忘れられた者への献花
「じゃあ、案内してもらえる?」
「もちろんよ!そのためにお花を分けたんだから」
片手にランプを持ち、もう片腕に花を抱えたアリシアは早く歩くことができないため、妖精のふわふわとゆっくりしたスピードでの案内はちょうどよかった。
アリシアが花を抱えて導かれるままついて歩いていると、妖精がこれから行く場所について話し始めた。
「あのね、これから行くのは、あの庭を作った人の所なの。彼は家を建てる時、庭に他の花と一緒にいくつかのバラを植えたのよ」
最初はバラの庭の花たちも花壇の花の一部として扱われていたという。
「彼はすごく私たちを気にかけてくれて、よく話もしたの。バラも大切にしてくれたから、どんどん株が増えていったわ」
王宮の庭のバラは大量の株を植えることで造られたものだと思っていたが、どうやら最初は数本のバラの苗だけだったようだ。
うまく育てていくことでバラの本数が増えて、今のような規模の庭になったらしい。
「彼は妖精だけではなく、たくさんの人間にも慕われていたのよ」
見せたい人というのは、アリシアが考えていた通り、やはりすでに亡くなっている人のことだった。
妖精の話し方が過去のことだと物語っている。
「当時の人たちは、彼がこの庭を愛していると知っていたから、私たちのそばに居られるようにってしてくれたの」
遠い昔の良き思い出を語るように妖精は話していたが、ふと寂しそうに言った。
「でもね……みんなに忘れられちゃった。彼は私たちが来てくれるからいいって言ってくれるけど」
アリシアは話が途切れたところで、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねぇ……彼って言うのは……?」
「うーんと、この国を作った最初の国王だよ?」
どうやら妖精が連れていこうとしているのは初代国王が眠るの墓のようである。
しかし、アリシアが知っている歴代の王の眠るお墓の場所とは異なっており、状況が分からない。
最初に作られたお墓が別にあって、今のお墓には眠っていないということなのだろうか?
とりあえずもう少し話を聞いていけば分かるのかもしれない。
他の切り口からヒントはないかと考えているうちに、アリシアは妖精が今日という日にこだわっていたことを思い出した。
「今日ってもしかして命日なの?」
「めいにち?……人間の魂と肉体が離れた日だよ。でも彼は子孫たちが大事だから、この庭からずっと見守りたいんだって。彼はその場所からは離れられないけど、来てくれたら話もできるのにって言ってたわ」
「そうだったのね」
妖精の話では、彼の魂は亡くなってからずっとそこにいて、今でも王宮を見守っているという。
彼らはそこに時々遊びに行き、王宮の話を伝えて彼を喜ばせているということだ。
「私も行っていいのかしら?王宮を案内された時、そんなところがあるなんて教えられなかったのよ。大切な場所だからこそ、私が近づいていいのか……」
一般人には知らされていないような場所である。
しかも王宮に隠れるようにして存在しているのだから、王族の婚約者とはいえ、自分のような人間が足を踏み入れていいのかどうかは悩むところだ。
「何言ってるの?誰が案内したか知らないけど、もうずっとほったらかしなのよ?私たち以外、誰も来ないし、見向きもしないんだから!アリシアが大切な場所って言ってくれるなら、なおさら一緒に来てほしいわ。そしてできれば、キレイにして、大切にしてほしい。私たちにはできないことがたくさんあるの。私たちにできることなんて、行くことくらいしかないのよ」
妖精の話では、もはや知る人がいないからほったらかしにされているだけだという。
確かに亡くなった当時は、庭が好きな主を庭の側にと墓の場所を決めた人たちがいたのだから、彼らだってこのことを伝えようと思えば伝えることができたはずである。
当時は知る人がたくさんいたお墓に、いつの間にか誰も立ち寄らなくなったというのは、妖精からしたら複雑な思いがあるに違いない。
「そうだったのね。場所を覚えたら明るいときにも来るようにしたいわ。道具も使いたいし、お手入れは明るい方がしやすいし」
「うん。ありがとう。やっぱり頼んでよかったわ。アリシアならそこが私たちの大切な場所だってわかってくれると思っていたの。あ、あれよ」
バラの垣根で隠れていて、散策しても気が付かないような庭の奥を示しながら妖精は案内の役目を終えた。
アリシアは目的地に到着すると、ランプで周囲を照らして状況を確認した。
目の前には墓石があり、そこには名前と没年月日が記載されている。
その日付は確かに今日のもので間違いない。
「思っていたよりはきれいだったわ」
誰も来ないというので、草やつたに覆われているのではないかと考えたが、歩いてくるにも問題はなかったし、お墓を見る限り、雑草が少し生えている程度で墓石が分からなくなっているようなことにはなっていなかった。
明るい中で見たら薄汚れているのかもしれないが、ランプの明かりで認識するには限度がある。
とはいえ、見向きもされないというほどひどい状態ではない。
妖精は花を一つか二つ持ってくるのが限界だと言っていたので、彼らが掃除をしたりしているわけではないだろう。
「私たちも時々来てるもの。それに全く手入れされていないわけでもないし」
アリシアが石の前に花を供えていると、妖精がそう言った。
「誰も来ていないんじゃ……」
さっきはそう言って怒っていたはずである。
アリシアが不思議そうにつぶやくと、その声を拾った妖精が答えた。
「そっか。私たち以外だと、たまにフィリウスが来るくらいなのよ」
「フィリウス様が?」
急に出てきた第一王子の名前に、アリシアは動揺した。
初代国王の時代から何年も経っている。
もしかしたら、自分が思っている人ではなくずっと昔の人のことかもしれない。
「でも、数年に一度くらいしか来ないわ。彼は色んなところに出掛けてて、ここに住んでないみたいだし」
「そう……」
続きを聞いたアリシアは、その人物が現在の第一王子だと確信した。
確かにフィリウス殿下は長くこの国を離れている。
長年にわたって諸国をめぐって勉強をされているということで、公式の場にもなかなか姿を見せない人である。
たびたび亡くなっているのではないかという説が流れたりするのだが、そのような噂が流れるくらいになると、彼は突然姿を現し、その噂をかき消すのである。
現れる場所も王都だけではなく、外遊先の外国であったり、国内の領地であったりするため、彼は勉強のために旅をしているという話に落ち着くのである。
ちなみに、アリシアが王宮の客室に住むようになってからも一度も姿を見たことがない。
挨拶もしたことがないが、会食の時もそのことは気にしなくてよいと言われたため深く聞くことはできなかった。
アリシアは花を供え終えると、祈りを捧げようとお墓に向き直った。
アリシアがじっと墓石に向かっていると、
「え?うそ!」
妖精が急に信じられないようなものを見つけたとばかりに声を上げた。
そして、アリシアが確認する間もなく、妖精はどこかに身を隠してしまった。
「アリシア?」
直後、ため息の混ざったような静かな声で急に名前を呼ばれた。
驚いてランプを片手に振り返ると、そこには困り顔をしたフランツの姿があった。
「フランツ様……」
彼の姿を確認したアリシアは、妖精が隠れたのはこのためだと理解した。
ここはバラの垣根で死角が多いため、妖精も彼が来ることに気づくのが遅れたのだろう。
アリシアは夜中に部屋を抜け出したことが心苦しく、気まずそうにうつむくしかなかったのだった。




