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溺愛王子の許嫁  作者: まくのゆうき


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冬の教会

実家への定期的な近況報告を兼ねた手紙だけではなく、フランツとの文通が続くようになり、便せんを購入することが増えたアリシアは、ちょくちょく城下町の文房具店に顔を出すようになっていた。

マリーに教えてもらったお店だったが、顔を出す回数が多いためすっかり顔なじみになっていて、新しい便せんやカードなどが入荷していると入店時に声をかけられることも多かった。

初めて来たときは春の終わりくらいだったが、もうすでに冬がやってこようとしていた。



そして城下町に足を運んだ後、丘の上の教会に立ち寄ることも多くなっていた。

お祈りの時間には入らないようにしているため、いつもアリシアが立ち寄る時は中に人はいない。

昼間であることを忘れさせてくれる静かで薄暗い教会は、静かなところで考え事をしたい時や、心を落ち着けたい時に、アリシアが心地よいと感じる空間となっていた。

寄宿舎も個室であり基本的に部屋の中には自分一人しかいないものの、生活音は常に聞こえてくる。

この教会に足を運ぶようになってからというもの、人がいることが感じられる安心感は得られるものの、考え事をするにはあまり向かない場所という認識に変わっていた。



その日もいつものように静かに扉を開け、人がいないことを確認すると、祭壇に続く中央の通路を進んだ。

特に暖房設備のあるわけではない教会の中は外と同じようにひんやりとしていて、その荘厳さを引き立たせていた。

教会の中には自分の立てた足音だけが響いていた。

そして、いつものように祭壇から少し離れた何列か後ろの椅子に静かに腰を下ろした。

アリシアは寒さ対策のために着こんだ外套はそのままに、じっと正面の祭壇と目に映るステンドグラスを眺めながら、頭の中を整理し始めた。


まずは、家族への手紙の内容。

今までの手紙では、成績のことや学校の友人関係、城下町でのことを書いて送っていた。

そして前回、マリーに誘われて王宮の夜会に初めて参加したことを書いたのだが、返事が来ていない。

一応夜会でフランツ様、マリーの婚約者であるアレク様ともお話をしたことを当たり障りなく報告した。

家族が知っているのはそこまでで、お茶会に誘われて参加したことや、今、手紙でやり取りが続いている状態であることは報告していなかった。

お茶会はマリーがいたため問題ないと判断したが、フランツの手紙にある予定の確認をいつまでも無視するわけにもいかない。

マリーが自分の予定を書けばとアドバイスをくれたが、万が一、そこに合わせてフランツが動くようなことになってしまったら、アリシアは逃げることができない。

別にフランツのことが嫌いということではない。

ただ、幼いころから言われている、未だに会ったことのない男性に、どのくらい気を使ったらいいのかわからないのだ。

仮とはいえ婚約者のいる身で、他の男性からのお誘いを受けるという行為に抵抗がある。

これは両親に植え付けられた考え方でもあるし、実際に相手のことが分からない以上、身分的な問題が発生したら取り返しがつかないということは学校教育でも感じるところだった。

ちなみにこの冬の長期休暇で実家に帰る予定はない。

だからこそ早く返事が欲しい、返事が来る前に手紙を送ってしまおうかと、アリシアは葛藤していたのである。


そしてフランツへの返事。

本当は辺境領からの手紙を待って返事をしたいと考えていた。

そのため、当たり障りのない内容を書くことにしていたが、返信がとても早い。

返事を書くことは可能だが、自分についてどこまで書いていいかわからない。

だからと言って、文通やお誘いをお断りできる相手ではない。

実家からの返事が来るまで現状維持が妥当、今回はそれで乗り切ろうと決めた。


最後に今後のこと、将来のこと。

春が来ると最終学年に上がる。

周囲はアリシアを置いていくかのようにどんどん進路を決めていくため、自分のことを決められない自分が宙に浮いてふわふわした状態であることに焦りを感じていた。

マリーのように卒業後は婚約者の家で花嫁修業をする者、騎士を仕事とするべく邁進する者、親の後を継ぐために実家に戻り勉強をする者、特定の勉学を極めるために研究所を希望する者、海外に新しいものを求めて旅立つ者、働きに出ることを決めて就職先を探す者、各々が目的を持って動き出しているのである。

思いついた中で現実的でないのは、騎士になること、実家を継ぐこと、海外に行くことだろう。

馬には乗れるが、剣や弓を使うのは難しいし、実家は長男である弟が継ぐべきだし、海外は魅力的だがいつ呼び戻されるかわからないのであれば国内にいるべきなのだろう。

そこまで気にしたとして、仮の婚約相手が何も言ってこなかった場合、卒業してからどこかで働こうとしても手遅れになる。

手遅れになる前にできること、卒業したのに何もしていないという恥をかかないために、春から動けるようにしなくてはならない。

考えるうちにできることは絞られていく。



アリシアは残された選択肢を頭に刻み込んで、一度考えることをやめると大きく息を吸い込んだ。

肺に入る冷たい空気が体の中にこもった熱を冷まし、ぼんやりとしていた頭がクリアになった。

すっきりしたところで、考えることが多くて長居してしまったと感じたアリシアはそろそろ教会を出ようと立ち上がった。

誰もいないことをいいことに立ちあがってから体を伸ばすと、椅子に置いた便せんやカードなどの入った袋を手に取った。

いつもならそのまま帰るのだが、その日は祭壇の方が気になって、気がつくとアリシアは中央の通路を扉に背を向けて歩いていた。

祭壇の正面まできたところで足を止める。

司祭が立つであろう台の上には聖書のようなものが置かれており、忘れものなのか備え付けなのかは判断できなかった。

その奥には白い陶器のようなものでできた女神の像があり、その横には蝋燭があった。

女神像は台の上にあり、高い位置から見下ろすようにこちらを見ているが、台の高さを考えなければ平均的な成人女性の大きさである。

礼拝の際に蝋燭に明りを灯したら、女神の白い肌が温かい色になるだろう。



アリシアは女神の像から目が離せなかった。

しばらく眺めていると横から柔らかい風が吹き抜けるのを感じた。

扉は後ろにしかない。

もしかしたら、関係者が通る通路があるかもしれないが、風上には風の通るような扉や窓は存在していない。

アリシアが驚いてその方向を見ると、そこには女神と同じ衣装をまとった女性が立っていた。


「いつからいらしたんですか……?」


もしかしたら自分が気がつかなかっただけのかもしれない、アリシアはそう思って尋ねた。

これだけ自由に出入りできる教会なのだから人がいてもおかしくない。

自分より前に来ていて、陰になって見えないところに座っていたのかもしれないと考えたのである。


「ずっと……かしら?」


首を傾けて彼女は答えた。


「あなたは……?」

「私?私はずっとここにいるの。ここから動けないみたい。みんな私には気がつかないのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。だから人が来ても私はいつも一人なの。久々にお話しできる人が来てくれて嬉しいわ」


会話ができるとわかると彼女は笑みを浮かべた。


「あの像はあなたを模しているのかしら?とても似ているけれど……」


アリシアは思ったまま疑問を投げかけた。


「もしかしたら、私はあの像なのかもしれないわね。でも私ではここに祈りを捧げる人の力にはなれないわ。ただ聞くだけ。みんなここで祈りを捧げてお礼を言いにくるけれど、私は何もしていないのよ。教会の中をうろうろしているだけ」


足音も立てずふわりふわりと風のように彼女はアリシアの前を通り反対側へ回り込んだ。


「なんだか思いつめていたみたいだったけど、私に話してみる?」

「え、でも……」

「さすがに声に出されていない祈りはわからないもの」


彼女が何者なのか分からないまま、アリシアは流されるように将来の不安を口にした。

不思議なくらい自然と言葉が紡がれる。

言わされている感覚はなく、体から不純物が取りだされていくような不思議な感覚だった。

自分の中にあったもやもやとした感情をすべて吐ききったところで彼女は言った。


「あのね、自分と向き合えば、神様の力がなくても、自分で答えを導き出す力をみんな持っているのよ。あなたは私に話して、自分で答えを見つけたじゃない。それでいいのよ。私は何もしていないわ」


そうして祭壇の奥にある女神像の方にふわりと近づいていく彼女に、


「ありがとう、女神さま」


そう言って祈りを捧げた。

目を閉じて祈りを捧げている間に、彼女は音もなく姿を消していて、顔を上げた時にはそこに広がっていたはずの柔らかい空気も外と同じ冷たい空気に戻っていたのだった。

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