初代の墓
フランツは就寝しているところをエルに起こされた。
「おい、フランツ、起きてくれよ」
「なんだ?」
「アリシア、またどっかに行くみたいだぞ?」
アリシアのことと聞いて驚いてフランツは飛び起きた。
「エル、アリシアがどこに行くのかわかるか?」
「それはさすがにわからないよ。先に場所を確認して戻ってきた方がいいか?」
「いや、一緒に出るよ」
フランツはエルに案内を頼みアリシアのところへ急ぐことにした。
エルは庭を通り、最短の経路でアリシアのもとに案内した。
フランツは灯りを持たずに出てきたが、そんなことは気にならなかった。
しばらくすると、エルがその場に止まった。
それに合わせてフランツも足を止める。
「どうした?」
「あれ、そうじゃないか?」
エルの示す方を確認すると、バラの垣根の陰に人影を見つけた。
ぼんやりと明るいのは、ランプの灯りだろう。
妖精はエルとフランツが様子をうかがう前にうまく姿を隠すことができたのか、彼らからはアリシア一人しかいないように見えた。
アリシアに見つからないよう距離を開けたままフランツは立ち止まる。
「エル」
「わかったよ」
フランツが名前を呼ぶと察したのか、エルはアリシアに見つからないようその場を離れていった。
フランツはアリシアを驚かせないよう、ゆっくりと近づくと、一度大きく息を吐き圧力を落とした声で呼びかけた。
「アリシア?」
「フランツ様……」
アリシアが傍らに置いていたランプを持って振り返り、フランツの姿を確認したことがわかった。
「また……。ねぇ、アリシア。一人で抱え込まないで、もう少し僕を頼ってほしいんだけど」
フランツには暗い庭の隅でランプの明かりだけを持ってしゃがみこんでいるアリシアは人目をはばかって何かをしているようにしか見えなかった。
アリシアはちょうど祈りを捧げるため、墓石に目線を合わせるために行っていることなので、悩んでいるということではなかったが、そんなことは知らないフランツは心配そうに続ける。
「夜中に人気のないところにわざわざ足を運んで、今だって寂しそうな顔をしてるし……」
「それは……」
ここで昔話を聞いて感傷的になっただけとも言えず、アリシアがどう答えようか考えていると、
「そこに何かあるのか?」
フランツが目の前に飾られた花の側にある墓石に気がついた。
暗くて何があるのかよく見えないが、フランツの目が慣れてきたのか、何かあるということはわかる。
アリシアは手持ちのランプを石に近付け、文字の場所を照らした。
フランツはその文字を黙って読んでいたが、読み終えるとアリシアの方を見た。
「初代の墓……だ。アリシア、どうしてここに……?」
妖精に案内されたとは言えない。
アリシアは咄嗟に嘘をつくことになった。
「散歩していたら偶然見つけたのです。ご挨拶をと思って……」
「今日が命日のようだね。花を供えてくれてありがとう」
「あ……それは……」
そこに住んでいるバラの妖精がそうしてほしいと願ったとはいえ、ここは王宮の庭である。
一歩間違えれば、花を盗みに来た人になってしまう。
アリシアは自分の考えが至らなかったことに、いまさらながらに気が付いた。
「ごめんなさい。勝手に庭の花を……」
「いや、大丈夫だよ。気にしないで。これからは気に入った花があれば好きに取っていいよ。周知しておくから。部屋に飾ってもいいしね」
「ありがとうございます」
「うん……なんか……、僕の方がアリシアには申し訳ないことをしている気がするよ。ここに来て日が浅いとはいえ、ずっと一人にしてしまっているからね」
「……。一人は慣れてますし、今はやることがたくさんありますから、退屈していませんし、大丈夫です」
アリシアは王宮に来てからというもの、王妃教育で大半の時間を使っている。
授業やレッスンばかりで学校の延長戦にいるような気分ではあるが、人間関係で相談しなければならないようなことは起こっていないし、不明点はしっかりと教えてくれるよい講師陣ばかりなので、問題はないと考えている。
学生時代と異なり自由に外に行けないので窮屈ではあると思うが、もし仕事をするようになっていたとしても、仕事中に自由な外出が認められることはないのだから一緒だろう。
「辛いですか?」
「何がですか?」
「勉強も、この環境も……」
黙って王族の墓に花を手向けて祈っているくらいだ。
今の思いを吐き出すくらいのことはしていてもおかしくないとフランツは思った。
「思ったほど辛くはありませんが……、外に自由に出られないので……」
「何かしたいことがあるの?」
王宮内を過ごしやすい環境に変えるには少し時間がかかる。
フランツとしては、せめて自分にできることがあるかもしれないのだから、彼女の要望くらい聞いてあげたいと考えていた。
「王都に来てからは家族に手紙を出したり……ハガキを選ぶために街を歩いたりするのも楽しみだったので……。そろそろ学友にも手紙を出したりしたいのですが……」
「手紙だけなら僕でよければ出しておくよ。本当はその辺りを全て整える人材を選んだはずだったんだけど、アリシアには不自由させてるんだね。ごめん……」
アリシアの願いはささやかなものだった。
王宮で手紙を書く機会はいくらでもあったはずだ。
すでにお茶会や夜会の手紙の返事などは出していると聞いていた。
その中に私用の手紙を混ぜることをしないのは、アリシアがまじめだからなのか、手紙を渡す相手が信用できないからなのかわからない。
「いいえ、私のことは……。急ぎの用があるわけではありませんから」
「本当にすまない。ここではアリシアに王妃教育とか要求ばかり押し付けることになってしまっているんだね。……部屋まで送っていくから、そろそろ戻りませんか?送りますから」
こういう話を先祖の間でするのは気がひけたのか、フランツは部屋に戻るよう促した。
アリシアに拒否する権利はない。
話しなら歩きながらでもできるのだ。
「行きましょう」
「はい」
アリシアのランプを持つと、フランツは元来た道を歩き始めた。
「フランツ様は、あのお墓のことは……」
フランツの斜め後ろ辺りになるようについていきながらアリシアは尋ねた。
「……知らなかった。初代が代々の墓に埋葬されていないことは知っていたんだ。でも、てっきり戦か何かでなくなってしまったのだとばかり思っていたよ」
「そうでしたか」
葬儀や弔事を行う歴代王の墓は有名で、王族は皆、この墓に入ることになる。
一般の人が気軽に足を運べるような場所というわけではないが、弔いの時に親交のある貴族はその敷地に入ることがあるため、比較的有名な場所である。
普通の貴族は初代国王からそこにずっといるものだと考えている。
そういう意味ではフランツが初代国王だけその墓にいないことを知っているというだけでも驚くことなのだが、本人は納得できない様子である。
まさか初代国王の墓だけ離れた庭の片隅に残されているとは誰も思わないだろう。
「代々の墓にはちゃんと行っていたよ。なのに彼だけは一人でこんなところに放置されて……。私たちのことを建国の王として、どう見ていたんだろうな。恨まれても仕方ないな」
「……そんなことは、ないと思います。これから大切にすればいいのではないでしょうか?そして、フランツ様が伝えていけばいいのです。忘れられないように」
「ああ、そうだね」
なぜかわからないが、アリシアの外出は、フランツに知られることとなった。
彼の手を煩わせないようにと考えたことが裏目に出たようだ。
「あの……、また行ってもいいでしょうか?」
「ん?どこに?」
「お墓に……。今度は明るい時に行って、きれいにしてあげたいと思っているのです」
アリシアはフランツに何をしたいか伝えておくことにした。
お庭のこともお墓のことも何も言わずに行ったことだから不安にさせたと考えたのである。
「うん……ありがとう。そんな風に考えてくれる人がいるって、彼もきっと喜んでくれるよ。……あのさ、僕も一緒に行っていいかな?」
「ぜひお願いします。私が行くよりも喜んでもらえると思いますから」
そんな約束をしたタイミングで、ちょうど部屋の前に着いた二人は、そこでお休みの挨拶をして別れた。
結局アリシアは、話をしながらフランツに客室へと送られてしまったのだった。




