一年目の成績
間もなく初等学校一年が過ぎようとしていた。
二年目からの授業選択を家族と相談するようにと、学校から家に手紙が送られていた。
家格や成績などを考慮した提案が含まれているため、各家庭の保護者あてに届くのだ。
学校で生徒に渡される成績表は、試験ごとの成果を生徒に理解させるために渡しているので、保護者の手に渡るかどうかは生徒しだいでその場で隠し通すことは可能だが、年に一回の学校のお手紙には一年の結果がまとめて書かれているので、どんなに隠しても一年後には成績や生活態度の善し悪しは知られてしまうのだ。
アリシアは隠すことなく試験結果を見せていたので、成績に関して何も言われることはなかった。
実はアリシアの成績は常に学年トップだったのである。
そのため、ほめられることはあっても、怒られることはなかった。
ただし、一年目の成績はあくまで読み書き。
外で遊ぶ以外の遊びは本の読み聞かせが多かった彼女にとって、文字は幼少の頃から当たり前のように存在しているものだった。
もちろん難しいものは読めなかったり、意味がわからなかったりするが、カナで書かれている文字を読むことは難しいことではなかったし、そもそも年齢に合わせた教材を使っているため難しい内容は扱われていなかった。
問題は書く方だが、読むことに問題のなかったアリシアはひたすら書くことに一年を費やすことができていた。
一年目は相手が読める形の文字を書けるようになることを目標としており、かなりハードルが低いのだが、いつも眺めている本のようなきれいな文字を書けるようになるべく、教室ではもくもくと写本を繰り返していた。
その結果が読むことに問題がないという満点と、読める字が書けるだけではなく、下手な上級生よりもきれいな文字を書くことができるという満点以上の評価につながったのだった。
この一年のアリシアの生活はというと、朝食後、徒歩で学校まで通学し、二時間勉強するとすぐに家に戻っていた。
帰宅が早いため、お昼は自宅で母親と一緒に取り、日によって身重だった母親のお手伝いをしたり、生まれた弟の相手をしたり、森に出かけては人のいないひっそりとした場所まで入っていっては、そこにいる妖精や動物たちと話しをしたりと充実した毎日を送っていた。
学校に通い始めても、アリシアにとって森の妖精や動物たちは友人であり家族であることに変わりはなかったが、人間の男の子による暴力をきっかけに、人間には見つからない場所を妖精に教えてもらって、そこまで黙って出かけることが増えていた。
森の開拓が進むとそれだけ人間が入ってくるということで、アリシアが妖精たちと話しをするためには開拓されていないところまで足を延ばさなければならなかった。
歩くことは苦痛ではなかったが、学校が終わってから出かける上、行きと帰りの時間を考えると、どうしても会っている時間が短くなってしまい、少し寂しく感じていた。
そして、もうすぐ授業が増えることが決まっている。
新しいことを学ぶ楽しみはあるが、たくさんの授業を取ればその分、学校にいる時間が長くなってしまい、彼らとはなかなか会えなくなってしまうと思うと気が重くなった。
学校から家族と相談するように言われた日、アリシアは夕食前までの時間、森の道なき道を通り抜けて人のいない泉まで足を運んだ。
「もうすぐあんまり来られなくなっちゃうの。お休みの時しか会えないなんて寂しいわ」
森の奥にある泉の前に広がる草原に腰を下ろすと、すぐに集まってきてくれた鳥や妖精たちに向かってそう言った。
「アリシアの学校まで遊びに行くよ」
「学校にもお話しできる子たちがいるよ?」
そう言って彼らは色々教えてくれたが、
「学校ではみんなとお話ししちゃだめって言われてるの。いるのがわかっているのに、見えてないことにしないといけないんですって」
アリシアが父親に言われたことを伝えると、
「そっかー」
「人間にはわかんないもんねー」
「また痛いのされちゃうかもしれないのかー」
意外と妖精たちはすんなりと納得した。
妖精たちも動物たちもアリシアが暴力を受けた件を知っていた。
人間には見えていない妖精だが、その時アリシアと話をしていた妖精が近くでその様子を見ていたことから、森の中でその話は有名になっていたのだ。
「わたしたちは遊べるよ?」
「じゃあ学校まで遊びに行く」
「お話はだめかもだけど」
一方の鳥や動物たちは人間から見えるから、会話をしなければ近くにいても問題ないとアリシアを慰めた。
「そうね、学校の中でも人に見つからないところを探してみるわ。ありがとう」
そう言うと暗くなる前に家に帰るため、彼らと別れを告げた。
そして、学校は迷ってしまうくらい広いから、人がいなくて、みんなと会っていてもおかしくないような場所がきっとあるはずなので探してみようと決心しながら、もと来た道を戻って行った。
同日、夕食の席に着くと、さっそく学校の話になった。
「アリシアは勉強を頑張っているようだね。成績が良いと学校から連絡が来ているよ」
「ありがとうございます」
穏やかな口調で褒めるクレメンテにアリシアはお礼の言葉を述べた。
「二年目以降の話なんだが、相談するようにと言われたんじゃないのか?」
「はい。今日の帰りに家で相談してくるように言われました」
食事を口に運びながら二人は会話を進めていた。
アニーは生後数ヶ月になる赤ちゃんを抱えながら、自分の食事をしたり、子どもをあやしたりしながら話を聞いている。
「明日は学校から帰ったら大事な話をするから、出かけないで家にいなさい。学校のこともその時に決めよう。アニーも同席してくれ」
「わかりましたわ」
自分の手元から目を離すことなく、アニーはすぐに返事をした。
クレメンテはアニーの返事を確認すると、アリシアにも返事を求めた。
「いいね」
「はい」
特に出かける予定がないのでアリシアも素直に首を縦に振った。