリシア!久しぶりね」
「マリー、今日はありがとう」
二人はお互い元気そうな姿を確認できたことを素直に喜びあった。
「こちらこそ。お誘いの話をアレク様から聞いて楽しみにしてたんだから」
再会を喜ぶ二人を離れた場所からフランツとアレクが見守っている。
二人がいたら彼女たちが気を使ってゆっくり話をすることができないだろうという気遣いだ。
聞き出してもらいたい内容が内容なだけに、あまり人を寄せ付けないようにするため、給仕も最低限の人数にしている。
とはいえ、お互い婚約者から目を離すのは心配ということで、声が聞こえない程度に席を離して彼らもお茶をしているのである。
ちなみに今日の給仕の中にアリシアにつけていた人間は一人も選ばれていない。
彼らは主となる令嬢の行動に興味がないらしく、予定の確認すらしていないらしい。
そのため、フランツがお茶会の時間に迎えに行った時もアリシアの周囲には誰もいなかった。
そんなこともあり、フランツはマリーにはアリシアの情報を引き出してもらいたいと過剰な期待も持っていた。
そんなフランツの過度な期待をよそに、マリーとアリシアはお茶の準備が整うと、楽しそうに話し始めた。
「アリシア。王宮での暮らしには慣れた?」
「ええ。何とか慣れてきたところよ。まだ王宮の部屋の場所は全て覚えられていないけれど……」
「王宮は広いから移動が大変そうだわ」
「場所さえわかれば、移動はそんなに大変だと感じたことはないわ。まだお部屋の近くしか移動していないからかもしれないけど」
アリシアが王宮での時間の大半を王妃教育に取られていることをアレクから聞いて知っていたマリーは、その言葉を聞いていつも通りのアリシアだと安堵した。
ここまでの話では、本人が嫌な思いをしているようには見えない。
いつもならここで他愛のない話をするところだが、今回のマリーには課せられたものがある。
その話題に踏み込まないわけにはいかない。
「そう……。付き添う人も大変そうよね。きっと侍女なんて貴族のご令嬢が混ざっているでしょう?」
あくまで自然に、話の流れをうまく利用してマリーは話を振った。
「……どうなのかしら?」
聞かれたアリシアの方は首を傾げている。
「え?どうなのかしらって、どういうこと?聞いたことないの?」
「必要最小限しか会話がないものだから……」
それではその侍女は、ただ置物のようにアリシアの側に立っているということだろうか?
マリーと侍女たちは友人のように仲が良い。
世間話をしながら支度を進めるし、業務以外の話もたくさんするのだ。
マリーがもともと話し上手であることを差し引いても何かがおかしいとマリーは感じた。
「でも、ずっと一緒にいれば、雑談くらいするでしょう?」
「そんなことないわ。そもそも、ずっと一緒にいるわけではないし、必要な時しか会わないもの」
「それはちょっと……」
ずっと一緒にない、というのはどういうことなのか。
マリーはアリシアの続きを待った。
「だから寄宿舎にいた時とあまり変わらない生活なの」
「……」
想定外の待遇にマリーは言葉を詰まらせた。
気遣ったアリシアがマリーに声をかける。
「マリー?」
「アリシア、こんなこと言っていいかわからないけど、それ、フランツ様は知ってるの?」
「ご存知のはずよ?朝食は部屋まで来てくださるから」
「そう……」
マリーはアレクとこちらの様子をうかがっているフランツをちらっと見てすぐに視線をアリシアに戻した。
「じゃあ、王宮内を歩く時は?まだ部屋を覚えられてないって言ってたけど……」
「その都度、お迎えが来てくれるわ。今は一日の大半が王妃教育の時間だから、講師が部屋に来て、移動が必要な時は一緒に移動するの。だから特に困っていないわ。食堂の場所はさすがに覚えたし……」
「困ってないって、確かにそうかもしれないけど……」
寄宿舎と同じというのは、身の回りのことを一人でやっているということだとマリーは理解した。
確かにアリシアは寄宿舎にも身の回りの世話をする人を置いていなかった。
「それに、一人の方が気が楽なのよ。他人に睨まれながら過ごしている方が窮屈だわ」
「睨まれながらって、それ……」
「だから今のままが一番いいの。必要な時に最低限のことをしてくれているのだから、責める必要もないわ」
本当に必要な連絡だけは怠っていない。
部屋もいない間に整えられている。
アリシアからすれば何も問題ないと説明したが、マリーは納得しなかった。
「……最低限って、それ仕事してないじゃない!」
そんな人間は給料をもらう資格がないとマリーは憤った。
「行儀見習いにもならないわ。さすがにおかしいわよ」
アリシアはそんなマリーをなだめるように言った。
「でもね、私に付いている侍女かもしれないけど、私はまだ王族の人間でも何でもないわ。ただの貴族のお客様、というより居候みたいなものなのよ。本当のお客様にそうしているのなら問題だけれど、公務をこなすわけでもなく、ただ教育を受けているだけで、何の役にも立っていない私に対しては思うところがあるのよ、きっと。彼らが他の仕事をしているなら問題ないわ」
「そんな……」
「マリー、本当に大丈夫だから。もし、頼まれて代わりに聞いてくれたなら、そう伝えてもらえるかしら?」
「アリシア……」
離れた場所にいる男性二人に視線を移してアリシアは言った。
「ごめんなさい、マリー。わざわざそんなことのために足を運ばせたみたいで……」
「それは違うわ。私は詳しく知らなかったの。てっきり疲れるくらい世話を焼かれて大変なのかと思っていたのよ。まさかこんなことになっているなんて……」
「こんなことってほどのことはないわ」
暴力を受けたり、物を盗まれるような直接的危害を加えられているわけではない。
アリシアからすれば大したことではないのだ。
「……ねえ、アリシア。フランツ様とうまくいってる?」
「え?」
アリシアとフランツの間に特別な問題はない。
朝と夜は食事を共にしているし、喧嘩するようなこともない。
婚約者として親密かと言われたら違うだろうが、そもそも本人の知らないところで決められた政略結婚である。
フランツが納得しているのかは分からないが、彼はとても紳士でアリシアを丁寧に扱ってくれている。
アリシアがそのことを伝えると、マリーはため息をついた。
「侍女たちの事はアリシアが気にしていないなら、それで仕方がないかもしれないけど、フランツ様と、お話したりしないってことよね?フランツ様も気が付いていて何もしてくれないってことよね?」
「人間関係が絡むことは、対応が難しいから……」
何もしてくれないというより、何もできないというのが正しいだろう。
侍女が貴族の子息や令嬢であれば、今後も長く付き合っていかなければならない相手だ。
迂闊なことはできないということくらいは二人ともわかっている。
アリシアとしては自分が何もせず穏便にすめばいいと考えているが、マリーはうまく取りまわすのもフランツの役割だと考えている。
「じゃあ、この先、アリシアに何かあったら?フランツ様は助けてくれるのかしら。アリシアが助けを求めなければ何もしてくれないの?」
「そんなことはないと思うけれど……」
「でも、今がそうじゃない。今のアリシア、王宮で孤立しているようにしか見えないもの」
マリーから見れば唯一の味方になるはずのフランツですら中立で何もしてくれない。
この先、周囲を敵に囲まれた中で生涯生活していかなければならないと考えたら、自分だったら絶望するとマリーは思った。
貴族の責務かもしれないが、いくら上位の貴族に嫁ぐことが決まっても、これではあまりにもアリシアが不憫だ。
そして、アレクとその家族に大切にされている自分の環境が、いかに恵まれているのかよくわかった。
「マリー、落ち着いて」
「聞こえても構わないわ。本当だったら私だけが怒っているのはおかしいのよ」
今にも机を叩いて勢いよく立ちあがりそうな剣幕で声を荒げたマリーを落ち着かせるようにアリシアは言った。
「ありがとう。マリー。私には私のために起こってくれる大切な友達がいるわ。それだけで充分よ」
「……」
アリシアにうまく話をまとめられてしまったマリーは、それ以上追及することができなかった。
その後のお茶の時間はマリーの新生活のことや、最近の流行のことなどを話し、和やかな空気で終了することとなるのだった。




