夜会の後
馬車に乗るところまでしっかりとフランツに見届けられると、アリシア、マリー、アレクを乗せた馬車は走りだした。
「アレク様は離れても大丈夫だったのですか?」
マリーが申し訳なさそうに聞いた。
「彼の周りには他にも護衛がいますから問題ありませんよ。お二人とも、今日は災難でしたね」
アレクはアリシアにも話を振った。
「いいえ、私は災難と言うほどの目には合っておりません。マリーが気を利かせてくれていましたし」
「そうですか」
アリシアの答えを聞いたアレクは視線をマリーに戻した。
「ところで、マリーが紹介したかった婚約者様はアレク様なのかしら?」
アリシアの言葉にはっとして、二人は彼女を見た。
「そう……なの。まさかこんな形で紹介することになるなんて思わなかったけど」
マリーが気まずそうに言った。
「お会いできてよかったわ。マリーがどれだけ大切にされているかわかったもの」
アリシアは笑顔でその言葉を受け止めたのだった。
まだ夜会の途中だったこともあり、王宮から学校までの道のりはあっという間だった。
それだけで、この夜会を重視している者がいかに多いのかよくわかった。
おそらく終焉の時間にはまた馬車がたくさん通るのだろう。
アレクは寄宿舎の受付で中に入る許可を取ると、マリーをエスコートし、アリシアを気に掛けながら彼女たちの部屋の前までやってきた。
「本日はありがとうございました」
「今度是非、ゆっくりご挨拶させてください」
軽い挨拶を済ませて、アリシアが部屋に入るのを見送ると、アレクは隣にいたマリーに向き合った。
「少しお話を伺いたいのですが、お邪魔してもいいですか?」
アレクが普段は見せない事務的な口調に驚きつつ、マリーは黙ってうなずいた。
「お茶入れますね」
マリーはアレクを部屋の中に案内すると、お湯を沸かしてお茶を用意すると言って席を立った。
寄宿舎で生活するようになってから覚えたというので、アレクは危険がないように目を離さずに彼女の様子をうかがっていたが、もともと器用なこともあり、何事もなくお茶が用意された。
マリーが座ったところで話が始まった。
「今回の顛末を話してもらわなければならないのですが、よろしいですか?」
ため息交じりにアレクが言った。
マリーは、アリシアが今回の夜会に参加する予定はないにも関わらず自分の婚約者を紹介したいとお願いしてついてきてもらったこと、会場に入った途端に色々な人に声を掛けられて身動きが取れなくなったこと、アリシアをバルコニーにかくまって一人でごまかしきるつもりが囲まれてしまったことなどを話した。
会場に入ってきてからの動きはアレクがほとんど把握していた通りだったため、黙って話を聞いていた。
「わかりました。大事にするつもりがないのなら、あなたの周辺に群がっていた彼らには特に処分などは行わず、注意するところで留められるでしょう。予想以上に外側から見ると大きな騒ぎになっていましたから、念のためにお話をうかがってまでですから」
「申し訳ありません」
マリーが頭を下げると、
「あなたがたが無事だったからいいですよ」
と、頭を上げるよう促した。
頭をあげてマリーが息をついたのを見て、アレクが言った。
「何かありましたか?」
「バルコニーに戻った時が一番驚きました」
マリーの中で絵画に描かれたようなアリシアとフランツのバルコニーの情景が思い起こされていた。
アリシアはかなり戸惑っているように見えたが、アリシアに対するフランツの仕草がまるで恋人に向けるようなものだった。
マリーは気になったことを率直にアレクに伝えることにした。
「どのような場所においても、慈愛の表情しかお見せにならないフランツ様が、あんなに愛おしそうに女性を見つめ、触れるのを初めて見ました。相手がアリシアじゃなくて、他の女性だったら間違いなく惚れてしまってると思います」
「そうですか」
「フランツ様は大丈夫だったのでしょうか?」
「大丈夫とは?」
「今まで社交の場でも決して女性の手を取ることはなかったフランツ様が、アリシアをエスコートしてくださったので、お立場的に心配です。アリシアを無理に連れて行ったのは私なので……」
「それは問題ありませんよ。殿下は問題になる行動はとりませんし、問題があると判断すれば私が止めています」
「それならいいのですが」
マリーは安堵した様子でお茶を手にした。
「あなたもですか?」
「え……?」
自分に向けられた視線に気がついてマリーが顔を上げると、アレクが真剣なまなざしでマリーを見つめていた。
「あなたも殿下に……」
「そんなことは」
「それならいいのですが……」
アレクはそこまで言うと立ち上がった。
「いくら婚約者とはいえ、お部屋に長居をするのはいけないですね」
あっと声をあげて、マリーは慌てて立ち上がって彼の後を追う。
アレクは出入口のドアに手をかけたところで立ち止まって近くまで来たマリーに言った。
「そうですね。あなたの心がフランツ様に奪われないように頑張らないといけないですね」
きょとんとしてマリーがアレクを後ろから見上げていると、アレクは振り返りマリーの肩に手を置いて耳元に顔を寄せた。
「他の男性には渡せません」
「?」
あっけにとられて、言葉を発せないでいるマリーの唇に自分の唇を軽く当て、すぐに離すと、
「おやすみ、マリー」
アレクはそう告げると振り返らずに部屋を後にした。
両手で口元を押さえ、アレクの立ち去った方を見つめて顔を赤らめているマリーは、しばらくそこに立ちつくしてしまうのだった。
夜会の翌日、いつも通り執務を行っていたフランツにアレクは声をかけた。
「邪魔しましたか?」
「いいや」
二人とも手は止まらない。
「お邪魔したのでないのならよかったです」
「むしろ来てくれてよかったよ」
「そうですか?」
「ああ。二人が来てくれなかったらどうなったかわからない」
あの時、フランツはアリシアを抱く腕を、つかんだ手を離すタイミングを見失っていた。
むしろ、このまま離したくないとさえ感じていた。
だから彼らが来なかったら、ずっと彼女を抱いたまま、長時間そのままだったら初対面ということになっている彼女の唇くらいは奪っていたかもしれない。
「あと、フランツ様にアリシア嬢をエスコートさせたことをひどく気にしていましたね」
「そこはむしろマリー嬢には感謝しないといけないのだが」
あの時、フランツがアリシアを入口までエスコートしたのは計算である。
フランツがアリシアに関心があること、彼女と出会っているという事実をどこかでアピールする必要があったのだ。
「まだ言えないのが非常に心苦しいところではあるが、時がきたら説明しよう」
マリーの名前が出たので何気なさそうにフランツは尋ねることにした。
「ところで、他にもあるんじゃないのか?マリー嬢のことで」
いたずらを仕掛ける子供のような目で、フランツはアレクをまっすぐに見つめた。
アレクは書類から目を離さず、答えもしない。
「困っているところをみると、何かあったんだな」
「まあ、少々……」
「あまり深くは聞かないでおいてあげるよ」
「お心遣い、感謝します」
そう言ったもののアレクはマリーの一言が気になっていた。
自分の行動を知られないように伝える方法はないかと少し悩んだが、プライベートな感情を伏せればいいと口を開いた。
「ただ、『どのような場所においても、慈愛の表情しかお見せにならないフランツ様が、あんなに愛おしそうに女性を見つめ、触れるのを初めて見ました』と、マリーが」
後ろの言葉は呑み込んで、核心部分だけを伝えた。
その言葉を聞いたフランツの手が止まり、急に笑みを消し真剣な表情に変わる。
「お詫びの交流は早く行ったほうがよさそうだな。どうもアレクのフィアンセは感がいいようだ」
「そうですね」
自分たちのことを突っ込まれなかったアレクは、内心ホッとしながらそう答えたのだった。




