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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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妖精と夜の庭

初日の王妃教育を終え、フランツと共に夕食をとったアリシアは、フランツに付き添われながら客室に戻った。

昨日のことがあり、フランツは彼女に触れるようなアプローチをしてこなかった。

会話はするものの護衛のような動きをするため、アリシアは申し訳なさを感じながらも、どうしていいか計りかねていた。

気にしないでくださいと言うのは説得力がない。

もう大丈夫と言いたいけれど根拠がない。

もし、大丈夫と言った後、再び同じことをしてしまったら、それこそ取り返しがつかない。

そんなことを考えながら歩いているうちに、気がつけば部屋の前にたどり着いていた。

フランツは昨日と変わらず、ドアを開けて中の様子を確認して、アリシアに部屋に入るよう促す。


「おやすみ」


フランツはドアを手で押さえ、そこから動くことなく言った。


「おやすみなさい」


中に入ったアリシアが頭を下げて答える。


「灯りを点けたのを確認したら閉めるよ。今閉めたら暗くてやりにくいだろうから」


ランプに火を入れるまでフランツはそのまま廊下にいた。

アリシアはランプのひとつを灯してフランツに見せ感謝を伝えると、彼は何も言わず、静かにドアを閉めた。



ひとつの灯りしかない部屋はドアが閉まると急に薄暗くなった。

アリシアは他のランプにも灯りを入れ、部屋が明るくなったところで窓側にある椅子に腰を下ろした。

夕食の間に整えられたのか、カーテンは閉められていて、ベッドもシワひとつない状態となっていた。

客人としても主としても認められてはいないようだが、一応、掃除やベッドメイクだけは行わないと、仕事をしているという言い訳が立たなくなるということだろう。

部屋を明るくして落ち着いたアリシアは、外の様子を見ようとカーテンを少し開けた。

すると眼下に広がるバラ園が、月明かりに照らされて浮かび上がっていた。

白っぽく輪郭のぼやけた丸い形に見えるのは、枝の先についた花たちだろう。

アリシアは外の様子をもっとよく見るため、静かに窓を開ける。

窓は軋むこともなく、力をいれなくても開けることができた。

窓を開けたことで、夜のひんやりとした空気が入り込み、室内の温度を下げたが、そんなことは気にせず、アリシアは窓から頭を出して庭を見渡した。

すると、輪郭のぼやけた白いものが、こちらにふわふわと向かってきた。

落ちることなく上昇して、アリシアに近づいてくるため、よく見ていると、だんだん姿がはっきりわかるようになってきた。



「こんばんは」


先にアリシアから声をかけた。


「こんばんは」


部屋の窓辺に到着した妖精は、返事をしながら、アリシアの差し出した手のひらに着地した。


「いつもバラの周りにいるのはあなたかしら?」


以前、初めてお茶会に呼ばれた時に見かけた妖精と似ていると、アリシアは感じていた。


「そうね。妖精の中でも形がハッキリしているものを見たのなら、私かもしれないわ。他の子はまだぼんやりとした存在だから」


妖精は庭を指差して説明した。


「そうなのね」


アリシアは納得していると、


「庭に降りてくれば?今は特にとてもいい匂いがするのよ?ここからじゃわからないでしょ?」


と、お誘いを受けた。


「でも、行き方がわからないわ」


アリシアとしては誘いに乗りたかったが、まだ王宮の中のことはよくわからない。

アリシアが自分で迷わずに動けるのは、この部屋から食堂までの廊下くらいだった。


「じゃあ、私が連れてってあげるわ」

「え?道がわかるの?」

「私はここにきて長いもの。不安なら帰りも送ってあげるわ」

「お言葉に甘えて付いていくわ。よろしくね」


アリシアが行くことを告げると、妖精はアリシアの左肩にやってきた。


「ここで道案内するわ」


アリシアに声が聞こえるよう、耳元に近い位置に座り直した。


「ええ、お願いするわね」


そうして、肩に妖精を乗せたアリシアは、妖精の案内で王宮の庭に向かうのだった。



客室の扉を開けて廊下に出ると、そこには誰もおらず静かだった。

夜だからかもしれないが、先ほど戻ってきた時よりもひっそりとしているように感じられた。

アリシアは妖精に案内されるまま、言われた通りに歩いていた。

廊下はランプがなくても窓から差し込む月明かりで、歩くには困らない程度には明るかった。

見慣れない廊下や階段を通り抜け、しばらく進むと、急に目の前が開けた。

淡い光を放つふわふわとした丸いものたちも、より鮮明に見える。


「着いたわ。こっちに見頃の花をつけている子がいるの。ついてきて」


妖精はアリシアの肩から降りると、前をふわふわと飛び始めた。

アリシアは、導かれるままについていく。


「見て!大きい花でしょ?形も整ってて、とてもいい子なの。周りの子たちのお手本なのよ」


花にも上下関係のようなものがあり、先に咲けば先輩で、美しいものは後輩のお手本になるらしい。


「こっちの子は小さいけど、ひとつの枝にたくさん花を咲かせるのよ」


妖精は楽しそうに庭を案内してくれる。

アリシアは、寒さも夜であることも忘れて、妖精の話に耳を傾けながらついて歩いた。


「この子はとても上品な匂いがするの」


一つの大きい花を紹介されたアリシアは、その香りを確か確かめようと、その花に顔を近づけた。


「あっ」


急に声を上げた妖精が、花の近くに重なるように茂っている葉の裏に隠れた。

同じように他の妖精たちも花や葉の裏に身をひそめて静かになった。

理由はわからないが、妖精たちがそわそわしながらこちらの様子をうかがっている。

最初、アリシアには何が起こったのか分からなかったが、直後に後ろから声をかけられてその意味を理解した。


「私はそのバラに嫉妬しますね。あなたから口づけをしてもらえるのですから」


アリシアが驚いて振り返ると、心配そうに見つめているフランツが立っていた。

妖精たちは会話をしているのを見られないように、黙って隠れてくれたのだ。


「フランツ様……これは……」

「城内とはいえ、こんな夜中にひとりで出歩くのは危ないですよ」


フランツはやさしく諭すような口調で続けながら、アリシアの背に隠れて咲くバラに目をむけた。

そこには大ぶりではないが形の良いバラがきれいに花を咲かせている。

フランツは少しの間、近くでその花を見つめてから、アリシアに声をかけた。


「そろそろ戻りましょう」


また拒否されるのではないかと不安に思いながら、フランツは恐る恐る手を差し出した。


「はい」


アリシアは差し出された手に自分の手を重ねると、フランツはその手をやさしく握り返してゆっくりと歩き始めた。

アリシアはあたりを見回しながらも、フランツに手をひかれる速度でついていく。


「何か気になることでも?」


フランツが立ち止まって問いかけた。


「いいえ、大丈夫です。ちょっと名残惜しかっただけで……」


妖精は隠れたまま出てこない。

アリシアは別れの挨拶と今日のお礼を諦めることにした。


「そうか。今度は昼に来るといいよ」

「はい」


アリシアはふわりとした笑顔をフランツに向けると、フランツもそれに応える。


「じゃあ、行こうか」


本当は体を引き寄せたいところだが、部屋で拒否された理由がわからないままだった。

仕方なくフランツは彼女に拒否されないよう、紳士的なエスコートで彼女を部屋まで送ったのだった。

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