森の薬草
言われた草をたくさん摘んだフランツは、森から戻ることにした。
森にいた時間は長くないが、朝日の昇りきる時間が近づいていた。
屋敷の人間が目を覚ます前に用意された客室に戻り、使える薬草を見つけてアリシアの部屋に移動しなければならない。
素早く森を抜け、フランツは何とか見つからずに客室に戻ると、早速持ち込んだ薬草の確認をはじめた。
言われた通り水につけて薬草の確認をするために、内側の白いティーカップに水を入れた。
水を入れたティーカップに葉を浮かべると、最初のものは水が真っ青に染まった。
「なるほどな」
その水を捨て、すすいでから、同じように別の葉を浮かべる。
今度は薄い紫がかったピンク色の水へと変化した。
教えられた通りならば、この薬草は使えるし、この水を飲ませればいいということだ。
水から出して再び使おうとした際に毒に変わっていたら困る。
持ち運んでいる時に色が変われば途中で気が付くし、使えることが確認できる状態のまま運ぶのがいいだろう。
フランツはそのカップをもって静かに客室からアリシアの部屋に移動することにした。
エルに人がいないかを確認してもらいながら移動した結果、無事に彼女の部屋にたどり着くことができた。
幸いにも静かに忍び込んだ彼女の部屋には誰もいなかった。
容体が安定したと判断されたため、寝ずの番をしていた侍女たちを休ませることにしたのだろう。
その足でベッドに寄って行くと、彼女は身じろぎをした様子もなく仰向けになったまま眠っていた。
手の甲でそっと首に触れると充分に体温を感じられ、運び込んだ時の固く冷たい感触はすでになかった。
呼吸も安定しており、熱があるという様子もない。
フランツは彼女の顔の向きを変えると、静かにティーカップを近づけて傾けた。
しかし、アリシアは液体が触れてもそれを口の中に入れることができなかった。
そこで近くにある棚にティーカップを置き、スプーンに液体をすくい彼女の唇にあててみることにしたが、口が緩む様子はなく、飲ませることはできなかった。
カップで飲ませようにも、ティースプーンで飲ませようにも、彼女に受け入れる意思のない以上、口に含ませるのは難しい。
あまり時間がないこともあり、フランツはアリシアの体を仰向けに戻し、カップの水を少し口に含んだ。
彼が口をつけた瞬間、強烈な刺激が体を駆け抜けた。
痛みなのか痺れなのかわからないものが体の隅々まで通り抜け、そしてすぐに治まる。
刺激を受けたものの、幸いカップを落とすこともなく、確認する限り液体の色は同じままで成分も変わっていないようだ。
「確かにこれは……」
飲み込んでいないにもかかわらずこの刺激があるなら、飲み込んだ際はこの何倍もの刺激があるのだろう。
もちろん、葉を噛んだ時も。
フランツは覚悟を決めてもう一度、ピンクに染まった液体を口に含み、彼女の口の中に液体を流し込んだ。
フランツの中には一度目ほどの刺激は走らなかった。もしかしたら一度目のものが体に残っていて刺激を和らげているのかもしれない。
重ねた唇を離して少しすると、彼女ののどが動いた。
すると、うめき声の後に、
「いた……ぃ」
と小さな声がした。
少しすると、彼女の体が小刻みに震えだし、すぐに治まる。
「アリシア……大丈夫?」
震えが治まるのを確認するとすぐにアリシアの手を両手で握り声をかける。
すると、音に反応するかのようにアリシアの体はフランツの方に傾いた。
フランツは片手を離し彼女の体を支えると、彼女のまぶたがゆっくりと開いた。
アリシアが目を開けて最初に見たのは、彼女の顔を覗き込んで心配そうに見つめているフランツの姿だった。
「フランツ様……?」
アリシアはつぶやいてから、驚いて体を起こそうとした。
「急におきたら危ないから」
フランツに抑えられてベッドに留められる。
アリシアはフランツに体の位置を直されて、背中を支えられて体を起こすことになった。
そして枕元に用意されていた水差しからコップに注いでフランツから渡された水を素直に飲んだ。
水を飲み干して息をついたところで、耳元に声が響いた。
「あなたにお願いがあります」
「はい」
勢いで返事をしたものの、距離の近さに驚いて体を動かそうとするが、背中に手をまわされていて動けなかった。
「まず、私がこの時間にあなたを起こしたことは黙っておいてください。間もなく侍女たちがあなたの様子を見に来ると思いますので、普通に目を覚ましたことにしてほしいのです。さすがにこの状況はよろしくないので」
「そうですね。あらぬ噂の火種になってはいけませんもの」
男女二人が閉め切られた部屋にいることが良からぬ噂になることはわかっていた。
ましてや早朝である。
夜中から一緒だったと疑われてしまっても言い逃れができない。
「もうひとつは、私は王家の身分を隠してここに滞在しています。ご存知なのはあなたのご両親だけです。朝食の時におそらくあなたの弟妹さんが色々聞いてくると思います。内容を合わせていただきたい」
「わかりました」
「それでは後ほど」
フランツは持参したカップを持ってアリシアの部屋を出た。
一瞬カップが傾き、内側が見える。
アリシアにはそのカップの中に残る色に見覚えがあった。
「まさか……ね」
フランツが薬草のことなど知っているはずはない。
きっと紅茶を飲みながら自分の様子を見てくれていたに違いない。
視界はっきりしなかったのだから、差し込む朝日の色との加減で錯覚したのだと解釈することにしたのだった。




