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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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外堀

アリシアが飛び出してから二日後。

目を覚ましたアリシアは、久々に家族と食事を共にしていた。


「昨日はお父しゃまと何をお話されてたの?」

「アリシア……君のお姉さまと結婚させてくださいってお願いしていました」

「お姉しゃま、お嫁さん?」

「お姉様とお父様がいいですよって言ってくれたらね」

「いつまで滞在されるんですか?」

「アリシアの体調が落ち着くまでですね。私が王都まで連れて帰るつもりです」


席に着くなりフランツはアリシアの年の離れた弟や妹から次々と投げかけられる質問にスマートに回答していく。

ゲストとして泊り込んでいるフランツが同席していること自体不自然なことなのだが、彼はなぜかすっかりその場に馴染んでいた。

自分の意識がない間に何があったのだろうと、不思議に思いながら無言で食事を取っていると、父親に声をかけられた。


「アリシア、朝食後に先日の話の続きをしたい」

「はい」

「それはどのような話ですか?」


フランツが会話に加わった。


「私の進路についてです。たくさんの研究所からお誘いをいただいたのでお父様にご相談してから決めようと……」

「研究所ですか。どのようなところからお誘いがあったのですか?」

「王立研究所五ヶ所と、民間、ラボ、研究所が二十超えるくらいでしょうか。こんなにお誘いをいただくとは思っていなくて」


その数字を聞いて、フランツの表情が一瞬こわばった。

自ら売込みに足を運ぶこともしていないにもかかわらず、アリシアのところにはたくさんの招待が届いていた。

上級学校に進学している人は総じて優秀なことが多いが、その中でもアリシアがいかに優秀であるかが良くわかる。

これからまだ届く可能性があるので数はまだまだ増えるのだろうが、すでに学校でも伝説として語り継がれるだろう数である。

フランツの不安が現実のものになりつつある。

このまま二人で話をさせるわけにはいかない。

彼は自分の焦りを隠すように父娘の会話に口を挟んだ。


「そうですか。もしよろしければ私もそのお話に同席させていただいても?」

「私はかまいませんが……」

「アリシアは?」

「……わかりました」


こうして三人は食事後にクレメンテの書斎にアリシアの進路について話すという名目で集まることになったのだった。



食事を終えてフランツとクレメンテが部屋を移動すると、すぐにお茶が用意された。

これから話す内容が国家機密に該当するような内容であることを知っている二人はかなり慎重に周囲を警戒していた。

フランツはエルを見張りに立てることを忘れない。

間もなく、アリシアが手紙を抱えてやってくると、クレメンテがすぐに人払いをした。


「おまたせいたしました。こちらなんですが」


アリシアはテーブルの上に抱えた手紙を崩れないように置いた。


「見てもいい?」

「はい」


フランツはすでに開封された手紙を丁寧に確認していく。


「ここにあるものはすべて本物のラボからの手紙で間違いないようですね。少なくとも王立研究所のものは本物と断言できます」


ものの数分で確認を終えると、手紙を図のように配置していく。


「この並びは組織図のようなものでしょうか」

「だいたいそうですね」


完成した手紙の配置はいくつかの樹形図のような形に広げられていた。


「王立研究所の直下にあるラボからのお誘いもありますし、民間の大きいところや独自の研究を行っているところもありますね」

「そうなのですね。まだ見学や研修にも伺っていないのに、何かあったのでしょうか?人手不足なのでしょうか?」


アリシアは卒業まで一年あるにもかかわらず学生に声をかけることが不思議そうにしている。

実際は青田買いであり、彼女が必要とされているからこそ声がかかっているのだが、そうは考えていないようだ。

もしかしたらアリシアは自己評価が低いのかもしれない。

彼女が自分の優秀さを理解していないことに驚愕しながらフランツは答えた。


「少なくとも王立研究所は人手が不足しても無能な人間には声をかけませんよ。研究内容が異なっているのに、すべての研究所が手を挙げるのも珍しい。あなたが優秀な証拠です」

「ありがとうございます」

「あと、王立研究所はどこも通常の採用基準よりも良い条件を出していますね」

「そ、そうなんですか?」

「仕事するのに条件に興味ないのですか?」

「卒業までまだありますので、自分にあったお仕事ができればと考えておりました。研修は次年度にあるので、そこでいいところがあればと……」


実は学校で課題として提出している論文の中でも評価の高いものは学校の判断で各研究所に共有されている。

その中でもアリシアの論文の秀逸さは、すでに各研究所で話題になっていた。

きっと彼女が研修に行きたいといったら喜んで受け入れてもらえるだろう。

むしろ入所を決めないと帰らせてもらえなくなるかもしれないという方が心配だ。


「じゃあ、卒業後、あなたはどこかの研究所で働くおつもりなのですね?」

「そのつもりです」

「研究所で働き始めたらしばらく結婚できませんが」

「そうなんですか」


そこまでは考えていなかったアリシアは、少し困惑した。

好きな研究がもし時間のかかるものだった場合、親の決めた婚姻を自分が反故にしてしまう可能性があるということだ。

それでも、自分が生きていくために保証が欲しかった。

弟が先に結婚すれば自分が家に戻れないのは間違いない。

その時一人だったら、やはり自分で仕事をして生活を賄っていく必要がある。

そして、できるならば、その仕事は自分が好きなことでありたい。

それに、婚約者がいる旨を話した上で採用してくれるような研究所を探すのもいいのかもしれない。

研究に直接かかわれなくても雑務などの仕事をさせてもらえるだろう。


一方、何か考えている様子のアリシアを見たフランツは結婚を盾に思いとどまらせようとそちらに話題を持っていくことにした。


「研究中の案件放り出されたら困るので制約が出てきますね」

「そうなのですね」

「そうなってしまうと、婚期が遅くなってしまいますが」

「ご存知かもしれませんが、私には決められた方がいるようなのですが、私はその方を存じません。そして、その方がいつどのような形でいらっしゃるのか知らされていないのです。もしかしたら卒業してからもそのようなお話にならず、一生を独りで過ごすことも考えられます。ですから、職を持っておく必要があると考えています」


自分が幸せだから結婚したいのではなく、家のために相手のところにいくことが必要だから、家族と領民のために結婚するという、生まれたときに背負わされた枷を幼い時から意識させられて過ごしたのだろう。

頑なに家のために親の決めた誓約を守らなければならないという義務感が植えつけられているようだ。

外堀はかなり埋めているのに、本人がまったく意識していないというこの状態に、実はフランツもクレメンテも憂慮していた。



「ところで、アリシアは今朝の僕の話を聞いていたのかな?」

「お食事の時でしょうか?ごめんなさい、全部は……。弟や妹にも声をかけてくださってありがとうございます」

「お礼はいいんだ……。僕はお父様に、あなたとの交際の許可をもらいにここに来てると言ったんだけど」

「……?」

「僕のところに永久就職するという選択を考えに入れてください。あと……婚約に関しては、あなたには拒否権があります」


フランツが拒否権にまで踏み込んだのは、アリシアがおそらく断れないと考えたからだ。

貴族としての義務を常に考えて行動している彼女だ。

見ず知らずの相手に気を使ってきた彼女が、王族相手の結婚を拒むことはないだろう。

そして、相手がわからないから本当に婚約者など存在するのかと疑っているから、それが不安だというならその相手が自分だと言うのなら、相手が実在することはわかってもらえる。

これで彼女の憂いは解消されたはずだ。

あとはアリシアの言質をとって自分の憂いを解消するだけだ。


「婚約……、お、お父様?」

「あぁ、……殿下がアリシアのお相手だ」

驚きのあまり声をあげそうになったアリシアは口を手で押さえた。

その声を黙って飲み込む。


「こんな形で話すことになるとは思わなかったよ。もう少し時間をかけてスマートに進めるつもりだったけれど、なかなか条件が整わなくて」

「じ、条件……ですか?」

「そう。色々厳しいからね。でも最後の一つにこんなに時間がかかると思わなかった。私がもっと動いていればよかったし、色々失敗したと思っている」

「それは……」


何ですか?聞く前にフランツがクレメンテに言った。


「この話があった際、あなたに送られたものがあると思います。彼女に公開してください」

「……いいのですか?」


クレメンテが確認のためフランツに問う。

これは国家機密レベルの話だったはずだ。

だからこそ誰にも話せず抱えてきた案件である。

この話が進むまで長くかかり過ぎて、墓まで持っていく覚悟をした時期もあった。


「私たちは親子関係をこじらせるためにこのような条件を出したわけではありません。それをわかってもらうには、原本を見せるのが一番いいでしょう。他者の解釈を入れない方がいい。あなたがこの件でどれだけの苦労をしたかも彼女なら汲み取ってくれますよ。それにここまで話が進んだ以上、間もなく破棄される書類になるはずだ。責任は私が取ります」


この話が進めばアリシアには内容を説明する必要があり、一緒にこの秘密を抱えなければならない。

同時に証拠となる手元の書類は廃棄してなかったことになる。

フランツの言う通り、会話で伝えるより書類を見せる方がいいだろう。


「わかりました」


クレメンテは鍵のかかった引き出しから書簡を取りだした。

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